第21話 エボリューション・フェーズ2

「馬鹿な……防いだッ!?」


 まるで効いていないようなバタフライの様子にフィリアは理解が追いつかない。

 制服の一部は焼けているものの、身体自体には掠り傷すら見られなかった。


 微火玉と埃が絡み合いながら幻想的な光景を作り出す中、動揺しながらもフィリアは咄嗟に上位魔法を放つ。


「氷槍・乱ッ!」


 氷霧を纏う無数の槍はバタフライを射止めようと上空から一斉に投擲される。

 今のは偶然、たまたま自分の魔法が弾かれたという淡い希望を乗せて。


「アブソーブ・インパクト」


 だがそんなものは根拠のない希望的観測。

 デジャヴのように再度出現した魔法陣は氷槍をいとも簡単に吸収していく。 


「仕切り直しのつもり? 学習しろよ」


 小馬鹿にした言葉を並べながら首を回すとバタフライは即座に地を蹴る。

 肉眼で追うのも至難な迅速なる動作により背後へと回り込む。

  

 ようやく彼女の動きに気付き振り向きざまに防御魔法を発動させようとするフィリアの顔面には既に踵が迫っていた。

 対処することも出来ず、頬へと直撃した蹴撃は打擲し鮮血を盛大に撒き散らす。


 衝撃波が出る威力にフィリアの身体は空中で何回転もし、地面へと叩きつけられる。

 

「ぐっ……!? 植弾しょくだんッ!」


 痛みが神経を伝いながらもアクロバットに距離を取りながら「近付くな」と言わんばかりに地面から数多の樹木を生やす。

 怯むことなくバタフライは植物の隙間を身体を捻らせながら突っ込み空中へと飛躍したと同時に新たな魔法陣を生み出す。


「アイアン・フィスト・アサルト」


 サクリファイスを撃沈させた鉄の拳。

 サイズが半減した代わりに速度が上昇した対人用に応用された技は樹木を掻い潜り敵を射止めようと迫る。


光盾こうじゅんッ!」


 光属性の防御魔法からなる盾。

 鉄の一撃と触れ合った瞬間、暴れ狂う衝撃波が地面を抉り取る。


 即席で作られた中級程度の防御盾は直ぐにも貫通されるものの直撃を避けフィリアスレスレの地面へと着弾した。


 一進一退というには一方的過ぎる展開。

 複雑怪奇な魔法と類まれなフィジカルの双璧を兼ね備えるバタフライの猛攻に食らいつくものの防戦の状況が続いていく。


 フィリアの内心にはそれだけしかない純粋な焦り感情が芽生えていた。  

 優れた魔法技術と自賛している自身の能力を駆使してでもその上を軽く超えていく蝶のように舞う天才。


(何……何なのコレは……!? あり得ないあり得ない……あり得るはずがないッ! 認めない天才なんてッ!)  


 額から鮮血が流れる自分と常軌を逸した表情を見せる相手。

 その構図が明確な差を否が応にも物語っており、四肢には冷や汗が流れ落ち、心臓の鼓動は徐々に加速していく。

 

 嘘っぱち、役に立たない、下らない、不正だのと見下していた心を今も尚抱くことは出来ずにいた。

 

「グラウンド・バウンディング」


 出現した魔法陣により土埃が激しく舞う硬い地面は波のように柔らかくトランポリンのように跳ねる性質へと変化する。

 足場を崩され上空へと投げ出されたフィリアは為すすべもなくバタフライからの蹴りを食らう。


 冷や汗をかき荒くなる息遣い。

 土と埃が混じり合う制服を今は気にする余裕はない。


「馬鹿な……こんなことがァ……!」


 身を持って体感した紛れもない事実にフィリアは苦虫を噛み潰したような形相でバタフライを睨む。

 散々熱狂していた周囲もようやく目の前で起きる出来事を現実だと理解を始め、居心地の悪い歪な静寂が場を包んだ。


「ど、どういうこと……?」


「嘘っ……フィリア様が負けてるッ!?」


「不正、不正に決まってるわよ! 入学式と同じくまた何か仕込んでんでしょ!」


「いやでもそんな仕草は……」


 未だに何かを仕組んでいると唱える生徒も存在するが、裏付ける証拠はなくただの言いがかりという事実だけがこの場には残る。 

 跪く事をせざるを得ないダメージを負いながら目の前の余りにも高すぎる障壁にフィリアの瞳には明確な動揺が走る。


 高らかに見下ろすバタフライは焚き附ける言動で更に自尊心を抉り取っていく。


「卑怯な事しか出来ない奴が一番嫌いでね。大切なワタシの生徒傷つけといてこれで済むと思うなよ。五流が」  

 

 鼓膜に響く雑音が屈辱感を掻き立て見下ろすバタフライへと激情を露わにする。

 だが誇張しているとはいえ、自身が馬鹿にされる劣等的立場だと言うことを痛感するフィリアは顔を激しく歪ませた。


「ふざけるな……ふざけるなァッ!」


 まだ何か勝機はある、奇跡が起きる。

 何処かでこいつには勝てるはず、こんな天才を名乗るクソ人間に負けてはならない。

 そう信じ続け、後先など考えない無作為な魔法が辺りを破壊し続ける。


 だがねだっている奇跡など神が慈悲を与えることはなく自分の首を絞めるだけ。

 魔力消費が激しくなる度に動きも鈍り始め段々とバタフライの重い一撃一撃をもろに食らうことが増加する。

 

 王国騎士すらも凌駕するフィジカルは魔法なしでも相手を今際へと追い詰めるのは十分であった。

 遂には地べたへと顔をつけることとなり、二人の間に存在する戦力差をより裏付ける結果となってしまう。


 牢乎たる現実が檻のように逃げ場をなくし選択肢を遮断していく。 


(負ける……? いや……確実に負ける) 


 ようやくフィリアは真実を噛み締めた。

 この勝負の行方は既に決していると。

 バタフライは慈悲のない怒りが垣間見える笑顔で敗者を見下ろす。


 絶望でも、怒りでも、悲しみでもない。

 不思議と冷静な達観した諦めの心情がフィリアを包み込む。

 同時に内に秘めていながらも認めようとしなかった感情が込み上げていく。


「……分かってたわよ」


 突然の消え入るような弱々しいフィリアの告白にバタフライは疑問の表情を浮かべた。

 

「入学式で貴方を見た時から……何処かで違うとは思っていた。あの魔法、私のような凡人には到底出来ないような領域の芸当だって。あんな早い修復魔法……見たことない」


 満身創痍の身体を持ち上げ光のない虚ろで陰鬱な瞳が姿を見せる。


「私に優れた天性の才能なんてない、プライド社の令嬢なんて肩書きは私そのものじゃない……才なき私には何もない。だから私はこの学園に来た。努力してフィリアとして生きたいために。努力で自分が自分でいれる世界なんだと信じて。なのに……なのに……貴方はなんだと言うのッ!?」


 良い人生だったと振り返られない過去がフィリアの秘めた激情を爆発させる。 


 皆が羨むような社長令嬢という肩書きは彼女からすれば苦痛以外の何者でもない。

 その大きな親の存在と才能のなさが自分自身の存在意義を蝕み肯定感を削っていく。


「私は努力したわよッ! 『魔法技術科』で常に自分が持てる最大の力を発揮できるために全力で! なのに……何で貴方はそれを簡単に超えてしまうの……だから天才とか異端とかの人種は嫌いなのよッ! 私の……努力は何だって言うのよ、私みたいな凡人はどうすればいいのよッ!」


 親を振り払う程の優れた才能もない、だからこそ努力への執着は増幅し天才への嫉妬心は加速していく。

 語られる言葉の節々にフィリアの天才に対する嫌悪感への理由が現れていた。


「ふ〜ん……だからそんな天才嫌い。八つ当たりのつもりか?」


 抱く怒りは理不尽と言われても仕方ない程に自分勝手であるが紛れもない本心にバタフライは彼女を鋭く睨み不敵に笑った。


「なら見せてみろよ、自分自身を」


「はっ……?」


 同時的に構えを行うと挑発的な言葉を口にし「かかってこい」と指先を上げる。


「その激情、全力で魔法にぶつけてみろ。妬み抱くくらいなら超えてやるって天才のワタシをブン殴ってこいよ努力家ッ!」


 心火を燃やすには十分な煽りがフィリアの感情をもう一度動かす。

 余りにも真っ直ぐで穢れを知らないような赤き瞳孔は天才への挑戦意欲を爆発させるきっかけとなった。


「うるさい……いいわよやってやるわよ、このクソ天才がァァァァァァァァァッ!!」


 熱を帯びた魂の咆哮。

 口元に溜まった血を吐き捨てると今持てる全身全霊の魔力を完全に開放する。


 勝ち負けではない、バタフライの言葉に呼応するように自分自身を証明すべく数多の魔法陣を空中へと出現させた。


「羅炎弾・激、雷牙弾・轟ッ!」


 厖大の火球と雷球がフィリアの左右へと浮遊し手を合わせると同時に眩い光を放ちながら融合されていく。

 美しく絡み合う上級魔法の双璧は周囲に烈風を引き起こす。


「固定魔法の融合技……!」


 コスモは誰よりも早くフィリアが起こした技の高度さを理解する。

 異なる固定魔法を原子レベルで共鳴させることにより生み出す優れた応用技術。


 王国騎士だろうと習得している人物は少ないという事実を考慮すると彼女の技術は紛れもない一級品であった。

 

「伊達に『魔法技術科』で努力してないのよダボが……食らいやがれェェェッ!」


 指揮者のように鮮やかな手振りに呼応し業火と雷撃を纏ったエネルギーは真正面から凄まじい速度でバタフライへと放たれる。

 ハッタリでも奇襲でもない全力からなる渾身の一撃はプレッシャーを醸し出す。


 地面を抉りながら襲い掛かる魔法に対応すべくバタフライは再度アブソーブ・インパクトを出現させ吸収に入ろうとする。


(質量が……少し重い)


 重ね技による威力は想定を超えており吸収しきれない程の重い感触が右腕の神経を伝っていく。

 魔法陣には段々とヒビが入り始め、バタフライ自身も後退りを始める。


 その一撃には魂が込められているかと錯覚させる熱を帯びる熾烈さがあった。

 徐々に徐々に押されていき、劣勢へと立たされ始めていく。

 

「……何だ、熱いもんあるじゃん」


 しかしバタフライの表情は高鳴りと悦楽に満たされている笑顔だった。

 心血を注ぐぶつかり合いに彼女の胸懐は有頂天へと達する。


「いいよ、やろうか魂の削り合いッ!」


 空いている左手へと新たな魔法陣を生み出すとエネルギーの集合体は極彩色に輝きながら膨大化を始めてていく。

  

「小手先の作用はない、この魔法は……質量を集結させた純粋なエネルギー弾だ」


 混沌したフォルムながら実情は純粋な質量の力だけを使うシンプルな創造魔法。

 

「創造魔法……リボルヴ・ユニバース」


 旋回する宇宙と名付けられた一撃はバタフライの意志のままにフィリアが生み出した雷炎の球体へと解き放たれる。

 

 純粋な魔力の勝負。

 互いに譲れぬ意志は真正面から激突し、音速以上の速さで伝わる強烈な圧力変化の波が辺りの地面を破壊していく。


 理性的ではいられない状況に生徒達はただその結末を固唾を呑んで見守り、心臓の鼓動を加速させる。

 コスモも勝ちたいという制約なき純情のせめぎ合いに呼吸することすらも忘れる程に華麗なる死闘に目を奪われた。

 

 刻々と迫る決着の瞬間。

 終わりなき戦いは存在せず必ず明確な勝者と敗者が生まれる。  

 世界が定めた自然の摂理はこの場においても例外ではない。


 エネルギー同士の正面衝突は眩い閃光を生み周囲を包み込む。

 瞳を開くのすら至難な煌めきは段々と収まりを始め決着の光景を明らかにする。


「ッ!」


 目の前に映し出された結末に生徒達は驚愕の表情を見せ無意識に立ち上がっていく。 

 地面へと大の字で倒れ込むフィリアとその場に力強く立ち続けるバタフライ。


 子供だろうと分かる明確な構図がこの戦いの勝敗を物語っている。

 少しばかりの息切れをしながら右手を天高く突き上げバタフライは勝利を宣言した。

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