第6話 凹凸な魔女達

 数十分後、コスモはバタフライを引き連れリーラの言葉通り学園長室へ訪れる。

 彼女は内心畏怖の念を抱いていたがバタフライは恐れ知らずな態度を変えない。


「クッソ……何でこんなことに、初日から悪目立ちしてしまったじゃないッ!」


「悪目立ちとはナンセンスな、脚光を浴びたと言って欲しいものだね」


「何が脚光だ……頭がトチ狂ったイカれ異端児みたいに思われてるわよ絶対にッ! 名指しで学園長にも呼ばれたしさァ!」


「人生自分らしく楽しんだもの勝ちさ。オーケー?」


 コスモの言葉にも動じずポジディブな言葉を添えながら指を差すバタフライ。

 何を言っても無作為に跳ね返される状況にコスモは深くため息をついた。


「チッ……はぁ……もういい、行くわよ」

 

 深呼吸で狂瀾怒濤な出来事を忘れるとバタフライは緊張した手付きで扉をノックする。

 中からは「入って来い」という言葉が小さく伝わり恐る恐るコスモは扉を開く。


「よく来たね、バタフライ君、コスモ君。まぁ座りたまえ」


 部屋の中には大きな机の上に山積みの書類の束が置かれた状態で座っているリーラの姿があった。


「やっほ〜学園長ちゃん! さっきぶり!」


「言葉を慎めカスッ!!」


「いだぁ!? ちょ、ゲンコツすんなよ!」


 無礼講過ぎる態度を見せるバタフライに思わず拳骨を入れコスモは深々と頭を下げる。

 

「申し訳ありません、この世間知らずな大バカには私がきつく言い聞かせておきますのでどうか御容赦を」


「気にするな。先程の素晴らしい魔法を見れば無礼講は目を瞑ろう。それよりも席に座ったらどうだ?」


 椅子に腰掛けるように促されると二人はリーラの前に対面する形で席に着く。

 和やかな厶ードではあるがコスモは内心かなりの警戒心を抱いていた。


(この人物が……反対意見を無視してまで『魔法創造科』を認可した人物。調査の対象には該当するか。何故こんなことを?)


 国家からの指名で『魔法創造科』の調査を命じられているコスモはリーラへと興味と疑念が混じった目線を静かに向ける。


 表面上は真面目な学園の生徒を演じながらも裏では任務を遂行する為の思考を巡らせていた。

 

 リーラ・エスケル。

 元政府上院議員の一人であり、政党との対立から議員辞職しステラ学園の長に就任したとされる人物。

 政界の場から離脱したとはいえ、太いパイプは健在であり政府関連の王国騎士団に長らく在籍していたコスモは畏怖の感情を抱く。


 信用しきれない彼女の様子を察してかリーラは小さく鼻を鳴らす。


「そんなに睨んでしまうほどに緊張しなくたもいい。別に私はこの場所で君達を非難したり退学を命じる訳ではないのだから」


「で……あるなら何故私達をここに招集したのですか?」


「なぁに別に蒼白するような話じゃない。後に回すのも面倒だしこの場で『魔法創造科』について改めて説明しようと思ってね」


 リーラは大きな紙の束を二人に差し出す。

 紙には魔法に関する様々な研究資料がびっしりと書き込まれていた。


 バタフライが退屈そうにあくびをする中、コスモは提示された紙を凝視する。


「これは……?」


「ここ三百年の魔法における研究成果を簡潔に纏めた資料だ。見れば分かると思うが……我が国での魔法研究は停滞している」


 リーラは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると溜息をつく。


「数百年も前に作られた魔法式を未だにこの世界は正式に使用し、枠内で魔法の研究を行っている。故に成果は雀の涙に等しい」


 バッサリとリーラが切り捨てたように研究資料に記されている内容は余りにも薄く二番煎じのような物ばかりであった。

 数百年という膨大な期間の研究成果が一冊の小冊子程度に纏められる事が停滞という現実を物語っている。


(なっ……何なのこの薄い内容ばっかは)


 お世辞にも褒められない状況にコスモは思わず言葉を詰まらせた。

 王国騎士時代は特に気にしてはいなかった魔法停滞の現状を知りコスモは啞然とする。


 その結果、平穏の世なのだから問題はないと一蹴してもいいが流石にここまで停滞している事実は大丈夫と楽観的に笑えなかった。


「何年経とうとまるで発展しない現存する魔法の数々。昔から危機感を覚えていたが上の人間は「それで平和が保たれている」の一点張りでね。確かにそうだがこのままでは世界の魔法は衰退し未来に光を見出だせない」


 淡々と語るリーラの瞳は真剣そのもの。

 この世の未来を深刻的に案じる一人の女の姿があった。


「だからこそ私は現状を打破し、新たな未来を作るために『魔法創造科』の設立を決めたのだ。国内で最も影響あるステラ学園でね」


「つまり……新たな魔法を創造し停滞した魔法研究を活性化させろと?」


「端的に言えばそういうことだ。現時点で指定された魔法以外を行使する事を罪とする法令はないので問題はない。まっ最初に進言したのは私ではなくそこにいるだがな」


「えっ? えっこいつがッ!?」


 予期すらしてない角度からの発言にコスモは唖然とするしか出来ない。

 対してバタフライは自慢気に胸を貼ると苛つくドヤ顔をこれでもかと向けた。


「私には魔法創造の知識は有していないし最初は理解し難かった。だが次第に彼女にしかない技術にとても興味をそそらされてね」

 

「学園長の言う通りワタシの提案だよ。コスモちゃん興奮しないかな? ワタシ達が国の、いや世界の未来を切り開く魔法を生み出せるんだよ。こんなの最高に幸せだよね!」


 バタフライは歓喜に満ちた笑みを浮かべながらその場でピョンピョン飛び跳ね始める。

 だがコスモは有頂天になっている彼女とは裏腹に怪訝な思いを抱いた。


(長年培われてきた魔法の平和と常識を全部ブチ壊せと……逆に混乱が生まれる可能性もある。なるほど、政府が警戒する訳か)


 ハイリスク・ハイリターン。


 確かに停滞した魔法研究の活性化に繋がる可能性はある。

 しかし逆に既存の常識を破壊することで余計な混乱が生まれる可能性も否定出来ない。

 

 現実主義なコスモはバタフライのように希望的になれる訳がなかった。

 この学園生活任務の動機を察しつつ、リーラの意思への疑念を心の底に宿す。


「まぁ堅苦しい経緯の話はここまでにしよう。長くしても疲れるだけだ」


 そんな彼女の心を知ってか知らずかリーラは一方的に話題を切り替えていく。


「さて、話は変わるが君達は『魔法創造科』のシステムについて理解はしているか?」


「システム……ですか?」


「『魔法創造科』は他とは毛色が異なる特別な学科だ。故に他の生徒とは違い授業内容も特殊となる。その為、皆と同じカリキュラムで学べないことを念頭に置いておくようにと該当する生徒には通じていたはずだが」


(ヤバっ……要項をそんなに読んでなかった)


 そもそもこの学園生活の任務に乗り気ではなく蛇足の蛇足で挑んでいたコスモ。

 元王国騎士のプライドが邪魔をしており政府から支給されていた『魔法創造科』の要項を余り読破していなかった。


(他とは違うカリキュラム……まぁ別に大したことじゃないでしょうけど)


 適当に流し読み程度しか確認していないがそれでも問題はないだろうとコスモは高を括っていた。

 だがリーラの発言で彼女の余裕な表情は一気に奈落へと突き落とされる。


「知らなかったのなら今言っておこう。先程も言った通り『魔法創造科』は他学科とは全く違う授業。そして生徒は君達だ」


「……えっ?」


「聞こえなかったか? 『魔法創造科』の生徒は君達二人だけだ」


「……ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?!?」


 耳を切り裂くような絶叫が木霊する。

 コスモの思考は一瞬真っ白になり、一拍遅れてリーラの言葉を理解し驚愕した。


「だっ、えっ、二人って、はぁっ!?」


 思わず席から立ち上がり豊富であるはずの語彙力は壊滅的となってしまう。


「こ、こんなサイコ……バタフライと二人きりってどういうことですか!? 学科に二人しかいないなんて聞いたことがッ!」


 慌てふためくコスモを嗜めるとリーラは淡々と事実を述べ始めた。


「落ち着け、『魔法創造科』は一ヶ月前に新設が認められた学科。募集はしたものの未知数な学科に挑む勇敢な冒険者は君達以外に存在しなくてな」


「なっ……!?」


「まぁ初年度はそんなものだろう。寧ろいいじゃないか、二人だけである方がよりよい関係を築き『魔法創造科』を発展させられることが出来ると私は信じている」


 開いた口が全く塞がらない。


 二人だけという特殊な状況も相手が誠実で真面目ならコスモも容易く受け入れた。

 しかし実際は礼儀知らず、奇抜、頭のネジが外れたエキセントリックな存在。


 自分と一番相性が合わず直ぐにでも離れたく関わりを持ちたくない最悪の人物。

 驚愕の事実にコスモは呆然としているが対照的に無邪気にバタフライは嬉々していた。


「と、いう訳だね。よろしくコスモちゃん! 二人だけの新たな青春の始まりだ」


「そ、そんな……馬鹿なァ!?」


 真逆の反応を示す二人に微笑しながらリーラは淡々と場を収めようとする。


「まぁそういうことだ、より詳しいことはバタフライ君から聞いてくれ。君達の輝かしい未来を私は期待しているよ?」


 感情を激動させられながら場はお開きとなり二人は廊下へと追い出された。


「こいつと二人だけの学園生活……!?」 


 豪壮に装飾された校内。

 コスモは蹲るようにしゃがみ、絶望からか繊細な髪を乱雑に掻きむしった。

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