第20話 聖なる乙女の殺し方

 時間は乙女の心を整理する猶予を与えることはなく淡々と時計の針を進めていく。

 突如として生まれた因縁と決着をつける戦いをどうすることも出来ず、直ぐにでも決戦の瞬間は訪れる。


『魔法技術科』の未来ある優等生と『魔法創造科』の異端の天才という対戦カード。

 学園内には異様な空気が流れ噂が噂を生みやや誇張された内容が校舎を覆う。


 生徒同士の暴走から始まる突然の決戦。

 秩序と伝統を重視する学園がこの出来事を見て見ぬふりなどをする訳がない。

 

「学園長どうするんですか!?」


「生徒間の衝突は止めるべきですッ! しかもあのバタフライがプライド社の一人娘に喧嘩を売ったという話ですよ!?」


 教員側にも二人の対戦の噂は耳に入り、止めるよう学園長室へと数人が押し掛ける。

 ただの無名な生徒同士の喧嘩であるならここまで血相を変えることはないだろう。


 だが今回は多額の融資を学園へと行うプライド社の一人娘フィリアと学園長リーラが推す『魔法創造科』のバタフライ。

 良くも悪くも名が知れている二人の衝突に教師達は青ざめていた。

 

「……喧嘩というのは本来あまり褒められる行いではないだろう。しかし言葉だけでは伝わらない思いもある。私は生徒の意志を最優先に考えたいと思うのだが?」


 即刻中止を求める多数の声を一蹴するかの如く、リーラはバタフライの提案した勝負を遠回しながら肯定の意見を述べた。

 自分達の意に反する言葉に教員達は勿論唖然の声を上げ、異論を唱えていく。


「なっ!? 何故です、何故あそこまでバタフライという存在に拘るのですかッ!」


「あんなな存在など端からこの学園にいさせるべきではなく自主退学をさせるべきで!」


「未知……奇怪……才能の卵達を導く指導者がそのような言葉を使うべきではないと私は思うが?」


 向けられた獲物を捉えたような鋭いリーラの視線に周りは一瞬にして静まり返った。

 やや不機嫌気味な声で席から立ち上がると鳥が軽やかに鳴く晴天を窓越しに見つめる。


「この学園の生徒な以上、侮辱に値する言葉を述べるのは教員失格だ」


「で、ですが学園長……貴方が推すバタフライの相手はプライド社の令嬢ですよ? あそこは私達に多額の融資をしていてッ!」


「噂によればフィリアが先に挑発したという話ではないか。例え支援企業の娘であろうと誰かを貶す者に媚びようとは思わない。決闘は学園長の名にて特例で承認する」


 揺るぎのない力強いリーラの声明にこれ以上反論する気力は既に消えていた。

 不本意ながら教員達は決闘の承認に対して無言という名の肯定を行う。


 学園側が許容の意志を見せた戦いに一通りの講義を終えた生徒は一目散に模擬戦闘用の施設へと駆けていく。

 本来であるなら魔法実習の応用として使われるだけの学びの場。


 鉄で全体が囲われ人工の土に覆われた地面から砂埃が舞う。  

 観覧用の席は直ぐにも満員となりそれでも溢れ返る生徒が次々と雪崩込む。


 場内に最も端の席に腰掛けていたコスモは困惑の表情を浮かべた。

 過去の文献で閲覧した事がある剣闘士の戦いを彷彿とさせる程の熱狂。


「行っけぇフィリア様ッ!」


「あんな得体のしれない存在なんてぶっ飛ばしてやってください!」


「どっちが勝つと思う?」


「いやフィリアでしょ、あの人の魔法技術の高さは本物よ。努力の塊みたいなもんだし」


「本当に惚れるわ……努力家って」


 取り巻き達が中心となって湧くフィリアへの大きな歓声。

 心酔していないであろう中立的な生徒達も期待しているのはフィリアの蹂躙。


 完全アウェーという言葉が相応しい程にバタフライに対する賛美の空気はなかった。

 

「アッハハ、どうやら君への期待は凄まじいものらしいね」


 逃げ出しても仕方ない逆境にも一切動じずバタフライは挑発的な表情を向ける。

 眉間にシワを寄せながら小生意気に笑う存在へと怪訝な形相をフィリアは浮かべた。


「その舐め腐った顔を完膚なきまで叩き潰したい事で私の頭はいっぱいいっぱいよ。天才を名乗る貴方は特にね」


「随分と天才を嫌ってるようで。でも言っておくけど……だから」


「はっ?」


 端的ながら相手の沸点を湧かせるには十分な言動にフィリアの怒りは更に際立つ。

 不倶戴天の激情のままに相手を殺害してしまうのではないかと思う程に。


「勝ち負けの条件は相手の完全無力化、殺人は禁止とし、深追いも禁ずる、いいね?」


「えぇ……それでいいわよ、礼儀を知らない匹婦がッ!」


 審判もいない無法に限りなく近い決戦。

 宣告もなく戦いの火蓋は唐突に切られた。


 朱塗の魔法陣が即座に生成されるとフィリアのてのひらには業火が纏われていく。

 

螺炎弾らえんだん・激ッ!」


 螺旋状に放たれた大火球の双撃は地面を抉り取り、膨大化をしながらバタフライへと強襲を仕掛ける。

 固定魔法火属性において、上位の立場に存在する羅炎弾・激。


 超高温からなる爆炎の一撃は轟音と共に周囲を無慈悲に焼き尽くした。


「雷槍・轟ッ!」


 追い打ちとばかりに上空には雷属性からなる無数の魔法陣が出現し、豪雨のように無数の槍が次々と投下されていく。

 上位クラス魔法の連撃に衝撃は観客席にまで響き渡り、突風が周囲に吹き荒れる。


 時間にして僅か数秒。

 余りにも刹那的な出来事に生徒達はワンテンポ遅れて歓声が湧き上がっていく。


「決まった上級魔法の連続使用ッ!」


「流石はフィリア様!」


「あんな女狐イチコロよッ!」


 バタフライのいた場所は無惨な焼け野原へと変貌した事に誰しもがフィリアの勝利を確信する。

 魔法の技術性を重点に高める『魔法技術科』の優等生において困難とされる上級固定魔法の連続発動などは造作もない。


 身に備わった技術は本物でありフィリアは優れた芸当を駆使し、先手必勝の戦法による迅速な連撃で決着を収めた。


「……雑魚が、何が格上よ。口先だけのニセ天才女が。どうせ入学式のあの芸当も不正でもしていた癖に」


 目の先に広がる黒煙にフィリア自身も罵倒と共に微笑が無意識に溢れる。

 誰しもが呆気なさすぎる結末と確信する中……たった一人だけは正反対の意見を胸に秘めていた。


(違う……あいつはこんなで終わる訳がない)


 常識の範疇を超えた存在を常に最も近い位置で見続けたコスモは早とちりな音色の数々に憐れみを抱く。

 その恐ろしくも今は頼もしい彼女への考察は間もなく真実へと昇華する。


「アブソーブ・インパクト」


 肩透かしを食らったような残念さを醸し出す詠唱を唱える享楽的な声。

 

「あっ?」


 気味の悪い幻聴にしては鮮明過ぎる声にフィリアは咄嗟に振り返る。

 黒煙は徐々に晴れていき静寂が包む中、異端の天才は姿を現す。


 右手に出現する巨大な純白の魔法陣は近傍を破壊し尽くした焔と雷の双撃を無効化するかの如く、吸収が行われていた。


「アブソーブ・インパクト、指定した対象の魔法を無条件で吸い込む今創造した魔法だ」

 

「ッ……!?」


 少しばかり焼き焦げた制服が靡く中、喜怒哀楽のどれでもない力強い笑みがフィリアの瞳に焼き尽く。 


「あまり舐めんなよ、早とちりが」


 驚愕する周囲を煽るバタフライの自信に溢れる表情からは挑発の言葉が放たれた。

 




 

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