第31話 エボリューション・フェーズ3
「クソッ……!」
剣を持ち直したコスモは焦燥感に満たされていく心を必死に落ち着かせる。
上手く作用していた押せ押せの風向きが崩れ実力差を認識してしまった故に後ろ向きの感情が優位性を得ていく。
「氷嵐・斬ッ!」
だが後に引くつもりはなく、引けることも出来ない状況下、魂を奮い立たせコスモは巨大な障壁へと加速する。
超低姿勢のまま駆け抜けると同時に周囲へと氷柱を生み出し鋭利に尖った極寒の乱撃を繰り出す。
無駄のない技、感触は悪くない。
「……雷弾」
対するロバースが生み出す策は中級魔法を放つコスモとは違い至って初級クラスの雷魔法であった。
知性があれば子供でも使える魔法、血迷ったような選択と思えるが生み出した雷塊をロバースは巧みに剣へと絡ませる。
(魔法を剣に付与した……!?)
闇を裂く眩い青光を走らせた剣先は無数の氷柱目掛けて勢いよく振り下ろされる。
電気を通す水の性質はたった一振りでコスモの大技を簡単に粉砕した。
逆手へと持ち替えると同時に峰打ちの追撃はコスモの腹部へと直撃。
トリッキーな戦法に惑わされ防御が遅れた彼女には深いダメージが与えられていく。
「ぐっ!? 植弾・斬ッ!」
大きく吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直し流れを変える斬撃性能を得ている土魔法の植弾を放つ。
「
更に周辺の風を刃状に形状変化させる風魔法を無作為に量でゴリ押す形で発射。
風と植物のコントラスト、美しくも残酷な性能を持つ双撃は上空から強襲を行う。
「……しょうもな、だから雑魚」
ロバースは笑っていた。
小手先の下らない合わせ技と内心で盛大に見下しながら視線を上へと向ける。
全く迷いのない動きを見せるとコスモへと目掛けて模造剣を投擲した。
衝撃波が生まれるほどの速度から放たれる一撃は咄嗟に身を守る行動に出たコスモの左腕に直撃。
強烈な痛みが思考を錯乱させ、魔法の質が急激に下がった結果、風と植物の斬撃はロバースには当たらず周囲を破壊していく。
地面へと落下していくコスモへの追い打ちに巨大な魔法陣を一斉に出現させた。
「羅炎弾・激、雷牙弾・轟、氷零弾・滅」
炎、雷、水からなる美しき三重奏。
極大な三つの魔法球はロバースの上空を華麗に舞いやがては一つの球として融合されていく。
「ッ! 三重の固定魔法融合技ッ!?」
上級魔法を三つ合体させるという離れ業にコスモは驚愕するしかない。
二つでさえ難しい異なる固定魔法を原子レベルで共鳴させる繊細な作業さらなる数で成功させる特級レベルの技術。
本気と言えるロバースの一撃に本能的に畏怖の感情を抱いてしまう。
「教えてやるわよ隻眼女、私は弱者を見るのが大好き、弱い者を見れば優越感に浸れる。だから私は王国騎士になった」
語られていくロバースの真意、瞳孔が開く彼女の興奮は最高潮に達する。
「そしてこれからもッ! 私は弱き者を見下し自分が強者である悦に浸り続けていくッ! 弱者蹂躙ッ! 強者万歳ッ!」
存在するだけで周囲の地面を抉っていく驚異的なエネルギーは繊細な指先と共にコスモへと凄まじい速度で放たれた。
放たれていく度に加速を続ける破滅的な一発は相手を飲み込み視認するのも難しい強烈な爆発を引き起こす。
クレーターのように抉れた地面の中心には膝から崩れ落ちるコスモの姿があった。
「カハッ……!?」
身を守っていた鎧は激しく損傷し、口内からは赤黒い鮮血が痛々しく吐かれる。
意識はあるも限界に近いほどの衝撃がコスモの神経を伝った。
蹂躙と言っても過言ではないロバースの猛攻に何人かの騎士は興奮を超えた唖然の表情を見せる。
勝敗条件は相手の完全な無力化、ダメージを負いながらも未だに意識を保っている彼女は勝利条件達成を阻む。
だが、もはやこの戦いの結末がどうなることかは決まっており誰が見ても歴然だった。
「悔しいか? 腹立つか? でも私を裁ける者は誰もいない。この世界は実力主義! どれだけ曲がった思考だろうと勝てば誇り高き精神になるのよッ! この場においての正義は……私なんだよッ!」
ロバースは徐々に深手を負うコスモへと正当な正義は自分であると語っていく。
暴論とも捉えられる持論だが彼女の言葉が真実であるかのように誰も反論を述べることはしない。
騎士団長のテルズでさえ、黙認するかのような笑みを小さく浮かべ、王国騎士団という存在の内情を痛烈に表していた。
「……私も腐っているけど、アンタは私以上に腐っているわね。そんな奴が正義になる世界なんて反吐が出る」
「敗者に口無し、国民の命を守ってやってるのよ。これくらいの差別を抱くのは私達に許されている専売特許。最高の仕事ね!」
コスモの言葉にも敗者が語るなと一蹴し優越感に浸る瞳で見下ろす。
許し難い状況だがロバースの一級品の実力が内に秘める歪みをカバーしている。
小手先ではない純粋な強さだからこそやるせなさは更に加速していった。
実力不足を痛感するコスモは消えかける意識の中である結論に辿り着く。
(こいつに……真正面から辿り着くのは無理な話だったか)
同じ土俵際で戦うのが無謀であること。
力量差がこの刹那的な時間で埋まるなんて奇跡は起きない。
どうすれば奴を攻略出来るか、正攻法が不可能と判明した今、どう乗り越えるか。
今際の際だからこそ思考は最後のあがきとばかりにフル回転していく。
自分の記憶にある可能性を見出していく中でコスモは最も有り得ないと考えていた方法が脳裏に過る。
(創造……魔法)
散々、世界を破壊する力だと恐れ罵っていたルールの枠を超えた創造魔法。
皮肉にも現状を変えられる唯一の可能性となった存在にコスモは希望を見出すものの、直ぐにも選択から振り払う。
技術はあれど成功経験はなくバタフライの提唱するきっかけというのも掴めていない。
そもそも、あの力を自らの意思で行使するのは崩壊しかけている心でも理性が働き必死の制止を行う。
今ある世界を破壊できるというバタフライの言葉が彼女の胸中にロックを掛けていた。
彼女に恐れているだけではない、自分自身が大いなる力で過ちを犯すこともあるかもしれないと恐れている。
創造魔法の影響力と底知れなさを認めているからこそ、認められなかった。
今を生きる無実の人間に迷惑を掛けてしまうのではないかという根底の良心がコスモを優柔不断にさせる。
「大人しく奴隷になっていればこんな事にもならなかったのに。己の過ちと無力さに絶望しなさいよ」
再度ロバースは三種の上級魔法を融合させたエネルギー体をトドメとばかりに上空へと生み出し浮遊させる。
確実に息の根を止める、断固たる意志が彼女の魔法には反映されていた。
「アンタの人生とか知ったことじゃない。これが運命、この結末を受け入れるこの世界が真実なのよッ!」
この世界が真実……?
敗北の二文字が着実に迫りくる中、ロバースの言葉がコスモの喉元に引っ掛かった。
間違いじゃない、現に世界は、運命は、真実は私の味方をしていない。
(何で……こんな世界に拘っている……?)
隻眼によって苦しめられた過去を見返す。
ただそれだけの為にここまで苦渋を飲みながらも人生を乗り切ってここまで来た。
しかし与えられた現実は何とも非情であり満足とは遥かに程遠い結果。
そんなクソみたいな世界に何故いつまでもしがみついているのか。
馬鹿馬鹿しさのような感情が急速に拡大していき自分の良心を疑い始める。
この理性的な思考に縛られ続けることが果たして自分の夢を叶える最良策なのか。
(私は……私の……夢を叶えるには……全てを見返すためには)
「とっとと消えろッ! 隻眼女ァッ!」
振り下げられたトドメの一撃。
周囲に突風を引き起こしながらロバースの融合技は決着をつけようと徐々に迫りくる。
激情的な叫びが終焉を迎えようとする中、コスモは薄汚れた地面を見続ける。
(私は……どうしたかったんだろう)
自分の描く選択肢の決心がつかないまま彼女はゆっくりと目を瞑り敗者になることを受け入れる決意を行う。
何も聞こえない無音の時間、ただ破滅へと向かう刹那的な時間で答えのない自問を小さく呟いた。
「コスモォォォッ!」
「……えっ?」
絶望の静寂を突き破るような幻聴にしてははっきりし過ぎている声。
何度も何度も聞いてきたやかましい声色がコスモの鼓膜へと響き渡る。
咄嗟に振り向いた視線の先には世界の破壊者になり得る救世主の存在があった。
赤き鮮血のような瞳。
ミステリアスな深紫のサイドテール。
彼女自身を象徴するような制服の上から羽織られている純白の上着。
いるはずのない、いてはいけないはずの突如現れた危険な奴。
二階席の手すりに仁王立ちしている姿にその場にいる全員が唖然とするしかない。
「何だあの女は……?」
「あっ? 何だアイツ?」
テルズやロバースも思わぬ来客にコスモから視線を外し少女の身体を顔を凝視する。
(バタフライ……?)
消えゆく意識の中でもコスモは瞬時にバタフライだということを認識する。
全員の視線を集める天才少女はコスモへと飛び切りの笑顔を向けていく。
そして叫ぶ、この空気を、運命を未来を全て破壊する声を彼女は紡いだ。
「迷うな、自分の道を切り拓けッ!」
「ッ……!」
胸の底に突き刺さる言葉。
あと一歩踏み出しきれない迷える彼女の背中を押す力がそこにはあった。
虚無に包まれ始めていたコスモは急速に意識が鮮明化されていく。
(自分の……道)
改めて自らに問う。
自分はどうしたいのか、どうすれば後悔しない未来を掴めるのか。
世界だの人々だのはどうでもいい、今はただ自分自身がどう決断したいのか。
間違っているか正しいかなんて関係ない。
その先が最悪の結末だろうと自分の意志のままに動くバタフライやKの姿をコスモは鮮明に思い出す。
(……そうだ、やっと分かった。私がどうするべきなのか)
良心も、邪念も、全てを一度捨てた真っ白な状況でコスモは決断する。
今際の瀬戸際でようやく辿り着いた答えにコスモは不思議と小さく笑みを浮かべた。
絶体絶命の状況。
三種の魔法を重ね合わせた暴力的なエネルギーは彼女を飲み込もうと襲い掛かる。
だが次の瞬間、ロバースの生み出した融合技は完全に消滅した。
「はっ……?」
何が起きたか理解が追いつかない。
渾身の一撃が前触れなく消えたという事実はロバースの思考を混乱させる。
思考回路が真っ白になる状況下、コスモはゆっくりと立ち上がっていく。
「創造魔法……ワイルド・アタック」
彼女の手元から出現した純白の魔法陣。
同時にコスモの着用していた防具は幾つにも切り離され周りを浮遊する。
細長い人差し指がロバースへと向けられた途端、防具達は自律的な動きで全方位から超高速で強襲を行った。
「なッ!?」
防具が襲い掛かるという前代未聞の事態に対処が追いつかずロバースは強烈な打撃を食らい地面へと転がる。
直ぐにも立ち上がり視線を戻した先には弱者と見下しているコスモの蒼き瞳から鮮やかな閃光が走っていた。
「何だ……何がどうなってる!?」
一分も掛からずに豹変した空気感に全員が混乱に陥る中、冷静な声色でコスモは言葉を発していく。
「ようやく見つけた……私の答え、私の夢」
決意に満ち溢れた鋭く強気な表情はロバースの瞳へと鮮明に焼き付いた。
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