第7話 ザ・トゥモロー・ディストーション
「いい天気だ、小鳥は歌い太陽がワタシ達を祝福している。そう思わないかい?」
苦悩に満たされているコスモを他所に呑気なバタフライは軽やかなステップで舞う。
何処までも自分勝手な彼女の振る舞いが琴線に触れたコスモは激情的な形相を見せた。
「祝福……? ふざけんなッ! 貴方みたいなタイプは私が一番嫌いなの! そんな奴と二人だけなんて地獄の間違いよッ!」
「地獄!? 酷い言い草だな〜唯一の同級生なんだからもっと仲良く」
「しないわよッ! 大体私は……あっ」
全てを言い切ろうとした寸前、咄嗟に口元を抑え背後を振り向く。
首筋には透明な冷や汗が零れ落ち、自身が犯しかけた愚行に脈拍が上がる。
「ん? どったのコスモちゃん?」
(落ち着け……私の使命はこの学園で極秘に調査を遂行すること。こいつに全容を明かしてどうする、奇に飲み込まれるな)
彼女のペースに冷静さを崩され全てを明かしかけた自身に鞭を打つ。
神に祈るように天を見上げ深呼吸を行うと理性的な瞳でバタフライを見つめた。
「いや何でもない、まぁその……仲良くしましょう。未来のために」
「……うん! よろしく!」
恐る恐る差しだされた手をバタフライはワンテンポ遅れて力強く握り返す。
満足げに笑顔を浮かべ、セットされた髪を鮮やかにかき上げた。
「まぁそれはそうと今日は入学式しかないからこの後暇なんよね〜あっそうだ! ワタシの家に来る!?」
「はっ?」
「時間も空いてるしさ、親睦会ってことで仲良くパーティーでもしようよッ!」
「はぁッ!?」
バタフライからの突然過ぎる提案にコスモは開いた口が塞がらない。
「なっ、えっ、急に何なの!?」
「いや割りと普通の提案っしょ? これから共にする人間と仲良くなるのはさ」
こんな馬が合わん奴と親睦会? 冗談じゃない、何故そんな地獄に突き合わせられる?
そう嫌悪感を分かりやすく顔に見せゆっくりと後退るコスモ。
(いや待て、同級生同士で親睦を深める自体はごく自然なこと……心を殺せ、いくら苦手な奴とは言えど私は使命を果たすッ!)
嫌嫌とはいえ、政府から与えられた任務を完璧に遂行する。
また王国騎士に復帰したいというプライドが彼女の原動力となった。
「そ……そうね、やりましょう親睦会」
かなり引きつった笑顔でコスモは示された提案を肯定する。
「オーケーそうこなくっちゃ! あぁKには後で伝えりゃいいか。そうとなれば早速行こっか?」
上機嫌に跳ねるバタフライは慣れた作業で純白の魔法陣を生み出す。
「スカイ・アクロ」
細長い手で指を鳴らすと二人の間には巨大なサーフボードが出現する。
白を基調としたデザインの細部には装飾が施され背部にはモーターらしき物が付随されていた。
「ワタシが魔法創造した世界初の空を飛べるサーフボードだ、さっ乗るよ!」
「えっ乗る?」
「そりゃ乗るための代物だからね。折角なら気持ちよく空気を感じたいだろう」
「はっ? い、いやいや馬鹿!? 普通に校門から出て電車で帰ればいい話じゃ!」
「校門から出なきゃいけない決まりなんて存在しないだろう? 帰宅するのも楽しむってのが青春だと思うなッ!」
付近の窓を豪快に開くとバタフライはコスモの繊細な手を握り引き寄せる。
有無を言わさぬように肉付きある身体をお姫様のように丁寧に抱え込んだ。
「さっ空の旅第二弾だ」
「ちょ待っ!?」
辺りの空気を揺らし徐々に地面から浮遊を始めるサーフボード。
青白い光がモーターから放たれると突き破るほどの速度で空中へと飛翔した。
「またこれかよォォォォッ!?」
春先の風を全身に浴びせられ、強烈な風圧が素肌に襲い掛かる。
都市部の光景を見る余裕もない速度にコスモは絶叫するしかなかった。
「ウハハハハッ! 楽しい、今めっちゃ楽しいよ、君もそうだろコスモちゃん!」
余りにも独り善がりな彼女にコスモの恐怖に怯える姿は視界に入らない。
憎たらしい程に満面の笑みを見せながらバタフライはある目的地へとサーフボードを加速させ鮮やかに着地する。
「さぁさぁ着いたよコスモちゃん」
「は、吐きそう……って、えっ?」
フリラード都市部から少しばかり離れた自然が生い茂る郊外。
穏やかな周囲とは裏腹に彼女の瞳には風情ある屋敷が刻み込まれた。
木造で作られたデザイン。
一般的な邸宅ほどの大きさで所々に見える傷や薄暗さが年代を感じさせる。
「見惚れたかい? ここがワタシの住居さ」
手招きを行いながらバタフライは荘厳な扉を足蹴りで開く。
外装とは裏腹に内部は細部まで手入れされており清潔さを醸し出していた。
茫洋とした長廊下の目の先には一人の人影が二人を見つめる。
(メイド……?)
冷血さを醸し出す蒼く澄んだ瞳。
手入れされた純黒のショートヘアと長身のスタイルは相手に威圧感を与えていく。
「お帰りなさまいませ、バタフライ様」
ミニスカートのメイド服を着こなす存在は無言でバタフライ達へと迫る。
「紹介するよ、こいつはK、ワタシのメイドであってワタシの下僕」
全てを言い切る寸前。
自慢顔を浮かべていたバタフライの左頬には強烈な蹴りが叩き込まれる。
「ごべっ!?」
「ッ!?」
長い脚から放たれたKの一撃はバタフライを軽く壁へと派手に衝突させた。
目の前で起きた出来事にコスモは現実味を見い出せず唖然の声を発する。
「いってぇな!? 帰ってきた主人にむかって上段蹴りしてくるバカメイドが何処にいるというんだ!?」
「はぁっ? 散々大人しく過ごせと言いながら入学式で馬鹿騒ぎしたクソ女に言われたくはないのですが」
「えっ? いや……何でそれ知って」
「学園側から連絡をもらいました。ウチのバカが謎の鳥と共に天井を突き破った……と」
冷静沈着な口調、だがその形相は悪魔をも服従させる程に憤怒に塗れていた。
「あぁ……いや、まぁその、ほらそれはちゃんと直したし? いい存在感見せれたし? 結果的に万々歳的な!?」
「んな訳ねぇだろボケカスがァァァ!」
トドメとばかりにハイヒールからのドロップキックがバタフライへとめり込まれる。
「だぐぁッ!?」
「このアホ! 散々釘刺した癖に初日から面倒事を起こしやがって何考えてんだッ!」
「ちょごめんて!? 遅刻しない為の手段ってだけで! 暴力反対暴力反対!」
「だからと言って何で天井突き破る発想になるんですか! 扉から入るってのは幼稚園児でも分かることなんだよッ!」
敬語と罵声が歪に混ざりあった言動でKはバタフライをめった打ちのようにする。
淑女とは程遠いその姿にコスモは真っ白な思考をハッとさせ咄嗟に咎めに入った。
「ちょ、ちょっと落ち着いて!? 暴力は駄目です!」
視界にコスモが入った途端、Kは激情が支配していた表情が収まり脚撃を終える。
「失礼、お見苦しい所を」
着崩れた服を慣れた手付きで整えると長身を活かした優雅なお辞儀を繰り出す。
「お初にお目にかかります私の名はK、この屋敷の管理者及びそこにいるクソ女……バタフライ様の従者を務めるメイドでごさいます。コスモ・レベリティ様」
「ッ! 何で私の名を……?」
「貴殿は『魔法創造科』の生徒であり、現状として我が主人唯一の同級生に当たる存在。大変失礼ながら私自身興味を示しており独自に身分調査を行っておりました。簡易的ではありますが」
慣れた手付きで懐から手帳を取り出すとビッシリ文字で埋められたページを破り淡々と読み上げていく。
「コスモ・レベリティ。年齢は十六歳、施設出身でありながら王国騎士に選ばれる逸材であり三年間在籍。教育機関に通っていなかったものの学業のスキルは高く真面目で努力家な性格、幼い頃に事故が原因で右目の機能を失い現在は眼帯を装着している……こう言った所でしょうか」
簡易的という言葉では謙遜しすぎている程の緻密な詳細にコスモは関心を超えて体の中に異様な緊張が満ち溢れる。
同時に自身の政府から与えられた使命までも筒抜けなのではないかと警戒心を抱いた。
「ご不快になられたのなら申し訳ごさいません。ですがこれ以上の収集は難易度が高くそもそもする必要性がない。今後より深い模索は神に誓って致しませんのでご安心を」
そんな彼女の思考を知ってか知らずかKは怪訝な顔を浮かべるコスモを安心させるように言葉を添える。
「改めてようこそおいで下さいましたコスモ・レベリティ様、陳腐な出来の屋敷ではございますが心からお寛ぎ頂けると幸いです。では我が主人の部屋へとご案内致します」
Kに先導され辿り着いた場所は屋敷の角に位置する大部屋。
開かれた扉の向こうの景色に平民出身のコスモは開いた口が塞がらない。
立ち並ぶ一級品の家具達。
下品極まりないこの女が住んでいるとは思えないほど上品な情景が広がっていた。
目を奪われる中、何時の間にかKは姿を消しており異質な空間にコスモはバタフライと共に閉じ込められる。
「凄いだろう? 全部職人が手掛けたオーダーメイドの家具達さ! まぁ前に魔法創造失敗してブッ壊したからこれは二個目だけど」
畏怖しながらコスモは付近にあった四本脚の椅子へと着席する。
向かい合うようにバタフライも机を挟んで行儀悪く足を広げながら椅子に腰掛ける。
「ようこそワタシの屋敷へ。しかしKの収集癖にも困ったものだね〜まぁ安心しなよ、悪用は絶対にしないからさ」
「い、いや……それは別にいいけど」
「何? なんか物欲しそうな顔してるけど〜もしかして聞きたいことでもあるのかな? この天才最強無敵様にッ!」
鼻につく言動と共にニヤつくバタフライ。
一方、コスモは顔を歪ませながら理性と本能の狭間で思考回路をフル回転させた。
(直ぐにも逃げ出したいが……今はこいつの魂胆と経歴を探り調査をより完璧なものにするまたとない機会。これを成功させればまた王国騎士に戻れる可能性があるとデルズ騎士団長だって)
デルズの言葉を思い出し、コスモは一筋の希望を求めて口を開き始める。
「えぇ聞きたいことがある。貴方は一体何者なの? 何処から生まれて何処で育ちそんな力を得たというの?」
「……それは答えられないかな」
「はっ?」
「だってワタシ、記憶がないんだよ」
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