第33話 突き抜ける魂はロマンスに

 明確に描写された勝者と敗者。

 深淵よりも暗い沈黙が支配する中、コスモはテルズへ視線を向ける。

 極彩色に輝く瞳は威圧的な雰囲気を醸し出し相手の心を絡め取っていく。


「まだ文句ある?」


 バッサリと切られた銀髪も相まって別人のように変化したコスモにテルズは息を呑む。

 

「あり得ん……有り得ない」


「あり得ない? アンタの目はいつ節穴になったのかしら、騎士団長様?」


 認められる訳がない。

 介添人として見届けていた確実に勝利出来たはずの決闘による敗北。

 自分とも余り実力の差がないロバースが地に背中をつける姿は畏怖の何物でもない。   


 行く末を見守っていた騎士達も同様。

 副騎士団長が一方的に蹂躙されたという事実は恐怖心が植え付けられるには十分だ。

 

「す……素晴らしい戦いぶりだったぞコスモ・レベリティ、どうやら私は君の実力を見誤っていたようだ」


 窮地に陥るテルズが取った行動は手のひら返しの称賛だった。

 上辺の拍手を行いながら予想打にしない脅威となっているコスモへの対抗策を必死に思案している。


「君にここまでの潜在能力がまだ秘められていたとは恐れ入った。今回の君の任務放棄は黙認し王国騎士復帰を約束しよう。そうだ、副騎士団長の座も君に譲ることも考える、どうかまた我らと共にこの国の治安を」


 不本意ながらも最大限の譲歩案を提示しテルズは場を収めようと奔走する。

 王国騎士復帰という切り札のカードを切ることで自身のキャリアを死守し、コスモという反逆者を躾けようと画策していく。


 だが、彼が有効打と確信していた選択は既に紙くずのように効果のない代物に落ちぶれていた。

 和解の証明である握手を差し出した彼の顔面に飛んできた物は


「がぶっ!?」


 鼻腔に目掛けて放たれた殴撃は油断していたテルズの顔面を鮮血に汚す。

 周囲は「騎士団長様ッ!?」と一斉に声を上げコスモの愚行に困惑の視線を向ける。


「いった……流石に神経に響くわね。男の人を殴るってのは」


 顔面を殴ったという行為に悪びれる様子は一切なく自分の細長い白い手の心配を彼女は行っていた。

 騎士達に支えられながら自身への無礼にテルズは怒りを爆発させる。


「な……何のつもりだ貴様ッ!?」


「アンタみたいな往生際が悪い人間が腹立つからぶん殴った。今更私をどうにか出来るなんて思わないことね」


「小娘……貴様のこの愚行を私は決して許すことはないぞ。こんな非公式の戦いで我らを利用できると思うなよ」


「何っ?」


「調査任務の不問? 口約束で認めるわけないだろうがッ! この戦いなど何の効力も持たぬ、こうなったら道連れだ」


「アンタ……この期に及んでまだそんな往生際が悪いことを」


「ならば証拠を出してみろ、教えてやるぞ小娘よ、口だけの契約などしっかり守ろうとするのは子供だけだ、勢い任せに挑んできた貴様の甘さであり敗因だッ!」


 最後の対抗策。

 このまま奴の勝利を妥協すればこちらだけが破滅の道を辿ることになる。

 断じて許されない結末になる位ならとテルズはコスモを道連れにしようと足掻く。

 小手先の戦法だが指摘の通り勢い任せに挑んだコスモには有効打となり彼女はあと一歩の所で逃れようとする彼へと顔を歪ませる。

 

「待ちなよ」


 憎悪のぶつけ合いによる泥沼の争いになろうとした時、この展開を破壊すべく声を上げたのはバタフライだった。

 華麗に砂埃舞う地面へと着地するとコスモの肩を優しく叩く。


「ッ……バタフライ」


「ナイスファイト、後は任せな」


 敬意を払う瞳を世界を破壊する創造者はテルズへと真正面から向き合う。

 腐っても荘厳たる歴史を持つ王国騎士団への彼女の第一声は実に軽いものだった。


「やっ、ナイト諸君。ウチのコスモちゃんが色々とお世話になったね〜どう? 楽しく生きてる?」


「貴様まさか……バタフライ・オリジナル……?」


「おぉ! この国一番のエリートと称される騎士団の長に名を知られているとはワタシもビックネームになったんだね」


 詳細は知らないが名前だけは認知していたテルズは目の前にいる奇天烈な少女がバタフライ・オリジナルだとようやく理解する。

 ハイテンションな口調と奇抜なファッションはここでも周囲を困惑させる。 


「まぁいいや、この勝負はコスモちゃんの勝利であり約束として今回の責任は全て君達側が背負う。今更知らないは〜ちょっと無理があるんじゃない?」


「無理だと? そんな約束などそもそもしていない、こいつが勝手に喋っている妄言だ、それとも真実を示す証拠でもあると?」


「あぁあるよ」


「はっ……?」


 即答で返された反論にテルズは思わず呆気ない声が溢れてしまう。

 何の証拠もない口約束など意味をなさないと確信していた心はあっさりへし折られる。


「ふ……ふざけるなッ! 何を根拠に下らないことをッ! これだから政府も『魔法創造科』へ警戒心を抱いて」


「分かった分かった、君の反論はちゃんと聞いたよ、だからさちょっと黙ってくれる?」


 ワントーン下がった声に騎士達は鎖で締め付けられたように身体が硬直する。

 目が全く笑っていない赤き瞳からなる形相は悪魔そのものであった。


 一呼吸するよりも早く場の支配を完遂したバタフライは自身のペースで掻き乱す。


「君達がいがみ合ってる原因は証拠の有無、確かに口約束なんて紙くずよりも頼りないものだからね〜何の対策もせずに突っ込んだコスモちゃんがお馬鹿だね」


「ハッ……それがどうした。貴様が今行っていることは確定している事実の陳列だ」


「そう、ここまでは真実、でもどう? もし誰かが


 言っている事が理解出来ないテルズへとバタフライは上空に巨大な魔法陣を生み出す。

 

「リバース・タイム」


 詠唱を機に、円形の魔法陣は長四角へと姿を変え始め徐々に人型のシルエットが現れ始める。

 空間に投影された映像には大会議室内にてコスモとテルズのやり取りが一字一句、詳細に語られていた。


「なっ……!?」


「リバース・タイム、ワタシが視認した記憶を空間に映像として投影させる創造魔法さ。どう? 凄いっしょ」


「ば、馬鹿な……これはッ!?」


「残念だったね〜君の敗因はこのワタシがいたという可能性を度外視していた事だ。これ政府ちゃんに出されたら困るんじゃない?」


「何なんだ一体その魔法はッ!」


「創造魔法……この世界の全てを変える新たな可能性だ、覚えておきな」


 言い逃れ出来ない鮮明に映し出されている証拠にテルズは開いた口が塞がらない。

 眼中にも無かった創造魔法という概念に全ての勝ち筋を潰された事実は歯痒く彼を苦悩させる。

  

 最後の悪あがきの末、完全に詰む事になった結果にコスモは哀れみの目を向けた。


「ダッサ……因果応報、責任くらい自分達で取りなさいよ、それが大人の社会でしょ?」


「ま、待てコスモ、そうだ君に騎士団長の位を譲渡しようッ! 今後は君のような若き乙女がこの騎士達を率いて」


「グチグチグチグチ……いい加減潔く諦めろこのドクズ野郎がッ! アンタには一応世話にはなったわ、でも恩義なんて無い、自分が生み出した惨状と共に地獄に落ちろッ!」


 尚も食い下がろうとするテルズへのトドメの罵倒に彼の心は完全にへし折られる。

 鬼神の如く威圧感を放つ彼女のセリフを最後に去っていく彼女の勇ましい後ろ姿に無意識に尻もちをついてしまう。

  

「う〜わブチギレじゃん、てことでじゃあね王国騎士団ちゃん、良い一日を」


 舐め腐った笑顔を振り撒きながら後を追うバタフライに声を掛けることは出来ない。

 手元に残ったのは圧倒的な敗北とどうしよもうない未来への負の遺産。


 華やかな道を歩むはずだったビジョンには急速に靄がかかり、テルズは崩落した自身の将来に悲観の表情を浮かべるしかなかった。



 

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