第4話 バタフライ・オリジナル

「バタフライ……オリジナル」


 聞き慣れない独特の名前にコスモは思わず彼女の名前を繰り返す。 


「君は?」


「えっ?」


「君のネー厶を聞いているんだ、聞いておいて自分は言わないのはナッシングだよ?」


「私は……コスモ・レベリティ」


「コスモか、いい名前だね。ではワタシ達の出会いを祝福して聖なる握手を!」


 差し出された手をじっと見つめる。

 警戒心は未だ解かれていない。

 それもそのはず、いきなり許可なく抱きついてくる奇人を信用は出来ない。


(イカれてんのか……こんな奴が本当に名門ステラ学園の生徒なの?)


 情緒がまるで読めないテンションとウザったい言動にコスモは内心頭を抱える。

 容姿的に生徒ではあるのは確実だがどうもあのステラ学園の一人とは思えなかった。


 見たことのない魔法、奇抜な格好、ネジが外れたような享楽的な言動。

 問いただすべき要素は山ほどある。


「というより、さっきのは一体何なの……短剣をぬいぐるみにする魔法なんて聞いたことがない」


「そりゃ〜聞かなくて当然だよ、だってワタシがなんだから」


「創造した魔法……!?」


 突飛な発言にコスモは再び驚愕する。


「ば、馬鹿な……魔法式は数百年前から固定化されている、その状況で新たな魔法を創造するのは至難の業なはずッ!」


 世界では既に魔法の形式が完成され固定化されており、新たな魔法式を生み出すのは限りなく不可能に近いと言われている。


 魔法を創ることが出来るなど前代未聞。

 本当なら歴史に残る世紀の天才である。

 

 そう理解が追いつかないコスモを他所にバタフライは謙遜することなく誇らしげに胸を張った。


「残念〜ワタシは天才なんだ。今の常識は通用しない。それよりも敵、まだいる?」


 突如本題へと戻ったバタフライの言葉に動揺するもコスモは直ぐに劣勢的な状況を解説していく。


「あ、あぁ……まだ車両には十五人ほどの襲撃者が。恐らく一車両に三人ずつ」


 コスモの疑問を知る由もなくバタフライは前方車両に繋がる扉を見つめる。

 笑顔で屈伸を始めると彼女は「よしっ」と呟き頬を叩いた。

 

「じゃ、いっちょブッ飛ばしますか」

 

「はっ? ちょっと待ちなさいッ!?」


 勢い任せに突っ込む素振りを見せるバタフライの手を掴み咄嗟に制止する。

 

「何考えてるの!? 列車内には多数の人質がいるのに無闇に突っ込んだら無実の人間が殺されるわよ!?」


「大丈夫大丈夫! 問題ナッシングだ」


「何が問題ないのよ!? 人質を死なせたら何もかもおしまいなのよッ! ここは着実に敵を誘き出しながら」


「じれったい作戦は嫌いだな、それならここに転移したほうが手っ取り早いってもんじゃない?」


「はぁっ……?」


「まっ見てなよ、ワタシを信用しろ」


 言ってる事が理解できないコスモの手を振りほどきバタフライは首を回す。

 不敵に笑うや否や、バタフライは再び純白の魔法陣を無数に出現させる。


 フリスビーのように投擲していき、車内の至る所に張り巡らされていく。


「イノセント・エスケープ」


 詠唱した刹那、魔法陣からは次々と人影が現れ車内へと投げ出されていく。

 そこには何が起こったか分からない顔を浮かべた他車両にいたと思われるの乗客達の姿が確かにあった。


「なっ!?」


 突然現れた人質であったはずの客の数々にコスモは目をかっぴらく。

 啞然とするしかない彼女を見て、バタフライは自慢気なドヤ顔を見せる。


「対象の存在だけを転移させるイノセント・エスケープ。これもワタシの創造魔法だ」   


 転移を可能にするという未知の領域。

 魔力消費を抑える為に端的に設定された固定魔法の詠唱とは正反対を行く長文詠唱もあって異質さがより醸し出されてゆく。


「こんな……ことが」


「さ〜てさて、人質がここに集まったってことは〜手加減無用のレッツゴーパーティィィィィィィィィィィィィ!!」


「ちょ待て!?」


 狂乱的な絶叫をするとバタフライは迷うことなく前方の扉を蹴破った。

 蝶が舞うように優雅に、そして猛獣の如く荒々しく、バタフライは敵地へと足を踏み入れていく。


 重力を捨てたような動き。

 限られた範囲の車内を機敏に躍動していき犯罪者を次々と無力化していく。

 常軌を逸した哄笑が響き渡り、まるで舞踏会でもしているかのような光景。


 目で追うことさえ困難なスピードで襲撃者達を薙ぎ倒し先頭車両へと辿り着く。

 

「ひぃぃぃいいい!! こ、こっちに来るなァァァアアアッ!!!!」


「おっと、逃げんなよ青二才ッ!」


 腰を抜かし逃げようとする最後の一人へと派手に跳躍し、蹴撃を顔面へと叩き込む。

 痛々しく鼻の骨が折れる音が響き、鮮血をぶち撒けながら壁へと叩きつけられた。


 暴走気味のバタフライを必死に追いかけていたコスモは目の前で起きた惨劇にただただ呆然するばかり。


(マジかよ……!?)


 素手で武器を持つ大男達を蹂躙する王国騎士顔負けの卓越した身体能力。

 圧倒的と称してもいい強さを目の当たりにして、もはやコスモは何も言えなかった。


 たった数十秒の出来事。

 エキセントリックな性格と得体のしれないセンスにコスモは強者の匂いを感じる。

 興奮と畏怖が混じったような感情が鮮明に脳内を支配していく。 


「ハッハハ! これにて一件落着かな!」


 倒れている犯罪者達を見渡しバタフライは満足そうな表情を浮かべると彼女は大きく手を叩いた。


 首を鳴らすと席へと豪快に座り、傲慢にケラケラと笑い始める。

 バタフライが言う通り、事態はハッピーエンドで終局した勝利厶ードが漂っていた。


(……おかしい)


 だがコスモは違和感を覚える。

 矛先は『黒の閃光』ではなく自身が乗車しているこの高級列車に向けてのこと。

 怪訝な顔を浮かべるコスモを視認してバタフライは疑問の声を上げる。


「おいおいどうしたんだいコスモちゃん、ワタシの活躍に嫉妬でもしてしまったのかい? ウハハハハハッ!」


「……止まらない」


「あっ?」


「さっきから止まってない、この列車……加速し続けてるッ!」


 王国騎士として国内の地理やシステムは全て脳内にインプットされているコスモ。

 無論、高級列車の速度状態やブレーキの回数なども理解している。


(ここから数百メートル先には急カーブ……減速しなければ脱線するのに何故止まらない!?)


 だからこそ、加速を続ける列車に対して即座に違和感を抱くことが出来た。

 同時に有り得てはならない異変に只ならぬ悪寒が背筋を伝い恐怖が心を侵食する。


「まさか運転席ッ!」


「おい、何処行くんだい?」


 バタフライの声も耳に入らずコスモは足早に運転席の扉へと到着する。

 ノックをしても返事がない、仕方なく蹴りで扉を蹴破ると愕然とする光景が広がった。


「なっ……!?」


 派手に破壊されている制御装置。

 何かで殴られ倒れ伏している運転手。

 息はあるが気絶していることを示すかのように身体はピクリとも動かない。


 壮絶的な光景にコスモは何かを察した表情で酷く顔が青ざめた。

  

「お〜お〜凄いことになってんね。良い子の皆には見せれないやつか! アッハハッ!」


 後を追ってきたバタフライは運転席に広がる光景にまるで緊張感のない声を上げる。

 彼女の態度にふざけてると判断したコスモは怒り、胸ぐらを掴むと壁へと押し付けた。


「ふざけたこと言ってんじゃないわよッ! 今がどういう状況か分かってるのかッ!?」

 

「おいおい、そんなにヒートアップしないでくれよ、冷静になりたまえ」


 狼にも似たコスモの気迫にも動じずバタフライは態度を崩さない。

 寧ろ舐めたような笑顔を浮かべコスモのおでこを軽く突いた。


「ブチギレた所でなんか変わる? 何で君がそんなにキレてんのか教えてみなよ、バタフライちゃん。状況説明は必須だろう?」


「……ごめんなさい、取り乱した」


 彼女の言葉に八つ当たりは無意味だと気付きコスモはゆっくりと掴んでいた腕を離す。

 今にも動転しそうな心を抑えるべく髪を搔き揚げると汗を拭きながら口を開く。


「この列車は蒸気機械で動いていて停止操作は全てここにある制御装置が行ってる……つまりはブレーキをするための機械よ」


「ふむふむ、それでこの列車は加速をしたまま制御装置を派手に破壊されたと。あれ? つまりは?」


「このままじゃ……この列車は数百メートル先にあるカーブで脱線するってことよッ!」


 端的ながらもとんでもない状況であることを激情的な声でコスモは伝える。

 その熱意にようやく察したのかバタフライは驚きの声を響かせた。


「マジ!? えっこの列車クラッシュ!?」


「そうよバカ! このまま胴体着陸すれば……列車内だけじゃない、付近にも想像がつかない被害が及ぶッ!!」


 薄っすらと映り始める長い長い直線の先にあるカーブエリア。

 商業施設が並んでおり人も多く脱線すれば大惨事になることは目に見える。


「証拠隠滅か……きっと軍資金調達後、この列車にいる乗客を全員殺して生き証人を全滅させる。脱線寸前で『黒の閃光』は脱出でもして生き延びるつもりだったのよッ!」


「隠滅のために列車をクラッシュか、ずいぶんとワイルドなことを」


「この社会のゴミクズ集団が……! このままじゃ……ぐっ!?」


 何とかしようと思考を巡ろうとしたその時、大きな衝撃が列車内に走った。

 同時に爆発のような破裂音が轟き、事態の異常さは否が応でも伝わる。


 咄嗟に窓ガラスを破壊しコスモは音が鳴った方向へと身を乗り出す。


「不味い車輪がッ!」


 上昇し続ける速度に耐えきれず激しく火花が散り始める車輪の数々。

 列車自体も脱線を始めており一部の外装が激しく空中へと吹き飛ぶ。


 確実に車両にも限界が迫っており、徐々に立っていられない程に傾き始めていく。


(クソッタレ……このままこの列車と心中なんて真っ平御免よッ!)


 列車が崩壊を始め、衝撃が激しくなる中、コスモは必死に思案する。

 だが小説のようにそう都合よく起死回生の考えが彼女の思考に閃くことはなかった。


(制御装置を直す技術はない……機械を修復できる魔法も存在しない)


 高級列車を修復出来るほどの専門的な知識は流石に有していない。

 この状況下を誰も死なせず打開できる都合のいい魔法式も存在しない。


 どうにかしようにも出来ない無力な歯痒さにコスモは項垂れる。


(誰も救えず……私はお陀仏?)


 散々屈辱を味わい、不本意に始まってしまった第二の人生。

 それすらも奪われようとする最悪のシナリオによる死はジワジワと迫っていた。


(ふざけんな選択肢はないのかッ!)


 王国騎士だった癖に何も救えず打開できない悔しさと無力感。

 どうしようもない運命にコスモは地面を強く叩きつけた。


 折られゆくプライドが彼女を蝕み壊し始めていく、その瞬間だった。

 

「なに勝手に諦めてんの?」


 絶望に染まる彼女の視界に映ったのはバタフライの姿だった。

 彼女は何故か余裕そうな表情を浮かべ紫色の髪を軽く搔き上げる。


「まだ終わってねぇじゃん、生きてんだし。生きてりゃ何も終わっちゃいないよ」


「何を言って……もうどうすることも出来ないのよッ! 完全に詰んでる! 奇跡でも起きない限りこの状況はッ!!」


「なら起こせばいい、奇跡を」


「はっ……?」


「魔法は希望のために、創造は夢のために」


 不敵に笑うとバタフライは傾く列車の窓枠に足をかけ前方を真っ直ぐに見つめた。

 呆気に取られるコスモを無視してバタフライは純白の魔法陣を両手に出現させる。


 光悦的な表情を浮かれ首を鳴らすと、バタフライは頼もしい笑みを見せた。


「絶対に止めてやるよ」

 

 直後、魔法陣は分裂を始め、数えられなくなるほどの数になるとバタフライは列車全体へと魔法陣を投擲していく。


 シールのように崩壊が止まらない列車へと張り付いていき、あっという間に全体を覆い尽くした。


「ソフト・アンド・パーティッ!」


 詠唱を唄いながら地面を激しく叩きつけた瞬間、魔法陣からは風船のような柔らかい球体が膨らみ始める。


 瞬く間に暴走する列車を包み込んでいき外の景色が見れない程に球体は膨張していく。


「止まれェェェェェッ!!!」


 木霊するバタフライの咆哮。

 激情的な叫びは絶望に支配されていた空気を瞬く間に振り払う。


 呼応するようにカーブが目の前へと迫る列車は球体の摩擦により急激に減速していく。   

 一秒一秒が死と生の狭間の緊張感を囃し立て運命は徐々に迫りくる。


 鉄同士が擦れる甲高い悲鳴のような音。

 異変に気付いた者達の死を逃れようとする慌てふためく阿鼻叫喚の数々。


 止まれ……誰しもがそれだけを願い、胸中にて神に祈りを捧げ始める。

 享楽的な蝶が導こうとする希望が報われるか否かは純粋なる現実が答えを提示した。


 ガグォン__。

 壁を僅かに破壊した轟音が響き渡り、先頭車両は少しばかり鉄道橋から身を乗り出す。

 誰もいない地面へと破片が落下するも列車はその後、暴走することはなかった。


 激しく車体が揺れながらついには完全に速度が消え、曲がる寸前で列車は停止する。

 ゆっくりと球体は萎んでいき、何事もなかったかのように消滅した。


「と……止まった……?」


 派手に尻もちをつきながら何が起きたか理解できず目を丸くするコスモ。


 呆然としながら呟いたその言葉はまさにその通りの意味だ。

 暴走する列車を止めてしまった、どうすることも出来ないこの絶望の中で。


 困惑する彼女にバタフライは清々しくピースサインを向けてニヤリと笑みを浮かべた。


「なっ? 起きたっしょ奇跡」


 あり得ないという形相を見せるコスモ。


 暫くは思考がショートしていたが徐々に理性が動き始める。

 信じられないと思いながらもコスモは客の安否を確認すべく後方へと駆けていく。


 ドアを勢いよく開けるとそこには何が起きたか理解しかねる乗客達がいた。

 特に怪我もなく無事に生きていることにコスモは安堵し奇跡が起きたことを実感する。


「ハハッ! 今度こそハッピーエンドだ」


 後からやってきたバタフライは助かった光景を見て高らかに笑った。

 ゆっくりとコスモへと振り返ると自愛に溢れた笑顔を浮かべ言葉を紡ぐ。


「どうだい? これこそ魔法創造だ。最高にイカれた楽しいことだろ?」


 興奮気味に語るバタフライに圧倒されながらコスモの脳内には考察が走る。


「貴方まさか……『魔法創造科』?」


「そうさ、ってそういう君も……もしかしてワタシと同じ仲間かな?」


 恐る恐る首肯するバタフライは満面の笑みを見せる。

 無邪気で子供っぽい年相応の姿はコスモの記憶へと深く焼き付いた。


「そうか! 君は同級生という訳かコスモちゃん! ようこそ『魔法創造科』へ。君との青春にワタシは胸を高鳴らせているッ!」


 同時に自分はとてつもなくぶっ飛んだ任務を与えられたのだと理解する。


(これが……こいつが『魔法創造科』……私が調査をすべき対象)

 

 朝日が美しく照らす中、身をもって嫌というほどに実感させられてしまう。

 啞然とするコスモの心情を気にも止めずバタフライはマイペースに口を開いた。


「まっフィニッシュというわけで。後処理は国家のお役人に任せちゃえばいいか」


 誰しもが先程の衝撃の余韻に浸る中、怖いほどに切り替えが早いバタフライは何事もなかったかのように腕時計を見つめ焦る。


「って、ヤバっ入学式もうすぐじゃん!? おいおいファーストタイムから遅刻するとか不良債権と思われちまうよ!」


 有無を言わさずにコスモの腕を強く掴み止まった列車の上に引きずり出した。


「えっ?」


「行くよッ! 君も遅刻したくないだろ?」


「い、一体何を!?」


「何を? 飛ぶのさ、メルバリック・スカイ・ドライヴ」


 コスモの言葉を待たずしてバタフライは詠唱と共に数メートルの魔法陣を出現させる。

 現れたのは巨大な真紅の毛を靡かせる不死鳥のような生物だった。


 鋭い嘴と羽、そして大きく広がった翼を持つ生き物に思わず息を飲む。

 

「何なのこの鳥ッ!? ま、まさかこれもアンタの魔法だっていうの!?」


「ザッツライト、移動専門にワタシが創造した新種の鳥類出現魔法さ! さぁ乗れ!」


 言われるまま半ば強引に押し寄せられコスモは鳥の背中に乗せられる。

 追随するように華麗にバタフライも乗り込むと同時に大きく空へと飛び立った。


「速いからね、舌噛むなよッ!」


「ちょ待ってまだ心の準備が!?」


「新たな青春の始まりだ! レッツゴースカイドラァァァイブ!!」


 刹那、大きな音を立てて猛スピードで鳥は空中を滑空し始める。

 あまりの出来事に目を見開きながら必死にしがみつくコスモ。

 

 風を切りながらどんどん空中を加速していく鳥に何事かと周りは二人に注目した。


「ウハハハハハッ! いいねぇ楽しいねぇコスモちゃん!!!」


「イヤァァァァァァァァァ!?」


 華麗な姿とは裏腹に少女達の絶叫と悲鳴が高らかに響き渡った。

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