第34話 始まりの君に捧げるサーガ

「ふぅ……ざまぁみやがれッ! バーカ!」


 セレナーデの町並みが一望できる高台。

 全てを終えたコスモはこれまでの鬱憤を開放するように本心を叫ぶ。

 喉が枯れる大声を出した彼女の表情は実に清々しく邪念のない笑顔である。

 夕日が沈み始め、星が煌めいている青い夜空が未来ある少女二人を彩っていた。


「どう? 初めて創造魔法を成功させてみた感想はさ」


「最っ悪、今でも頭ジンジンするしクソみたいな魔法ね、よくあんな頭使う事を呑気に笑顔でやれるわね」


「フッフッフ……天才と凡人を比べないで欲しいものだね。同じ脳みそとでも?」


 激変したコスモの横顔を見ながらバタフライは興味深そうな笑みを浮かべる。

 相変わらずの鼻につくセリフだが苛立ちを抱かない程に彼女は上機嫌だった。


「不思議ね、アンタのセリフにも今はそんなにムカつかない。こんなに気持ちいいのは久しぶりよ。殴りそうだったけど」


「そっかそっか! えっ殴りたい?」


「まぁ、別にそれはどうでもいいんだけど、アンタいつからあの場所にいたのよ、いたのなら最初から出てきなさいよ、まぁ……助けられたけど」


 素直じゃないながらもコスモは彼女への感謝を述べ同時に疑問を提示する。

 助けられたとはいえ、いつからあの場にいたのか気になるのは当然の事だった。

 覚醒した少女からの予想打にしない暴力的な発言に困惑しながらもバタフライは自らの魂胆を明かしていく。


「試してたのさ」


「試してた?」


「Kから君がかなり迷走してると聞いてね、どちらに転ぶか見届ける為に侵入したのさ。この世界に拘るか、新たな世界を望むか、君が選んだのは後者だから後押ししたのさ」


「選んだって……私は創造魔法を受け入れようとした事までは言葉に出してないわよ」


「ワタシを誰だと思ってる? 言葉なんかなくても人の心を読むことなんて天才には造作もないことさ」


「……えっキモっ」


「キモっ!? 助けたんだけど!?」  


 辛辣な言葉を吐いているが彼女の言葉をコスモは疑うことはなかった。

 バタフライならやれる、そんな一種の歪んだ信頼感を抱いてしまっている。

 大分このやかましい天才に毒されてしまっている事を自覚しながらコスモは微量に笑みを溢した。


「まぁでも……アンタが声掛けてくれたお陰で最後の決心がついた。そこは感謝してる、下らない未練とも断ち切れたわ」

  

「おぉ!? それはひょっとしてコスモさん、つまりはワタシのワーロック・ワールドを称賛してくれたってことかな?」


「いやそれはない、今後も一生称賛しない」


「へっ? えっそうなのッ!? あんだけカッコいい覚醒して褒め称えないんすか!?」


「敬語止めろ気持ち悪い」


 自らの理想に全面的に肯定してくれたのかと勝手に勘違いしていたバタフライはコスモからの冷静な拒絶に唖然とする。

 創造魔法を行使することを許容しながらも夢は認めないどっちつかずの発言の真意をコスモは発していった。


「今も、いやきっと今後もアンタの夢が理想郷に繋がるとは思わない。この世界よりも最悪な事になる可能性は常に脳裏に抱いてる。でもね、それでもいいのよ」


「それでもいい?」


「今のクソみたいな世界よりアンタの描く世界の方が私は面白そうと感じた、ただそれだけの理由、他人の幸福なんて知ったことではない、だから私も見届ける」


 改めて自分の答えに辿り着いたコスモは空にも負けぬ青く澄んでいる決意の瞳をバタフライへと捧げる。

 

「私の夢は私を馬鹿にしてきた全てを見返すこと、それを実現しやすいのはアンタの世界と信じたいって思ったの。バタフライ、アンタが描く未来に私は賭けてみるわ」


 他人の事を一切考えない利己を極めた思考から導き出した結論。

 Kやバタフライに感化されたコスモは自分勝手に生きることへの抵抗感を捨て、自らを愛することへの拘りを極めた。

 赤の他人から壊れていると言われても知ったことではない。


「自分の夢の為にワタシに賭ける……ね。改めて聞くけどそれが君の答えでいいのかい? 今の幸福を全て捨て去ることが」


「今更「やっぱ今がいいです」なんてドヘタレなことを言うと思う?」


「いや、言わないね」


 薄々分かっていながらも期待通りの回答にバタフライは心の底からの笑顔を見せた。


「君の青い十六年の日々はやり直せない。でもこれからは変わる、過去は変えられないからこそ変えられる未来は尊い」


 十六年という月日を犠牲に手にした新たな未来を祝福するようにバタフライは友愛の印としてしなやかな手を差し出す。

 

「コスモ・レベリティ、君の決断に敬意を表する。君の賭けてくれた未来、このワタシが叶えてやるさ。ようこそ『魔法創造科』へ」


「……つまらない世界なら許さないわよ。革命バカの超天才」


 悪態をつきながらも初めて出会った時とはまるで違う穏やかな表情で力強くバタフライの手を握った。

 友情でも愛でもない、形容し難い二人だけの関係が心地良さを醸し出す。


 余りにも濃密で歪んだ一ヶ月間。

 世界を絶望にも希望にも彩れる突如現れた天才少女は歯車のように模範的に動いていた世界を狂わせる。


 立場、年齢、性別、全てが皆平等に彼女によって歪ませられていく。

 コスモ自身も自然と毒されていき、遂には全ての過去を捨ててしまう。


「さて、では今日はパーティといこうか! 丁度Kから美味しい肉とパンを仕入れたって情報があるんだ、今日は君への、そして愛する創造魔法への宴だッ!」

 

 迷いがないと言えば嘘になる。

 心の片隅には決断した未来が果たして正しいのか、疑問を浮かべる自分も存在する。

 だが今のクソに等しい世界を見捨てた先にある自らの夢が彼女の決意を固めていた。

 

(今は……こいつの歩む先の未来に……私の理想があると信じたい、ただそれだけ)

 

 正しいかどうかは分からない。

 この先の未来は神にしか理解出来ない。

 ただ今は、自尊心に溢れているこの乙女の背中を追うのが心地よい。


 夢を叶えられる世界はこいつの目指す先にあるかもしれない。

 新たな青春という物語の幕開けにコスモは満点の星空を見つめた。



 




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ワーロック・ワールド 隻眼騎士と天才少女の学園生活 スカイ @SUKAI1234

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