第28話 蒼き隻眼の始発点

 テルズ騎士団長は罪悪感を抱いていない。

 

「先週に発生した強盗事件、犯人の供述によりまだ他のメンバーがいることが判明した。第一部隊は捜索任務にあたれ」


 全く詰まりのしない威厳さを纏った命令に王国騎士達は「御意ッ!」と勇ましく返事を行いその場を足早に去る。

 いつもと変わらないエリートの空気感が巨大な施設内を包みテルズは団長席にて若き騎士達の後ろ姿を見守った。

 

 政府公認の治安維持部隊、王国騎士団。

 千人に一人が選ばれると言われる最高峰に位置する国家公務員。

 知識、武術、魔法、全てにおいて第一級の者しか入ることを許されないエリート職だ。 

 

 優れた地位、高い給料、命を捧げる仕事もあってその待遇は破格。

 最先端が渦巻く王国騎士団専用の施設内は至るところが目を輝かせるものがあった。


 最も人から羨まれる国民を保護する存在だが必ずしも善人ばかりが集結しているという訳では無い。

 いや、根っからの善人の方がマイノリティとされても過言ではない。

 

「そろそろ……か」


 日程表を横目で見ながらテルズは今日が少しばかり違う展開になると再認識する。

 元王国騎士、コスモ・レベリティに命じたステラ学園への調査任務における報告会。


 時計の針が頂点を差す十二時からの開催は刻々と迫っていた。

 まるで犬のように働いてると噂されるコスモへとテルズは憐れみの表情を浮かべる。


「おいおい、自分から命じておいて何を可哀想な顔してんですか、騎士団長」


 舐め腐った享楽的な若い乙女の声。

 振り返る視線の先には青髪のツインテールを揺らす副騎士団長ロバースの姿があった。

 

「アンタが嘘ついて奴隷のように働かせてるのは周知の事実。まぁ私含む騎士達の大半はそれを否定はしませんけど」


「……ここまで王国騎士に執着的だとは思っていなくてな。哀れみを抱かざるを得ない」


「ハッ、何処までもキショい奴ですね。いっちょ前に理想とプライドだけ高い雑魚は」


「武術、剣術に関しては劣っており我が強く他との衝突も多い。いつまでも王国騎士に値しない人物を雇うわけにはいかない。復帰させるなんてするはずがないだろう」

 

 ロバースの罵倒にも特に咎めを入れずにテルズは淡々とコスモの非を述べていく。 

 超実力主義である王国騎士団に置いて劣等は最も嫌われる存在。

 特に理想やプライドが高い者は尚更。

 真面目ながら他の騎士との衝突も多かったコスモへテルズは良い顔をせず解雇対象の最有力候補と位置付けていた。


 だが、任務を真面目にこなす姿は手放すには惜しいという考えが彼の思考に過り、調査員という格下の役職を与える結論に達する。

 盲信的過ぎる王国騎士への熱量に哀れさを抱きながらも多数の賛同の声もあってテルズは間違った選択ではないと確信していた。


「奴は劣っているが無能ではない。使える駒は出しゃばらない程の位置で最大限に利用させてもらうのが最適解」


「騎士団長も相当な悪ですね〜それが大人の社会ってやつですか?」


「邪念なき人間などこの世にはいない。我々もそうだ。国を守る仕事だからと聖人ばかりが揃っていると考えている者がいるなら相当なお花畑だろう。社会はそういうもの」


 彼の持論に辺りにいた王国騎士達はロバースを含め賛同するように首を縦に振る。

 華やかさを極めた騎士団の実態は息苦しい灰色に染まっていた。


「暫く奴は調査員としての利用価値がある。あのような盲信的な人間は特にな、『魔法創造科』の監視も奴に任せておけばいい」


 都合のよい捨て駒の雑用係にテルズは微笑を浮かべる。

 彼にとって最良の状況下に安堵感のようなものを覚え始めた時だった。


「失礼します! 騎士団長、お時間です」 


 一人の男性騎士は足早に大会議室へと飛び込み始まりの宣告を行う。 

 

「来たか、通せ」


「御意ッ!」


 テルズは都合のよい言い分を考えていた。

 コスモならばこのような下らない仕事も王国騎士復帰を餌にすれば真面目にこなしクオリティも高いだろう。


 だがもう一度あの劣等を騎士に戻すつもりなどテルズは毛頭ない。

 彼女ならば必ず「王国騎士に戻らせてくれ」と激しい懇願を行う。


 自分達に執着している利用しやすいコスモをどれだけ捨て駒として使い続けられるか、その言葉をテルズは熟考していた。

 ようやく誤魔化しの言い分が完成したと同時に聞き慣れた足音が会議室に響き渡る。

 悪い意味で注目を集めている存在に場にいた者は一斉に音の響く方向へと振り返る。


「……お久しぶりです。テルズ騎士団長」


 腰部にまで届くような長い繊細な銀髪。

 特長的な青い瞳と黒き眼帯。

 可愛らしいベレー帽とは対照的なサディスティックさを醸し出す端正な顔立ち。

 学生の身分へと成り下がったことを裏付けるステラ学園の制服。

 書類を片手にいつもと変わらない愛嬌のない表情を見せるコスモ・レベリティの姿がそこにはあった。


「元気そうで何よりだコスモ。学園生活は謳歌しているだろうか?」


「謳歌? 面白い冗談ですね騎士団長。怖い面して意外とウィットに富んでいる方だ」


 放たれた皮肉を皮肉で返し、コスモは生意気に嘲笑う。

 これまでと変わらない我の強い不敬的な振る舞いに周囲の者は怪訝な顔を見せる。


 テルズ自身も苛つきを覚えるが顔に出すことはなく冷徹な形相で声色を変えずにコスモへと言葉を紡ぐ。


「まぁいい、世間話はお互いに苦手だろう。早速だか見せてもらおうか。お前の調査報告をな」


「その前に……結果次第では私をまた王国騎士に復帰させてくれるのですよね?」


 予期していたコスモの言葉に「来たか」と内心でほくそ笑み彼女を出来るだけ長く利用させる言葉文句を放っていく。


「確定ではないがな。しかし政府へと進言することは約束しよう。上の者は『魔法創造科』に対して警戒心を抱いている。功績が認められれば復帰の可能性は十分にある」


 勿論、そのつもりなどない。

 政府の『魔法創造科』への警戒心は本物ではあるが、だからと言って新たな王国騎士候補を既に選定済みな状況において不良債権の居場所は存在しない。


 ここは実力主義の世界、都合好く這い上がれるような甘い場所ではないのだ。

 正当化させる為の言葉を脳内で並べながらテルズは偽りの仮面を被りコスモを出玉に取ろうと画策を行っていく。


 彼女は「……そうですか」と小さく発言し納得したような表情を見せた。


「ハッ、アンタみたいな劣等人間でも政府の公務員として働かせてもらえてるのよ。神よりも感謝することね」


 相変わらずの憎まれ口を叩くロバースを横目にコスモは書類を提示する。


「ここに『魔法創造科』に対する調査報告の書類があります。ご確認を」


 予想を超えた膨大な書類の束。  

 馬鹿みたいに生真面目に取り組んでいる姿勢にテルズは「ご苦労だったな」と表面的な感謝の言葉を述べ、コスモへと近付く。

 

(やはりこの女はまだ利用価値がある。言葉で騙せば面倒な仕事も完璧にこなす。雑用係としては最適であり哀れな人間だ)

 

 利用できる人間はとことん利用して使い物になる限りは使う。

 美しき操り人形と化しているコスモは搾取出来る最良の人材。


 この調査を成功させれば自らの地位もより政府内で上昇する可能性もある。

 騎士団長という枠組みでは満足しなくなり始めたテルズは胸を躍らせていく。

 

 より自らのキャリアを華やかなものにする為に努力の結晶である報告書を手に入れようと巨腕を動かし始めた。


 ビリッ__。


「はっ……?」


 何が起きたのかテルズは理解出来ない。

 受け取ろうとした寸前、無惨に破られる音が会議室に鳴り響く。

 視線に映るのは報告書を再生不能な程に破いて地面へとばら撒くコスモの姿。


 テルズだけではない。

 ロバースを含め、その場にいた全騎士が彼女の奇行に「はっ?」と声を上げる。

 常軌を逸した行動を理解できた人物は誰もいなかった。


「なっ……!?」


「あいつ何やってんだ!?」


「どういうつもりなのッ!?」


 数秒の沈黙の末、理性的にコスモが起こした行動の異常さを理解した者達は一斉に困惑混じりに罵声を浴びせていく。


「アンタ何してんのッ!? 遂に頭のネジが全部外れたのか隻眼女ッ!」


 思考が壊れたと考えるロバースの声にも周囲の声にも動じることはなくコスモは淡々と抑揚のない口調で言葉を発した。


「ずっと盲信していた……王国騎士という存在に。でもそれは最悪の間違い、アンタのようなクズの操り人形になるとこでしたよ。騎士団長様」


「何だと……?」


「全て知っていましたよ。私の未来を考えてくれる人なんて誰一人としていないことを。私が目指していた場所がこんなゲスの集まりだったなんて心底幻滅する」


 強気な一面は変わらずとも何処か雰囲気が大きく変化した若き乙女。

 一拍置くとコスモは決意を固めた蒼き瞳でテルズ達を睨み高らかに宣言した。


「私コスモ・レベリティは……この調査任務を今を持って放棄するッ!」

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