第9話 傷だらけの天使
「おい、その眼帯の中見せてみろよ!」
「気持ち悪い右目」
「近寄るなよ化け物!」
降り注ぐ言葉の刃物。
無慈悲な声は銀髪の少女を蝕んでいく。
「止めろ……止めろ」
必死の抵抗。
だが四方八方から浴びせられる罵詈雑言は止まることを知らない。
幼い少女を見る周りの目は冷酷であり、軽蔑を示す表情をしている。
「隻眼の癖に出しゃばりやがって」
「劣等は大人しく劣等でいろよ」
「使えない奴」
「王国騎士になるなんて最初から無理な話だったんだよ!」
耳を塞いでも鼓膜を抉り、精神を壊す声魂は脳裏に焼き付き離れない。
ズタズタと心を一方的に切り裂かれ、理性と自尊心は闇の中へと消えていく。
「止めろォォォォォォォォォッ!」
遂に耐えきれなくなった少女は蹲り、誰にも届かぬ悲痛な叫びを木霊させた__。
「ハッ……!?」
零れ落ちる冷や汗。
差し込む朝日と小鳥のさえずり。
派手に乱れたベットの毛布。
石造りの冷たい壁。
「夢……か」
悪夢から目を覚まし飛び起きたコスモは下着姿の自分を見てようやく現実に戻ったことを自覚する。
「寝つけ悪っ」
王国騎士団から提供された学園付近に位置する鉄骨造のアパートの一室。
最低限の家具だけ置かれた無機質な部屋でコスモは立ち上がると悪夢を洗い流すかのようにシャワールームで自身を浄化する。
全てを洗い終えると彼女は機能を失った右目を鏡越しに見つめた。
普段は眼帯で隠している極彩色に彩られた美しくも残酷な瞳。
そんな自身の状態に顔を歪ませるとコスモは眼帯を装着し制服へと着替える。
「初授業……ね」
視線に入るプログラムの用紙。
今日の日付の欄には第一回授業と端正な文字フォントで記載されていた。
半ば夢見心地だったコスモだが授業という言葉を目にして自分が学生の身であることを改めて自覚する。
「はぁ……何でこんな事に」
任務だと言う事は分かっている。
成功すれば場合によればまた王国騎士に戻れるかもしれない、いや戻る。
だが自身が望む物とはかけ離れた今の姿にため息をつかなくてはやってられなかった。
ベレー帽を被りながら扉を開くと雲一つない太陽が彼女を照らす。
「あ、あれよ、『魔法創造科』の」
「入学式で天井突き破った? うわ〜野蛮すぎない? あり得ないっしょ」
「でも魔法は凄かったじゃん?」
「どうせ細工でもして不正してたんでしょ、この世界でゼロから魔法を創造なんて誰だろうと無理だって!」
「ホント学園長は何考えてんだが……」
ステラ学園敷地内。
近代的な建築物と自然が両立する大通路で全方向から視線を向けられる。
要因はもちろん『魔法創造科』。
バタフライ・オリジナルが入学式で繰り出したあの創造魔法と言われる技が本当なのか、何か不正でもしているのではないか。
天才が披露した一芸を周囲の者はそう易々と受け止め称賛を口にすることはない。
各地から上がる否定と疑惑の声にコスモは顔を歪める。
何故自分がまたこんな見世物のような醜い視線を浴びなきゃならないのか。
そんな心情を悟られまいと気丈に振る舞うと背筋を伸ばし歩き始めた時だった。
ドグッ__。
「いっ!?」
鈍い音と共に背中に伝わる衝撃。
二つの硬い何かがコスモに襲い掛かり思わず彼女は体勢を崩す。
「グッモニーング! コスモちゃん」
何事かと反射的に振り返ると太陽に照らされたバタフライが見下ろしながら微笑みを向けていた。
派手に改造された制服を身に纏い、右手を挙げながら軽い挨拶の言葉を口に出す。
「バ、バタフライ!?」
「いやぁ今の挨拶どう? 眠気完全に目覚めたっしょ」
「覚めるわけないでしょ!? 朝っぱらから何してくれんのよこの暴力女ッ!」
孤独的だったコスモには瞬く間に騒々しい雰囲気に包まれ、早朝からの激しい口喧嘩に周りの者は距離を取る。
「アッハハッ! ごめんごめん、でも気色の悪い空気になってからさ」
「えっ?」
「語らなくても分かるよ、周りからの目を気にしてたって雰囲気。当たってる?」
「そ、そんな訳」
不意に図星を突かれたコスモは言葉を詰まらせる。
顔を歪ませた瞬間を逃さずバタフライは上目遣いで蒼い瞳を捉えた。
「異端であることを恐れるな」
春風が吹く中、一拍おいて彼女は言い聞かせるように詞を放つ。
憎たらしくも不敵である歯を見せたドヤ顔を華麗に披露する。
「人とは違う誰かを嫌悪する視線なんて全て嫉妬さ。気にすることなんてない」
「それって誰の名言?」
「ワタシの名言だ」
そう言うとバタフライはコスモの腕を逃さぬよう掴む。
「さっ、行くよ『魔法創造科』へね!」
「えっちょ!?」
小柄な身体からは想像できない力にコスモは為す術もなく引っ張られる。
爽快に走り出したバタフライは大勢の生徒が向かう場所とは違う箇所へと一目散に駆け抜けていた。
「待って、何処行くのよ!? 教室とかは東エリアにあって!」
「コスモちゃん、まさか『魔法創造科』が周りと同じ場所にあるとでも思ったのかい?」
「はっ?」
「ワタシ達の学び舎はここさ!」
彼女が指を差した方向。
その先にあったのは南エリアに位置する年季を感じさせる古びた旧校舎であった。
「えっ……えっここ!?」
「急遽出来た学科だからね〜場所を確保できなかったから取り敢えずはここが拠点となったって学園長からの説明だ」
廃墟と罵るほどに陳腐ではない。
だが国内最大のエリート学園という体で考えれば見劣りするのは亮然だった。
内部はある程度の清掃や設備は揃っているものの、最低限の状態にコスモは悪い意味で唖然とする。
「これじゃ膿みたいな扱いじゃない……新設の予定は?」
「不明」
「不明って……目処も立ってないの?」
「校内では反対意見が多数らしいからね〜実績詰んで分からせない限りはこのままかな。でも秘密基地っぽくてこれはこれで良くないかい?」
悲惨な現状を気にもとめずバタフライは旧校舎の端にある教室を豪快に開く。
古びてはいるが日差しが差し込み幻想的な光景が視界に広がる。
教壇へと飛び乗ると同時に仁王立ちをする彼女には風が吹き込んだ。
「改めてようこそ『魔法創造科』へ! 君とワタシの青春と世界の創造はここから始まる。さぁ好きな席に座りな。初授業と入ろう」
「授業って……教師が見当たらないけど」
「教師はワタシだ」
「へぇそう……はっ?」
「聞こえなかった? 教師はワタシだ。細かく言えば生徒兼教師という訳だ」
「はぁッ!?」
ワンテンポ遅れて発言の意図を理解したコスモの瞳は驚愕に満たされていた。
「アンタが教師!?」
「いやだってワタシ以外にまともに教えられる存在いないし。つまり現時点で魔法創造はワタシだけの専売特許ってやつだ。その技術を教えるんだから感謝したまえよ?」
腹が立つ笑顔を浮かべるバタフライに苛立ちを覚えるコスモだが、自身でどうにも出来ない状況に歯を軋る。
「腹立つ……まぁいいわ、アンタが教師だってのは妥協で受け入れる。でも一体何をするというの? 授業計画は? 内容は?」
「そんな貪欲に詰め寄らないでくれ。まぁいいさ、そこまで知りたいなら早速教えてあげようワタシが描く授業を!」
コスモは固唾を飲んで次にバタフライから発せられる言葉を見守る。
癪に障る彼女だが革命的な創造技術は本物であり、その天才が考える授業。
任務もあるが純粋に魔法創造という原理に対して興味を湧かせていた。
一体何をするというのか……その探究心がコスモの思考を動かす。
「ワタシの、魔法創造科の初授業はッ!」
謎の緊張感が漂う中、ピッと天に指を立てるとバタフライは高らかに宣言する。
「外に出て猫探しをします」
「……えっ?」
「猫探しをします」
「えっね、ねこ、ね、えっ……猫……?」
言っていることが理解できず言葉が吃り思考は雪のように真っ白となる。
「ワタシ流は課外授業さ、最初は依頼された猫探しを行いまぁぁぁす!」
「ハァァァァァァァァッ!?」
蒼き空が世界を覆う中、少女の絶叫は透き通るほどに響き渡った。
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