第5話 青春の始まりは破壊と共に

 ステラ学園。

 正式名称、ステラ高等魔法学園。


 フィラードの中心地にあるその歴史は二百年にも及ぶ伝統的な魔法専門の養成学校。

 生徒数は千人を超え、目も眩むほどの倍率を乗り越えた者だけが入学できる実力主義のエリート校である。

 

 入学した暁には将来の安泰が約束されると噂される程であり、国内外を問わず優秀な魔法使いの卵達が集結している。

 そして今日、マスコミも押しかける中、華麗な制服に身を包んだ乙女達が春の匂いを鼻孔に味わいながら入学式を迎えていた。


「選ばれし少女達よ、ようこそステラ学園へ。私達教員一同は君達の門出を心から祝いたい」


 ステンドグラスが目立つ壮麗かつ広大なステラ学園のメインホール。

 学園長であるリーラ・エスケルは壇上から新入生達へと祝の言葉を述べていた。


 白い短髪が目立ち優雅に装飾された黒いスーツに身を包んだ姿。

 年齢を感じさせないクールな雰囲気に少女達は目を輝かせる。

 

「見てリーラ学園長よ!」


「凄い……やっぱり雰囲気が違う」


「流石はステラ学園の頂点にいる存在!」


 ヒソヒソとした囁き声で至る所から黄色い声援が湧く。

 甲高い彼女達の声を聞きつつもリーラはダウナーな声で言葉を紡いでいく。


「この学園は周知の通り、伝統と由緒を重んじる学びの場である。各々の学業に専念しながら周りと絆を深め有意義な学園生活を送って欲しい」

 

 エリート校に相応しい毎年恒例のテンプレなお硬い祝福の言葉を述べていく。

 だが今回ばかりはいつもとは違う新たな内容がある。

 

 今年度から何十年ぶりに新設された学科である『魔法創造科』の存在だ。

 

「我が学園は伝統を重んじる。だが私は時に新たな風を吹かせることも重要だと考えている。そこである者から進言され今年度から新設されたのが『魔法創造科』だ」


 例の単語がマイク越しに響き渡った瞬間、良くも悪くも周りが騒々しくなる。

 公表時から至る所で波紋の意見が生まれている『魔法創造科』の存在。


 周りからは伝統ある学園に新学科は不要という意見も多い。

 またリーラ学園長のほぼ独断で決まった事も災いとして騒ぎは必要以上に大きくなり新入生達の耳にも入っていた。


 固定化された魔法が平和の根源であり、絶対的な秩序とされる価値観において疑念が蔓延するのは至極当然である。

 それがたとえ由緒と伝統ある魔法学園の長に君臨する者だとしても。

 

「出たよ今話題の『魔法創造科』」


「リーラ学園長の独断のせいで学園内も色々大変なことになってるって噂が……」


「実際どうなの? 新学科なんている?」


「『魔法創造科』なんてふざけた学科、別にいらないんじゃない? しかしそこに入学する生徒は気の毒ね、悪い意味で」


「そもそも論……魔法式が完成したこの世界で新たな魔法を作れる奴なんていないって」


 否定的な意見が各所から上がっていく。

 異様な空気感が場を支配する中、リーラは平然とした様子で話を続ける。


「周りの意見は勿論周知している。伝統を壊すなという言葉は何度も貰った。だが私は既存の枠にとらわれない自由な発想こそが停滞している魔法の未来を担っていくのだと」


 毅然とした態度で周囲の意見へと反論のような言葉を述べていくリーラ。

 重く息苦しい逃げ出したいほどの雰囲気が支配を始めている、その刹那だった。

 

「確かに今は平穏の世であろう。だがそれは同時に魔法の発展を停滞していることを表している。だからこそ私は『魔法創造科』を推し進めて……ん?」 


 理性的に言葉を発し続けていたリーラは突然言葉が吃り、天井へと目をやる。

 異変を感じ取った新入生達やマスコミなども無機質な天井へと一斉に視線を向けた。


 何事かと周囲がざわつく中、飛翔のような轟音と二つの少女の声が響き渡っていく。


「ちょ速すぎだっつぅの!? 早くブレーキしなさいよッ!?」


「ニャハハハハハッ! 随分とチキンだな、このまま突っ込むよ!」


「はぁぁ!? 馬鹿かよお前ェェッ!」


「イッケェェェェェ!」


 薄っすらだが何やら喧嘩をしているようなやり取りに辺りは困惑に満たされる。

 次の瞬間、天井を派手に突き破り鳥の形をした巨大な生物が急降下した。


「きゃああああっ!?」


「うわぁぁぁぁ!?」


「何ぃ!?」


 まるで隕石のように降り注ぐそれを見て会場はパニックに陥る。

 天井からは瓦礫が降り注ぎ、危機を察知した付近の新入生達は即座に逃げ惑う。


 誰しもが突然過ぎる襲来に目を丸くし、あんぐりと口を開けるしかない。

 破壊された部分から朝日が差し込む状況で巨大な鳥の背には二人の少女が乗っている。


 一人はベレー帽と右に装着された眼帯が目立つ制服を律儀に着こなした銀髪の美少女。

 もう一人はサングラスと派手に着崩した制服やジャンバーが目立つ美少女。


 二人はそそくさと降りると周りの目も気にせず見るに耐えない口喧嘩を始めた。


「何してんだこのアホカス! 天井突き破って入学式にくる馬鹿が何処にいるッ!?」


「アホカスだと!? ワタシのアメイジングな登場をそんな言い方するかね!」


「アメイジングじゃなくてクレイジーなのよ! 死ぬかと思ったじゃないッ!」


「死が近いほど生を感じれるというだろ? 寧ろ感謝して欲しいくらいだね」


「何によ!? 誰が感謝するかァァァ!」


 ギャーギャーと喧しく口論を続ける二人。

 理解不能な様子をただ呆然と見つめるしかない新入生やマスコミの数々。

 生徒の中に何人もいる大財閥の令嬢だって品のない表情を浮かべていた。


 だがリーラだけは何かを知っているかのような表情で頭を抱え、溜息をつくとマイクを手に取り彼女達の名前を呼ぶ。


「騒々しいぞ、コスモ・レベリティ君。バタフライ・オリジナル君」


 彼女の言葉にコスモとバタフライは口喧嘩を止め同時にリーラの方へと顔を向ける。

 学園長である彼女の顔を見た途端、バタフライは勢いよく指を差す。


「あっ学園長ちゃん、やぁやぁどうもハロー元気にしてるかな?」


「「「「「「はぁぁぁっ!?」」」」」」


 余りにもフランク過ぎる口調に全員がバタフライに啞然の目を向けた。

 コスモも例外ではなく青ざめた表情でバタフライの肩をブンブンと強く揺する。


「この馬鹿ッ! 学園長に対してなんて言い方してんの常識を知らねぇのか!?」


「おぉおぉ〜真面目だね〜王国騎士出身はお硬いって、ちょ止め、揺すりすぎ!?」


 全く悪びれる様子のないバタフライに辺りからは段々と批判の声が上がっていく。


「なっ、なんなのあの娘!?」


「学園長に対して何たる無礼なッ!!」


「信じられない……この伝統ある学園にあんな奴がいるなんて!」  


「ヤ、ヤバくない?」


「流石にあの態度は……」


 特に新入生達から享楽的な少女への非難の声があちこち響く中、リーラはマイクを通して静かに言葉を紡いだ。


「私は構わない。生徒の形は多種多様。一人一人に個性があっていいと私は思うが?」


 威厳あるその言葉に声を荒らげていた者達は一斉に萎縮し静寂が場を包み込んでいく。

 誰もが沈黙したことを確認するとリーラはバタフライ達へ指を差し口を開く。


「丁度いい、紹介には持って来いのタイミングだ。諸君、彼女達こそが新たな未来の伝道師となる『魔法創造科』の生徒だ」


「「「「はいッ!?」」」」


 破天荒な彼女こそが現在、最も学園を賑わせている『魔法創造科』の生徒であると発表され周りは驚愕の声を震わせた。


「アレが『魔法創造科』の生徒!?」


「嘘でしょ……この学園にこんなイカれた奴がいていいわけ!?」


「あ、あんなヤバい人が」


「『魔法創造科』って……こんななの?」


 まるで珍しい生物を見たような視線を浴びるがバタフライは人差し指を立てると嫌な空気を吹き飛ばすように豪快に話し始めた。


「フッ……そう、ワタシが異端であり最強である『魔法創造科』のバタフライだ、全員この美少女の登場にひれ伏すがいいさッ!」


 ネジが外れたハイテンションな自己紹介に一同は唖然とする。

 自信に溢れる彼女の様子を見てリーラは微笑を見せると再びマイクを手にした。


「見事な心意気だ。ならば挨拶代わりに君には一つ芸を見せてもらおうか」


 リーラはバタフライ達が盛大に破壊した天井を指差す。


「その天井を完璧に修復してみたまえ。君自身の創造に溢れた魔法でね」


「えっマジ? 面倒臭いんだけど」


「そう言うな、自分で犯したことは自らで片を付けるのが道理だとは思わないか? それに周りにも自らの個性を見せれるだろう?」


「フムフム……確かにそうかも! ナイスアイデアだね学園長ちゃん」


 リーラの提案にバタフライはニヤリと口元を緩ませると大きく深呼吸をする。

 右手を空に掲げると魔法陣が出現し、詠唱を呟き始めた。


「リバース・リペア」


 次の瞬間、天井には眩い光が灯され辺りに散乱していた瓦礫は逆再生のように元の場所へと戻っていく。


 僅か数秒で完全に再生していく光景に新入生達は息を飲み込んだ。


「なっ!?」


「そんな一瞬で!?」


「高度な修復魔法でさえ二分は時間がかかるはずなのに!?」


 現存する修復魔法を有に超えた技術の魔法に心慌意乱の声が飛び交う。

 信じられない、あり得ない、彼女達の表情筋がその言葉を暗示していた。


 手をパンパンと叩くとバタフライは癪に障るようなドヤ顔を見せる。

 辺りが度肝を抜かれる状況に満足した笑みを浮かべるリーラは周囲へと言葉を紡ぐ。


「これで分かったと思う、『魔法創造科』の必要性というものを。彼女達は停滞した魔法技術を向上させる逸材である。何か意見を言いたいものはいるか?」


 質問に異を唱える者はいない。 

 場に広がるエキセントリックな空気感に誰も反論する理性などなかったのだ。


 リーラはゆっくりと手を上げると新入生達の方へ顔を向ける。


「では最後に一言、我が校に入学おめでとう、若き探究者達よ。これからの学園生活に幸あれ。バタフライ君達はこの後、学園長室に来るように」


 こうして波乱に満ちた雰囲気を残しながら入学式は終わりを告げる。 

 辺りの怪訝な目線を気にせず満足そうな笑みでバタフライはコスモに笑みを向けた。


「いやはや楽しみだねコスモちゃん! これから青春が始まると言うんだからさ!」


「頭が痛い……悪夢なら覚めて」


 対照的に任務とはいえ、先が思いやられる状況にコスモは頭を掻きむしる。


 カオスな空間とは裏腹に外では新たな学園生活を謳歌しようとする乙女達を祝福するように花吹雪が吹き荒れていた。




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