第32話 アルティメット・グローリー

「こいつ……雰囲気が豹変した……?」


 明らかに変化した雰囲気。

 劣等とプライドに塗れていたかつての姿は見当たらず何処か清々しい表情をしたコスモにロバースは不気味さを見出す。


 戦いの場において致命打を与えられていたはずの弱者から反撃を食らった。

 全身に響き渡る痛みという名の衝撃がコスモの異変を裏付けている。

 

 体験した事のない面妖な魔法も相まって直ぐそこまで接近していた勝利の歯車が狂う。


(どうなってる……勝利は見えていた、なのに何故こいつは立っているッ!)


 情報過多にも程がある状況。

 瞭然の真実はまだこの勝負が終わってないということだけ。

 次こそ完全なる敗北を与えようとロバースは三度目の融合技を放とうと体勢を整える。


「はっ?」


 だが、瞬きをする隙もなくコスモの姿は視界から消えていた。

 同時に背後から明確な殺意を本能的に感じ取り咄嗟に振り向くがもう遅い。


「アイアン・フィスト」


 空中から放たれた鉄の拳はロバースの模造剣による相殺を有に超える威力で彼女を吹き飛ばす。

 大きく体勢を崩した隙を逃がすまいと地を蹴ると溝に目掛けて峰打ちを叩き込む。


 会心の一撃は腹部に凄まじい震動を与えカウンターに明確なダメージを負った。  

 思わず膝を崩したロバースは対処出来ない攻撃のコンボに畏怖を抱く。


(何なの今の魔法はッ!? こいつ動きが先鋭化されてるッ!?)


 火事場の馬鹿力と纏めるには無理がある程にこれまでを凌駕する動きを見せるコスモ。

 根底の更に根底にある栓が外れたような様子を見せる彼女は膝をつくロバースへと冷ややかな見下しの瞳を向ける。


「立ちなさい、ゲームチェンジよ」


「ッ! この女……雷牙弾・轟ッ!」


 怒りの沸点が最高潮に達する中、発動に多少の時間を有する融合技ではなく即座に放出る上位魔法の単体技へと戦法を切り替える。

 莫大な雷撃を備えたエネルギーの球体を剣へと絡ませコスモへと急接近を行った。

 

「スネイク・スイング」


 振り下げられた剣を見つめながらコスモは状況を打破するイメージを加速させ一秒も経たずに結論へと辿り着く。

 詠唱と共に鞭のように靭やかに動くよう変化させた剣を脚部へと目掛けて逆手で放つ。


 コスモの刃先はほんの僅かに早く相手へと到達し防具の関節部を巧みに狙った技はロバースの一振りを大きくずらす。

 後頭部付近へと反れた雷牙弾・轟を尻目に剣を持ち直すと反撃の一閃を繰り出した。

 

「スラッシュ・ゴーストッ!」


 打撃を与える直前で亡霊のように複数に分裂した剣は追随しながら胸部付近へと連撃を喰らわせていく。

 残像ながら一つ一つが質量を持つ剣技はロバースを空中へと弾き飛ばす。


「な、何だこの魔法は!?」


「ロバースさんがやられてるッ!?」


「何であんな隻眼女がッ!」


 パラレルワールドにでも彷徨ったかのような有り得ない一方的な無双の光景。

 誰もがコスモの覚醒に理解を抱けず意に反した展開に憤るしかない。


「ば……馬鹿な」


 特にテルズはあってはならない戦局ほ悪化に焦燥感に充たされる。

 ただの模擬戦じゃない互いの破滅を賭けた重大な一戦。 


 負ければ華やかなキャリアに深過ぎる傷がつく結果など度し難い事であった。  

 認められないコスモ優勢の展開だがバタフライだけは感情を高ぶらせながら戦いの行く末を見守っている。


「ワタシに見せてみろよコスモ、君自身が選んだ覚悟ってやつを」


 彼女の言葉が届いたのか、ギアを上げたコスモは超えねばならぬ壁へと猛威を振るう。    

 荒削りだが様になっている騎士らしく剣を主軸にした創造魔法を生み出しロバースの二手先を常に渡り歩いていた。


「何故だ……何故追い詰められている!? こんなのあり得ない、あり得ないことッ!」

 

 淡々と技を回避され反撃を叩き込まれていく繰り返しに冷静さが削がれていくロバースは我武者羅な突進を行う。 


「リープ・アラウンド」

  

 対して沈着なコスモは彼女の足場付近へと魔法陣を生成し、ゴムのように柔らかくなった地面によりバランスを崩させた。


「地面がッ!?」


「自強化魔法……アサルト・ドライヴッ!」


 固定魔法には存在しない自強化魔法。

 肉体のスピードを一時的に倍にさせる効果を持つ能力を脚部へと纏う。

 前方へと投げ出されたロバースに目掛けて風を置いていく程の鋭い突きを打ち込んだ。


「がぶぁッ!?」

 

 威力が倍増した蹴りに意識は飛びかけ嗚咽を鳴らしながら地面へと叩きつけられる。

 折られた歯を気にする余裕なんてなくロバースの肉体と精神は満身創痍であった。 


 創造魔法という眼中にも無かった概念に完膚なきまで叩きのめされている結果は全身の痛みが悪い夢ではないことを裏付けている。

 一秒一秒が屈辱的に感じる時間が強者でなければ成立しない弱者蹂躙の理念をへし折っていた。


「何なの……何なんだよお前はァ!? どうして負けない、どうして倒れない、一体何なのよその魔法はッ!? 見下す資格があるのは私なのよッ!?」


「ずっと栓を閉じていた」


「はっ……?」


「もうこんな世界に愛なんてないのに普通であることに拘って変わるのを恐れていた。でも下らない栓をするのはここで終わり」


 憤怒に満たされるロバースを見つめるコスモの顔は過去一番の清々しい笑顔だった。

 全てが壊れた先に見つけた自分の答えは彼女に安堵感を与えていく。


「この世界なんてクソ喰らえよ。私はあのバカが描く世界で私を舐めた奴を全員見返す」


 閉じ込めていた過去を開放するようにコスモは眼帯を放り捨てる。

 極彩色に輝く右目は彼女の新たな決断を祝福するように輝いていた。


「喝采しろ、私の未来に」


 後戻りしない覚悟を体現した台詞は周囲へと新たな風を吹き込ませる。

 憎愛と理念が渦巻く環境で最も輝きを強めていたのは純粋なコスモの答えだった。


 青く澄んだ想いが込められた光は相手へ「勝てない」という感情を植え付けていく。


「認めない……認めるかそんなことォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」


 絶望感にも似た彼女の煌めきを認めずロバースは抗いを続ける。

 負けるはず無い、負けてはならない、負けることは許されない。


 これまで挫折もなく常に優位な立場で誰かを下に見ることで悦に浸っていた人生。

 強者にだけ許された特権を奪われたくないという思いが激情を加速させる。

 

「植弾ッ! 羅炎弾・激ッ!」


 高火力とスピードを兼ね備える融合技。

 上級魔法の業火を纏わせた植弾を全方位から逃げ場を遮断しながら放つ。

 迫りくる新たな攻撃パターンにコスモはイメージを創造していく。 


「バースト・アラウンド」


 地面へと敷かれた巨大な魔法陣から衝撃波を生み出し植弾達を破裂させ相殺する。  

 この歪な戦いに終止符を打とうとコスモは最後のイメージを創造し始めていく。

 

(痛い……めっちゃ頭痛い、死にたいくらい)


 笑みを見せているが深い亀裂が入ったような強烈な痛みが脳には走っていた。

 創造魔法は新たな魔法を発案し、脳内で検証を行い、現実的に至った結論を魔法式に組み込むことで完成する。


 平常時はまだしも戦闘時はこの膨大なタスクを数秒で完結させなければならない。

 故に脳の消費量は凄まじくコスモの思考は既に破裂寸前まで疲労していた。


(でも何でだろ……楽しい)


 だがそれ以上に何故だか分からない楽しさがコスモの心を包んでいた。

 かち割れそうな痛みを超える創造への執着が彼女の脳内をフル回転させる。


(奴はまだ体力と魔力が残っている、一発で仕留めるには意表を突くことが最重要。であるなら……捨ててみようか、女の命)

 

 結論に至ったコスモは背中まで到達していた銀髪を乱雑に握り纏める。

 懐に閉まっていた携帯型のナイフを取り出すと自らの髪を

  

「はっ……?」


 女の命と言ってもいい艷やかな髪。

 特に自らの髪には最大限の気を使っていたコスモの奇行にロバースの思考は止まる。

 意表を突く作戦が功を奏したコスモは切った銀髪を空中へと投げつけた。


「これも私の忌まわしき過去」


 一本一本に微小の魔法陣が包み込むと瞬く間に秀麗な銀髪だった毛は

 彼女を包み込む小さな剣達は姫君を守る兵士のように配列されていた。

 

 絶望と美しさを兼ね備えた魔法はコスモ・レベリティという存在を体現している。

 

「私は未来を生きる。創造魔法……レイン」


 誰もが目を奪われる剣の雨はコスモの右腕が振り下ろされると同時に襲い掛かった。

 理不尽にも程がある数の暴力による魔法は確実なる敗北を自覚するには十分。


 これまでの過去を全て込められた切り札はロバースを飲み込んでいく。

 愛憎が交差する騎士達を巻き込んだ聖戦の決着は着実に迫っている。


「何故だ……何故まだ強くなろうとする……何故強くなれるんだよォォォォォッ!」


 最後まで相手を理解出来ない断末魔。

 豪雨のように降り注いだ魔法は周囲の地面を抉っていく。   

 クレーターのように穴があいた場所の中心に映る光景が勝敗の行く末を描いていた。


 動くことのないロバースと傷だらけながらも立ち続けるコスモ。

 明確な勝利を表している状況に彼女は天高く顔を見上げる。


「さよなら、私の腐った思い出」


 全てを失った乙女が瀬戸際に生みだした世紀の番狂わせは直ぐそこまで来ていた運命を清々しく破壊した。

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