第11話 淡い死の匂い

「はっ……?」


 唖然、沈黙、混乱、困惑。

 このカオスを理解しきれない感情が思考に混ざり合いコスモは悪夢の中にいるのではないかと錯覚する。

 

「よし魔法完了! この魔法に名をつけるとすればゴロニャーゴだッ!」


「ちょ……ちょちょちょちょ!?」


 自分勝手に全てをやり終え満足気に言葉を紡ぐバタフライ。

 いても経ってもいられずコスモは彼女へと近付くと胸倉を豪快に掴んだ。


「何やってんだこのバカッ! 頭のネジが外れたのか!?」


「ちょおっぱい締まってるから!? 今のは微塵もふざけてなんかないよ!」


「何処がよッ!? 百人中百人がふざけてるって思うわよこのクソ猫女ッ!」


「チッチッチッ全く分かってないな〜コスモちゃんは、まぁ三分だけ待ってみなよ」


「はぁっ……?」


 奇行に近い謎ダンスに憤慨し興奮するコスモを嗜めるよう口に指を当てるバタフライ。

 誰しもが「悪質な茶化し」と思う歪な空気感の中、事態は丁度に動き出した。


「ご主人様!」


 一人のメイドが酷く慌てた表情で扉をこじ開けコルバの名を呼ぶ。 


「な、何だ!? ノックもしないで!」


「申し訳ありません、ですが門の外にいつの間にかこの子が」


 手元に抱えられた白い毛並みを揃え赤い首輪した美しい白猫。

 甘えさせたくなるような「ニャー」という鳴き声を響き渡らせる。

 

「キャ……キャルちゃんッ!」

 

 可憐な姿にコルバは一目にして目の前にいる猫が誰のものかと直感した。

 彼の手に抱えられると安心したようにキャルは穏やかそうな表情を見せる。


「間違いない、この子がキャルちゃんだ!」


 コルバの高らかな発言に従者達は大いなる歓声を上げる。

 歓喜の瞬間が場を包む中、バタフライは自慢げな顔でコスモへと視線を送った。


「ねっ? ふざけてなかったっしょ?」


「どっ……どうして……あんなヘンテコな歌で何で!?」


 絶妙に踊りたくない子供だろうと羞恥心を掻き立てそうな歌。

 あんなもので何故愛猫を主人の元へと向かわせる事が出来たのか彼女は理解に苦しむ。


「音響学だよ」


「音響学?」


「犬や猫、鳥などは皆、鳴き声を発する。その一つ一つには意味があり多少の声色の差で相手に意思を伝えている。それを利用しただけだよコスモちゃん」

 

「貴方……猫の声が分かるの」


「いや分からん、イメージで考えた」


「イメージ!?」


「猫はどんな声に反応して主人の元に帰りたくなるのか、それを自分なりにイメージして歌の形で魔法を創造した訳さ! 鳴き声を変えれば犬でも鳥でも適応出来る。あぁダンスはオマケね」


 想像力という理論性のない要素で猫の声を模倣したという彼女の言い分。

 だが実際に成功してしまった事実がバタフライを正当化させ、魔法創造という奇天烈ながら脅威的な存在感を見せつける。


「ありがとうバタフライ君! また君の力に助けられたよ。良ければ一部の資産を!」


「いいって金大切にしなよ、喜んでくれるだけでワタシの心は満たさせるのさ。あぁでも承認だけはお願いね?」


 懐から上質な紙が挟まれた用箋挟を取り出しサインを促す。

 二つ返事で了承するとコルバは自身の名義をツラツラと綴った。


「それは何? サイン?」


「承認書だよって、そうだコスモちゃんにはまだ言ってなかったね」


 紙に記載された長ったらしい上品な筆記体の文章をバタフライはトントンとつつく。


「魔法創造科の成績はね、テストだのレポートだので決まることじゃぁない! 政府から正式な認可が降りた創造魔法を各学期末までに3つ生み出すのが単位付与の条件だ」


「政府からの……認可」


「この世に有益かつ安全な魔法、それが認可される為の条件、この承認書は提示した創造魔法が人の役に立ったかを証明する書類さ、まぁクソ面倒なんだけどね〜こういう書類」


「まさか……課外授業でこんな依頼をこなすのは承認を得やすいという理由から?」


 嬉々とした表情でバタフライは大きく両手を広げ壮大に語る。


「魔法創造科の方針は人々の困った依頼をこなすことが主な授業さ。『魔法は希望のために、創造は夢のために』だよ?」


 その純粋な瞳から放たれた言葉にコスモは畏怖的なモノを抱く。

 馬鹿で滑稽で無秩序、だが従来の魔法を邪道ながらも超えていくその姿にただならぬ異質さを肌身で感じる。


 大勢の歓喜と僅かな困惑が極彩色のように混ざり合った空気、その時だった。


 ジリリリ__。


 解決ムードの場を切り裂くような着信音。

 机に置かれたモダンさを醸し出す電話が鳴り響き慌ててコルバは手に取る。

 

「もしもしどうした? はっ……何ッ!?」


 瞬間、彼の悲鳴に近い声に緊張が走る。

 歓声が上がっていた場は瞬く間に沈黙に包まれ不安げな密語が至る所から発せられる。 

 

「どうかしましたか?」


 元王国騎士故の差し迫った状況には慣れているコスモは慌てふためく彼を嗜めるように冷静に問いかけを行う。


「……サレハ」


「サレハ?」


「私の会社で働いている娘の名だ、運搬作業中の最中、突然スロニクル跡地から連絡がとれなくなったと私の部下からッ!」


「スロニクル跡地……って」


 その名を知っているコスモは顎に手を当てながら疑問符を浮かべる。

 懐疑的に顔を顰めた彼女を見てバタフライは能天気な声で問いかけた。

 

「どうしたんだい? なんか穏やかそうじゃないけどスロニクル跡地って?」


「二十年前、政府が新たな観光街として立ち上げた新興都市よ。財政的な理由で計画が頓挫し今は跡地となってるけど」


「へぇ〜それの何に疑問を?」


「スロニクル跡地にはモンスターは愚か、反政府組織も出現することはゼロに近い、そんな場所で何故……音信不通に」

 

 思考を凝らし、あらゆる考察を脳内で浮かび上がらせる中、バタフライは何の脈絡なく

 

「えっ?」


「つまり何かイレギュラーな事が起きたのは明白ってことだ。なら助けに行くよッ!」


「ちょ待て!? こういうのは色々と可能性を考えてから!」


「考えるのは着いてからだ。という訳でコルバちゃん、代わりにその承認書、政府に出しといてね! さっ行くよコスモちゃん! 案内したまえ」


「この馬鹿、待ちなさいって!?」


 有無を言わさない豪快さでバタフライは屋敷を後にし、駆け出す。

 嵐のように暴れ回る存在の後ろ姿にコスモはただ身を委ねるしかなかった。

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