第22話 チャレンジャー
「倒した……圧倒的に」
決着後の反応は歓声でも非難でもなく困惑からなるざわめき。
千錯万綜の空気の中、コスモの口からは紛れもない事実が無意識的に吐かれる。
初めから薄々予想していた結末とはいえバタフライという存在の恐ろしさを改めて痛感する戦いに畏怖に似た情を抱く。
誰しもが言葉を詰まらせる状況下。
制服に付着した埃を払い落とすとバタフライはフィリアの元へと歩を進める。
「大丈夫? 努力家」
息はあるものの疲労困憊の状態に置かれているフィリアへと手を差し出した。
笑みを見せるバタフライの姿を目視すると舌打ちと共に華奢な手を雑に払い除ける。
口元や手元から零れる血液を拭き取りながらフィリアは憎まれ口を叩く。
「何……私を晒し者にでもする気? 好きにやりなさいよ」
「いや、ワタシは君に愛を感じた。ワタシは熱いモノがある人間は敵であろうと好きだ、だからこうやって手を差し伸べた、それだけのこと」
決戦前の血の気が引くような一触即発の空気はなく、死闘を繰り広げていたとは思えない歪ながら平穏な雰囲気が二人を包む。
「愛……馬鹿にでもしてんの? 私は完膚なきに負けた、所詮は二流にも届かなかった取り巻き作って現実逃避していただけの下らない凡人」
覇気を感じさせない声色でフィリアは虚無感に満たされた心を吐露していく。
全力を出し切って敗北したからこそ、負け惜しみできる選択はなかった。
「貴方達への無礼は謝る……ごめんなさい、認めたくなかったのよ、努力を簡単に超えられる天才なんて……私の全てが意味のないものだと言われているようで、でも正面から噛み付くのは怖くて貴方の相方を標的にした」
乱れた髪を直すことなく子犬のように弱った口調で無礼に対する謝罪の意を示す。
「分かってるわよこれが嫉妬だって一方的で下らない怒りだって。でも辛いのよッ! 努力は必ず報われるって言葉が嘘だと認めなきゃいけないのはッ!」
猫を被っていない本音を話しているとは誰から見ても明らかだった。
完全な敗北したからこそ、その言魂には説得力が植え付けられていく。
彼女の言葉に半数を超える生徒は自分自身を照らし合わせたかのように顔を背ける。
学園に蔓延する異端への異常な嫌悪感の原因がフィリアの言葉に込められていた。
上昇気質の強いエリートが多いこの機関ではその憎悪の感情は増していく。
ましてや、こんな外見も口調も行動も全てエキセントリックとなれば尚更。
「嫉妬してるのよ貴方にッ! 私だけじゃないこの学園の大半の人間がッ! 貴方は破壊者よ、プライドをズタズタに引き裂いていく無自覚の破壊者……簡単に天才を持ち上げられるほど私達は無気力じゃいられないの! さぁ笑いなさいよ……この醜悪な生き物を」
半ば諦めも含まれた激情を全て漏らしたフィリアは肩で息をしながら燃え尽きたように項垂れる。
天才への嫉妬からなる凡人の悲痛な叫びは陰鬱な雰囲気を生み出し逃げ出したくなる息苦しさが場を濁す。
自身の善意から無意識に悪意を至る所へとばら撒く結果を生んでいた事実。
自責の念に駆られてもおかしくないと思う全方位からの嫉妬の眼差しだが
「なら、超えてみろよ凡人」
バタフライは変わらない。
慰めることも同情することもなく一番の憎たらしい笑顔でフィリアを見下ろした。
「はっ……?」
「君の苦しみなんて分からないし君がどうほざこうが知ったことではない。だからワタシが言えるのはただ一つ、超えてみろ」
「超えるって……無理に決まってんでしょ私をコケにでもしてるのッ!?」
「ちげぇよバ〜カ」
同じ視線の高さになるまでしゃがむと力強さしかない瞳がフィリアを捉える。
激情的でありながら心がないような空虚感の矛盾を秘めた形相は相手の息を詰まらす。
「最強は誰かに打ち破られる為に存在している。君の努力で絶対的な壁をブチ壊してこいよ、未来に絶対なんてない。ワタシはいつでも歓迎する」
シワのない艷やかなオデコを強く突くと再び立ち上がり高らかな弾力のある宣告が響き渡った。
「フィリア・プライド! これは挑戦状だ、努力の化身を名乗るのならこの天才を、この最強を全力でぶっ潰してみろよッ!」
向上、悦楽、熱狂。
この世の興奮という興奮を混ぜ合わせる程の力がその言葉にはあった。
言霊が宿っているかのように絶望が支配していた空間には形容し難い心地よい何かが一方的に吹き荒れていく。
誰しもが根底の精神を掴みかかれたような感触に陥っていた。
諦めに近い感情を抱いていたフィリアもまた命を揺さぶられる。
「……何なのよ貴方、偉そうにベラベラと。これだから天才は嫌いなのよ、そうやって子供のように純粋なことを平気で言うからッ! それが本当にムカつくッ!」
悪態をつきながらフィリアは傷ついた身体を持ち上げバタフライを激しく睨む。
だがそこには憎悪や嫉妬とはまた違うモノが存在することをバタフライは認識する。
「いいわよ……やってやるわよ、いつかは天才の貴方を踏みにじってやる、私と同じ思いを抱く者が正しいってことを」
「フ、フィリア様!」
「お待ち下さいッ!」
闘争心に溢れた言葉を吐きながら去っていくフィリアを追い掛ける取り巻き達。
戦いの終焉に生徒も感情の整理がつかぬままに散り散りになっていく。
「来いよ、努力に囚われた最高の捻くれ者」
新たな火種の誕生にバタフライは内なる心を高ぶらせる。
首を回す仕草を見せこの決闘の発端となったコスモへと視線を向けた。
立ち去る生徒とは真逆にコスモは観客席を軽々飛び越えるとバタフライへと近付く。
彼女から迸る熱に塗れた感情は肌を伝い息も詰まる威圧感を醸し出していた。
「どうコスモちゃん、スカッとしたかな!」
してやったりのドヤ顔を浮かべ最強とは思えないピースサインを披露する。
当のコスモはフィリアが敗北したという事に対しての爽快感は抱けていない。
「……私なんかの為に戦ってくれたことは感謝する。でも……彼女も苦悩していた、私と似たように。それが何処かやるせない」
確かに最初はクズ女と評価を下していたが彼女の自分にも似た内情を聞いて手放しには喜べなくなっていた。
同じく努力側の存在である自分自身を無意識に照らし合わせてしまう。
自らが蹂躙されているような気分に陥り憂鬱感のようなものが内心に広がる。
「しかしあの娘は前を向いた。希望を持てるのも絶望するのも人の専売特許だ、変われるのが人間の強みだよ、どんなクズでも」
「……何処までお人好しなのよアンタは。その場にいた全員の空気も変えてしまって」
「ワタシは厶ードメーカーだからね〜それに学園長ちゃんもこういう働きをしてほしかったんだと思うな」
「えっ?」
バタフライの視線の先には観客席から二人を見下ろし微笑するリーラの姿があった。
「リーラ学園長……!?」
慌ててコスモは服装を整えるものの、満足気な表情を浮かべると長身な身体を動かしその場を風のように去っていく。
「前に聞いただろう? ワタシ達にこの世界を変えてほしいって。それってこういう歪な空気もなんじゃない? この戦いも学園長ちゃんが強引に進めたって話。それが裏付け」
甘いというより最早心酔のレベルにまで達しているリーラのバタフライへの待遇にコスモは畏怖にも似た情を抱く。
拒絶の空気は未だに根深く渦巻いている中でも徐々に世界へ変化を齎していく彼女には変革者としての確かな素質があった。
「なら変えてやるさ、この世界全てをね。ワタシを信じる人の為に、ワタシ自身の為に」
(こいつ……一体何処まで行くつもりなの、本気で変えようとしている世界を……やはりこの存在を認め続けるのは危険が)
より説得力を増す歯を見せた笑顔。
何百年もの歴史が作り出した秩序をたった一人の人間が変えてしまう明確な予兆にコスモは改めて自身の考えを正当化する。
残酷なほどに規格外な彼女の存在はこの世界にはいてはならない、そう保守的な思考が脳内に巡っていく。
「ところでさ、コスモちゃん」
相変わらずの馬鹿なほどに前向きな光がバタフライに差し込み希望の風が吹きそうになったその寸前。
「いつまで嘘ついてんの?」
絞め上げる程の殺気にも似たモノを抱く瞳がコスモの思考を読んでいたかのように鋭く睨み緊迫の空気が流れ込んだ。
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