第29話 ルイン・ザ・ゲーム

「何だと……?」


 思いがけない反抗。

 誰よりも王国騎士に忠誠的だったはずの少女は明確な拒絶の意思を口にする。

 テルズも予想打にしない事態は瞬く間に場を混乱に陥れた。


「な……何言ってんのこの隻眼バカはッ! アンタこんなことしてこれ以上、政府関連の仕事に就けるとでも」


「構わない」


「えっ、はっ……?」


 直ぐ様、噛みつきにかかったロバースの苦言を軽くコスモは一蹴した。

 余りにも淡白な対応に肩透かしを食らい彼女は言葉を詰まらせる。

  

 獅子をも身震いさせる冷たい目付きでコスモはゆっくりとテルズを睨んだ。


「王国騎士復帰を餌にして私を捨て駒扱いで出来る限り利用する……そんなゲスがいる場所にこれ以上媚びるつもりはないッ!」


「そんなことは一度も発言していない。国民の見本である王国騎士団の我々がそのような事をするはずが」


「キッショ……国民の見本はそうやって平気で嘘をつくのね。宝石店の事件現場でアンタの部下が全て話していたわ。これが最高峰のエリート集団なんて世も末ね」


 運命の悪戯か、既に全てを知っていたコスモは段々と激情を露わにしていく。

 もはや今の彼女に王国騎士団という存在は自らの歴史において負の遺産でしかない。 


「実力不足で私を追放したのは受け入れる。でも……人の尊厳を好き勝手に利用する行為を私は絶対に許さないッ!」


 順調に進んでいたプランは簡単に崩れ、忠犬に腕を噛まれたテルズは不快感を見せる。

 

(部下だと……チッ、公の場で何を好き勝手に話しているのだ)


 完璧に言い包められる言葉はそう簡単には思い付かず沈黙を続けていく。

 ようやく口を開いたその内容はコスモへの恨み節であった。


「だとしても何だと言うのだ? この調査任務を放棄することは政府からの厳罰が下されてもおかしくないのだぞ」


「厳罰なんて承知の上よ。でも……この事を報告したらアンタだって無傷では済まないはずよ。共に地獄行きね」

 

「何?」


「部下に離反されて仕事を飛ばされたせいで失敗しましたなんて……アンタの監督責任も結構なモノになりそうだけど? そうねぇ……良くて懲戒解雇かしら」


 あくまで推測でしかないコスモの煽り。

 だがあり得ないとは言い切れない内容にテルズは「クソガキが」と心で罵倒を行った。


 部下の離反を理由に重大任務の失敗。

 王国騎士団の内情を深く知らない政府の役人からすれば監督責任を迫ってくる可能性も全くのゼロじゃない。

 仮に解雇は免れてもこの任務の失敗は自身のキャリアに傷がつく。   

 調査を全てコスモに一任していた故に今更どうにか出来ず、政府への提出を本日中と伝えている事により再調査を行う時間もない。


 忠犬コスモの離反……という最も有り得ないと考えていた最悪の展開に血が出る程に拳を強く握り、怒りが込み上げていく。

 

「貴様……自爆するつもりか」


「このまま行けばそうでしょうね。私もアンタも王国騎士団も全て滅茶苦茶になって終わる。でもヤケになった訳じゃない。だからしない?」

 

「勝負だと?」


「腐ってもここは王国騎士団。騎士の名を持つのなら……騎士らしく決着をすべき。私はアンタ達に決闘を申し込む」


 耳を疑う突拍子もない提案に「決闘!?」と至るところから唖然の声が広がる。

 騎士らしいと言えば騎士らしいが現代では余り主流でない提案を真面目な表情でコスモは提唱したのだ。


「私が負ければこの任務の責任は私のみが背負ってあげる。でももし勝てば……私への責任は不問としなさい」

 

「この小娘……黙っていればさっきからグチグチと偉そうなことをッ!」


「そんな事言える立場かしらロバース。副騎士団長のアンタだってこのまま破滅の道を歩めば無傷では済まないわよ」


「何だとこのクソ女ッ!」


「単純な話よ、勝った者が正義となる。実力主義らしい戦いじゃない。それとも私なんかに?」


「あっ?」


 苛つきを募らせていたロバースはその一言に遂には堪忍袋の緒が切れる。

 美形な顔が壊れるほどに眉間にシワが寄りドスの効いた声が響き渡る。


 実力主義の世界において最も屈辱的なのは格下に貶められること。

 長年、王国騎士団に身を置いていたコスモが琴線に触れる煽りを行うのは容易だった。

 

「悪い提案ではないはずよ。私に勝てば政府からの聴取でも私が全ての責任を負うと証言してあげる。たった一回勝てばいいの」


「騎士団長……やらせなさい。ここにいるクソ人間との決闘をやらせろッ! こいつを潰さないの腹の虫が治まらないのよッ!」


 怒りの激情に塗れたロバースは直ぐ様テルズへと決闘の承認をしろと強引に詰め寄る。

 相手のペースに乗せられている形ではあるがテルズはこの決闘に一筋の光を見出す。

  

(不本意だが……このまま突き進んだ所で待つのは互いに首を絞める破滅。であるなら乗せられるのも選択肢の一つか)


 他に起死回生の打開策がある訳でもない。

 不服とはいえ、保身を守れる道が提示されている唯一の道を逃すことはしない。

 こんな小娘に華々しいキャリアを総崩れにさせられるのは末代までの恥となる。

 

「……分かった。騎士団長の名においてコスモ・レベリティとロバース・アルケイラの決闘を認める」


 前触れなく訪れた全員のプライドと未来を賭けた破滅を押し付け合う戦い。

 その火蓋はテルズの高らかな宣言によって切って落とされた。

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