第30話 コンセクエンス

 運命の決戦場は王国騎士団が使用している模擬戦用の闘技場。

 最新鋭の設備で備えられた鉄製の白き施設はまるで監獄のような威圧さを醸し出す。


 上部に備えられた窓ガラスからは雲一つない晴天の光が差し込んでいた。

 周囲には噂を聞きつけた王国騎士達は観戦用の二階席にて前代未聞の決戦に固唾を見守っている。


(……こんな形でまた袖を通すなんて)


 制服の上から久々に着用した王国騎士用の甲冑にコスモは懐かしさを抱く。

 常に身軽なステラの制服でいたからか、以前よりも鉄製の鎧は重みを感じた。


 いずれは王国騎士に復帰し、またこの強者の証である甲冑を着ると願っていたがまさかこのような形になるとは一ヶ月前の自分は思ってもいなかっただろう。

 一人思いを巡らす中、ロバースはコスモへと怒り心頭で言葉を紡いでいく。


「このクズ女……完膚なきまでにブチのめして後頭部を踏みつけてやる。自分がした選択を後悔することね」


「やれるもんならやってみなさいよ。この腐ったゲス女が」

 

 一触即発な言葉の応酬。

 格上であるロバースへも変わらず強気な態度を見せるコスモだがその内心は穏やかなものではなかった。


(勢いでここまで来たけど……勝つ見込みなんてほぼないのよね。何でこんな馬鹿なことしてるのだか)


 コスモが決意した王国騎士団からの離反。

 その選択は理性的な彼女にしては珍しいにも程がある見切り発車であった。

 

 国を相手に何か罠を仕掛けられる卓越した知識などは自分に存在しない。

 バタフライなどに図々しく助けを求める資格は裏切り者の自分にはない。


 で、あるならコスモに残された選択肢は一か八かの正面突破だけであった。

 テルズ達への強迫も裏付けなどはなく全ては勢いに任せた大賭けの勝負。


 幸い自分のペースに乗せることに成功したがこの対決を制する確証などない。

 口や顔では気丈に振る舞いながらも孤軍奮闘の状況下は不安で心を震えさせる。

 

(でも……どの道終わるなら……こいつらの出鼻を挫いた方が後味がいい……!)


 半ば壊れているコスモに未来のビジョンを見渡す余裕などなく、ただこれまで散々馬鹿にされてきた相手をブッ倒す。

 純粋な報復心だけが全てを失った彼女の原動力となっていた。


「チッ、やっぱり腹立つ。劣等な癖に無駄に強気な顔はいつ見ても潰したくなる」


 気丈な仮面の下に隠れた弱さを理解してないロバースは不愉快に言葉を吐く。

 愛など全く存在しない殺伐とした空気が場を包みながら双方は着々と準備を終える。


「どういうつもりだ……あの隻眼女」


「何であんな奴の為に私達までが被害を被る可能性があるのよッ!?」


「落ち着け、相手は副騎士団長だ。負けるはずがない。ただの暴走行為だ」


 下馬評は圧倒的にロバースに軍配が上がり誰しもが勝利を確信している。

 相手は劣等騎士、実力からその地位にいる彼女が負ける姿は想像出来なかった。


 異様な空気感が二人を包み込み、審判を行うテルズは荘厳に場を仕切っていく。


「これよりコスモ・レベリティ、ロバース・アルケイラの決闘試合を開始する。時間は無制限、相手を無力化させた者を勝利とする。双方、異議はないな」


 被せるように「ない」と即答を行い私怨が衝突する乙女達は抜剣を行う。

 着実に迫る決戦の時に周囲は固唾を呑み決闘の行く末を見守る。


「模擬戦……始めッ!」


 丁度、時計の針が正反対の位置に到達し始めたタイミング。  

 穏やかな空とは裏腹に互いに譲れない死闘は今ここに開戦が告げられた。


「跪けよ雑魚がッ!」

 

 開始とほぼ同時に地を蹴り上げたロバースは模造剣を振り下ろす。

 至近距離から放たれた重い一撃は相殺すべく剣で受け止めたコスモを弾き飛ばす。


 反撃の隙を与えずに全く衰えないスピードで更にコスモへとロバースは切り込み追撃を行っていく。

 余計な憎まれ口をよく叩く彼女だが実戦においては全く無駄のない動きが特徴的。   


 コスモは表情を歪めながら必死に一糸乱れぬ動きに食らいつき防戦を繰り広げていた。


「遅いんだよ、五流ッ!」


 副騎士団長ロバース・アルケイラ。  

 ナルシズムな性格と弱者を下に見る言動を黙認される程の実力を有する戦士。

 自身の身体を最大限に利用したスピードスタイルは他を圧倒し、反政府の犯罪者達を次々と蹂躙していく。


 強さが全ての世界において多少の不敬な振る舞いは見て見ぬふりという暗黙の了解が存在する。

 故に彼女に真正面から歯向かえる人物は数少なく彼女自身も苦言を呈される事をとことん嫌っていた、弱者からの言動なら尚更。


 いつも通り圧倒的かつ無駄のないスピードで切り込むロバースは早々に決着をつけようと峰打ちを首元へと叩き込む。


「あっ?」


 決まったと自惚れても問題はない感触の良い一撃だったが既の所でコスモはロバースの剣を受け止めた。


「やっぱり速いわね。小物なのに実力は高いのが癪に障る。何度も負けた」


(こいつ……今のを止めた……?)


 普段の模擬戦であればコスモ如き簡単にノックアウト出来る質の良い剣術。 

 だが背水の陣を自ら敷いた彼女の動きは微量ながら先鋭化され防御を成功させた。

 

「でも……デジャブを繰り返すつもりは……ないんだよッ!」


 強引に押し返すと空中で身体を捻らせ顔面目掛けてハイキックを繰り出す。

 強靭なグリーブを纏った不意打ちにロバースは反応が遅れ大きく蹌踉めく。


「氷河ッ!」

  

 大きく生まれた隙を逃さずゼロ距離から氷塊を生み出し勢いよく発射。

 強烈な連撃はロバースへと直撃し、凄まじい勢いで吹き飛ばす。


「ぐっ!?」


 空中には奥歯が血液と共に舞い上がり、砂煙を起こしながら倒れ伏せる。

 直ぐにも蹂躙されると言われたコスモ敗北の予想は目の前で引き起こった惨状とも言える光景によって覆されていく。


 誰も先にロバースが地面とキスをする醜態を晒すなど予期できず騎士達の間にも若干の動揺が急速に拡散を始めた。


(いける……火事場の馬鹿力ってやつ? いつもよりも動きに迷いがなくなってる)


 予期せぬ嬉しい誤算はコスモのモチベーションを高ぶらせていく。

 何も失うものがない状況が幸いしてか現役時代よりも動けている事実は彼女を優勢な展開に運んでいた。


 勝てるかもしれない、一人でもやれるかもしれない、そう心は希望に溢れ始める。

 だが劣等と見下していた者からの一撃はロバースの心を激しく滾らせ異様な殺気が彼女を包んでいく。

 

「私の歯を……! この隻眼女がァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」


 目の前に見える砂を被った白い歯を見てブチンと理性の紐が解ける音がロバースの脳に響き渡る。

 明確に一矢を報いられたという証拠が彼女の沸点を湧かせた。


「雷槍・轟ッ!」


 直ぐ様立ち上がると同時に空間へと生み出された雷撃を纏う槍は一直線に投擲される。

 切り裂くような速度で放たれる槍はフィリアの魔法式よりも先鋭化されており彼女の技術力の高さを物語っていた。


(速い……!)


 間一髪で直撃は回避するものの、顔面を横切った際に副次的に引き起こった突風がコスモのバランスを崩す。

 右側に寄った体勢を戻そうと身体を動かすものの人より視野が狭いコスモは隻眼故の弊害で視覚的な状況の把握が微量に遅れる。


 コンマ数秒の誤差。

 だが一秒の油断が命取りとなる戦いにおいて反応の遅れは致命的であった。

 気付いた時にはロバースは眼前へと迫っており鋭い蹴撃がコスモを襲う。


 やり返しとばかりにカウンターを叩き込まれたコスモは地面を転がり、モロに食らった箇所を抑えながら嗚咽する。


(グッ……こいつッ!)


 膝を付きながら青い瞳で捉え鋭く睨むコスモを嘲笑的な表情でロバースは見下ろす。

 そして周囲へと至らしめる、本来の二人に存在する雲泥の差なパワーバランスを。


「調子のんなよ、弱者が」


 一瞬勝利出来るかもしれないという淡い希望的観測は直ぐにも現実にへし折られる。

 そう、どれだけ一時的な勢いがあろうと最後に勝敗を決めるのは鍛錬によって生み出される技術力の差。


 非情にも現実はロバースが強者であると軍配を上げている。

 勢いに任せていたコスモは最悪の形で冷静さを取り戻してしまう。

 

「アンタが私を倒せる訳がない、最後に笑うのは私だと神が決めてんだよッ!」


 常軌を逸した瞳孔が開いた目は相手を萎縮させるには十分。

 口元から零れ落ちる赤黒い鮮血を拭いながら余興の勝利宣言をロバースは言い放った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る