第19話 バタフライ・エフェクト

「な、何すんのアンタッ!?」


「フィリア様に向かってっ!」


 悶えるフィリアと呼ばれるブロンドの少女へと駆け寄った取り巻き達は自分達の行為を棚に置きながらコスモを罵倒していく。   


「このお方は『魔法技術科』にて優秀な成績を収めるフィリア・プライド様なのよ!」


「プライド社の一人娘にして次期社長候補になんて無礼な行いをッ!」


 フィリア・プライド__。 

 プライド社と呼ばれる製薬企業は医療においてシェア率トップクラスを誇り、数多の医療に貢献している一大企業。

 元王国騎士としてその名と無礼を働くことが如何に危険かをコスモも認知している。


 だが命知らずにならなければ収まらない程にコスモの腹は煮えくり返っていた。

 調査任務として便に生活を送る、その使命は理性と共に崩れ落ちる。


「はっ? んなこと知るかよ、アンタは私を侮辱した。それ以上でもそれ以下でもない。だから殴った」


「ゲホッゲホッ……この暴力女……!」


 酷く咳き込み拳を叩き込まれた腹部を抑えながらフィリアは鋭く睨む。

 ゴミを見るような蔑む冷血な瞳が怒りを更に増長させていく。


「アンタは私の逆鱗に触れた。我慢して笑顔を見せれる程に愛嬌のある女じゃないのよ」


「ハッ……やっぱり『魔法創造科』ってイカれた奴しかいないのね」


「あっ?」


「学園内でも噂になってるわよ、学業も行わず実習もせず、外に出ては謎の魔法を市民に押し付ける悪徳魔法使いってねッ! 少しちょっかい掛けただけでこの暴れよう……やっぱり『魔法創造科』ってのはイカれた奴の収容所なのねッ!」


 確かに『魔法創造科』は学業も実習も行わずに外に出ては創造魔法を提供する。

 それがバタフライの方針であり彼女なりのやり方。


 だがあくまで善意の為の行いであり、悪徳などと言われる筋合いはない。

 コスモ自身も相容れない考えとは思っても悪行をしているとは考えていなかった。


「アンタ……いい加減にッ!」


 誇張された偽りの噂と見世物のように干渉されたという双璧にコスモは怒りを滲ませ再度殴りかかろうと身を乗り出す。

 異端は見下していいという国内トップのエリート校とは思えぬ行動に絶望感に近い憤りが神経に蔓延し始める、その刹那。


「ストップ」


 振り上げた拳はガッシリと背後から掴まれ 聞き覚えのある音色がコスモの耳に響いた。

 全く振り解けない程の強い負荷が右腕へとかかり咄嗟に振り向く。


「何だ、結構ヒートアップしちゃうタイプなんだねコスモちゃん」


「ッ! バタフライ……!?」


 赤い宝石のようなバタフライの瞳はコスモの青い瞳を染め上げる。

 変わらぬ笑顔のままゆっくりとコスモの腕から手を離すと視線の矛先をフィリアへと瞬時に変更した。

 

 童顔からなる真っ直ぐ過ぎる目は周囲を一瞬だけたじろがせる。

 この学園を今最も騒がせる存在の登場に生徒達の視線は一斉にバタフライへと集まる。


「やっ初めまして、フィリアだっけ? 知ってるよ〜親が有名企業の社長さん、君自身も『魔法技術科』の優秀な同級生ってね」


「バタフライ・オリジナル……ハッ、この学園を汚す張本人の登場って所かしら。このエセ天才が」


 フレンドリーな言葉遣いで口火を切ったバタフライにフィリアは冷静さを取り戻すとあしらうように鼻で嘲笑した。 


 虫酸が走る変わらない彼女の態度に怒りが再度燃え上がるコスモだがバタフライは表情を一切変えずに言葉を交わしていく。


「汚すって酷いな〜そんなつもりはないんだけど。別にエセじゃないし」


「学園長が許したからとか知らないわ。ここは秩序と歴史ある学園。貴方のような天才を名乗る得体のしれない存在は邪魔でしかないのよッ!」


 フィリアの拒絶を示す言葉に同調を示すよう頷く生徒が大半な一方、懐疑的な表情を見せる生徒も少数存在する。

 それはこの学園における『魔法創造科』の現在の立ち位置を明確に表してた。


「あぁ〜まっそれも一つの意見だ。ワタシを気味悪がるのもまた一興、いくら貶してもらっても構わない。でもさ」


 どれだけ貶されようと自分自身の身に対しては何も嫌悪感を抱かないバタフライ。

 だが次の瞬間、享楽さが支配していた顔からはハイライトが瞬時に消えていく。

 

「大切な生徒を何蹴ってくれてんだよ」

 

 嗚咽するほどの威圧感が場を瞬時に支配しフィリア達は無意識に後退る。

 常に楽という言葉が相応しい雰囲気をしていた彼女の豹変にコスモも固唾を呑み込む。

 

 怒りでも悲しみでも、妬みでもない。

 張り付いたように笑顔を浮かべるものの、奥底に心を感じない冷徹な声。  

 その矛盾さはサクリファイスを鬼神の如く討伐した時を彷彿とさせる。

 

「ムカつくならワタシにぶつけなよ、『魔法創造科』を提案したのはこの天才だ。コスモちゃんは一人の大切な生徒ってだけのこと。何故ワタシにやらない、ビビりか?」


「う……うるさいわね俗物がッ! この元クソ王国騎士も『魔法創造科』なのだから何したって構わないでしょうがッ!」


「へぇ〜そう、なら勝負しようか」


「えぇ勝負……はっ?」


「ん?」


 口から出た突拍子もない提案にフィリアは愚かコスモも疑問の声を無意識に吐き出す。


「確かここには模擬戦闘用の施設があっただろう? そこで一対一で勝負しよう。ワタシが勝ったら君はコスモちゃんに謝る。君が勝ったら……ワタシはこの学園を退する」


「はッ!?」


「はいッ!?」


 誰しもがその提案に「はぁッ!?」と声を上げ動揺と困惑は一瞬にして伝達していく。

 フィリアは唖然とした表情を浮かべコスモは「退学する」というハイリスクな提案を口にしたバタフライの肩に掴みかかる。


「ちょ何考えてんのアンタ!? 退学の言葉知ってるわけ!?」


「幼稚園児と勘違いしてる? 分かんなくてそんなこと言うかな」


「なら尚更よッ! 退学なんてそんな簡単に切っていいカードじゃ!」


 コスモ、及び王国騎士や政府からすればバタフライの案は渡りに船であった。

 得体のしれず危険だと判断したからこそ命じられた『魔法創造科』の極秘調査。

 

 発案者かつ現時点で唯一まともに魔法創造が使えるバタフライが退学をすれば『魔法創造科』は事実上の自然解体。

 調査の必要性はなくなり、もう一度王国騎士に復帰できるチャンスが更に早くコスモにも降り掛かってくる。


 政府側全員が好都合になりうる提案なのだがコスモはそれ以上にバタフライの奇行を咎めることが思考にあった。

 散々夢を語っていた癖に全てを投げ出してしまう彼女のブレ過ぎる行動に根底にある良心に近いものがコスモを動かす。


「大丈夫、負けないからワタシは」


 肩に触れている手を軽く振り払うと歯を見せながら笑い、バタフライは不敵にフィリアへと視線を戻す。

 

「負けない……? アンタナメてんの? 私は『魔法技術科』にて優秀な成績を残す存在であり貴方のようなドブネズミを捻り潰すことなんてッ!」


「ハイハイ分かった分かった、口ではなんだって言えるさ、証明しなよ実力でワタシより強いってさ。優秀なんだろ?」


「ッ……分かったわよ、今日の放課後、その勝負受けてやるわ。約束必ず守りなさいよ。土下座しても許さないから」


「お互い様にね」


 火花を散らしながらフィリアはその場を怒り心頭に去っていく。

 予期せぬバトルマッチに周囲は歓喜と困惑が混じり合った空気に満たされた。


「さて、コスモちゃんの名誉のためにいっちょ一肌脱ぎますか」


「アンタ……正気なの? 何で私なんかの為にそこまでして」


「かわいい生徒を馬鹿にされたからね〜正面からぶつかって負かしたいじゃん」


「だとしても自分の立場を賭けに出すほどのことじゃッ!」


「卑屈になんなよ人間はさ、馬鹿みたいな覚悟を持ってでも貫きたい事が時にあるってもんだ」


 コスモの肩を軽く二回叩くとバタフライは相変わらずのマイペースに場を乱しに乱したまま場から消える。

 周囲の揶揄する声も今は耳に入らずただジッとコスモは利己主義なのか利他主義なのか分からない存在の後ろ姿を凝視する。


「分からない……意味が分からない」


 余りにも自分勝手で、余りにも他人思いな矛盾した二つの性質を持つ異質な蝶。

 人を助ける王国騎士の身でありながらその身は自分のために生きていたコスモは理解が出来なかった。


「何故そこまで……人の為に生きるの」


 何処までも自分の想像を超える存在の立ち振る舞いにコスモはただ理解しきれない彼女への声が口元から溢れた。



 

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