第12話 ワイルド・トランスポート

「サレハ、こっちの荷物も積んどけ!」


「はーい!」


 フリラード郊外山奥。

 コルバの一人娘であるサレハは重量のある荷物を荷馬車へと積んでいた。

 額から零れ落ちる汗を拭きながら地を照らす太陽のような笑顔を見せる。


「ふぅ……やっぱ戸棚とかは腰に来るな」


 運搬会社ロライズ。

 多数の国との運搬業を行う企業であり、シェア率は国内トップを誇る。

 

 スタッフ達の業務通り、他国からの輸入品を運搬するべく荷馬車を走らせ現在は山奥で品の点検を行っている。

 その中の一人であるサレハは赤髪のポニーテールを靡かせ青空を見つめていた。


「サレハ、調子はどうだ?」


「ボチボチねユウト。やっぱりあんまり鍛えてない分、身体に来てるわ」


 話しかけてきたユウトという名のスタッフの声にサレハは笑顔で答える。

 運搬業故の鍛え抜かれた筋肉からは透明な汗が肉体を伝い黒い短髪を掻き上げる。


「休憩はしっかり取れよ、しかし今でも不思議に思えるよ。社長の娘である存在が俺達のような従業員と一緒に働いてるのはさ」


「社会勉強よ。お父さんの後を継ぐ経営者として現場で働く人達の気持ちや現状を知っておかなければならない。脛をかじって私腹を肥やすのは経営者の娘失格よ」


 社長の娘という恵まれた立場、だが働く者達の思いを知りたいとサレハは反対を押し切って進んで従業員になることを選択した。

 体格のアドバンテージを補う気力で彼女は他のスタッフに負けず劣らずの動きで躍動している。


「成人しててもお父さんからは色々と反対されたけどね。貴方の描く社長の娘のイメージと違ったかしら?」


「良い意味でな。お陰で俺達のような下っ端もやりがいを感じてるよ。さっそろそろ行こう。スロニクル跡地を抜ければ到着だ」

 

「了〜解」


 サレハ含むスタッフ達は荷物を手際よく積み終えると荷馬車を再度走らせた。

 春と夏の狭間のような生暖かい風が吹き込み髪を靡かせる。


 終着点が目の先にある状況にサレハ達は安堵の表情を浮かべた。 


「しかし俺達の職種だけに限らないが中々国内で技術改革が起きなくて大変だな。もう少し作業負担を軽減して欲しいが」


 日差しの暑さで蒸れる荷馬車内。

 首元にかけたタオルで頻繁に汗を拭い手網で馬を操りながら、ユウトは隣に乗車しているサレハへと声を掛ける。

 

「厳しい話ね、魔法が固定化されたこの世界じゃ難しいし私はこの日常が心地良いわ。でも変な噂もあるみたいよ」


「変な噂だと?」


「ステラ学園ってあるでしょ? あの魔法専門の養成学校。噂じゃあそこに『魔法創造科』なる学科が設置されたみたい。何でも新たな魔法を生み出す学科とか。お父さんもそこの生徒さんに何度かお世話になってるってメイドから一度聞いたわ」


「アッハハハッ! 何だよソレ。そいつが本当なら瞬間移動出来る魔法でも創造してもらいたいもんだ。社長も物好きな人だな」


 サレハの言葉をそこらのジョーク程度に受け取りユウトは豪快に笑う。

 荷馬車の群は幻想と退廃が混じり合ったスロニクル跡地へと踏み込んでいく。


「って……相変わらずここは不気味ね。観光都市跡地だっけ? モンスターでも出そう」


「ビビリ過ぎだろ、ここは反政府組織もモンスターも出ない安全地帯。俺達のような運搬業者からすれば天国のようなルートだ」


「そうなんだけど……なんか嫌な感じしてね。地の底に化け物が眠っていそうで」


 未完成の荒廃さを醸し出すビル群やレジャー施設の数々。

 コンクリートの隙間からは雑草が生え、一部の建築物は劣化により倒壊している。


 まるで世界が終わったかのような世紀末な光景に少しばかり恐怖に近い感情を抱く。

 鉄や埃の匂いが鼻腔を刺激する道を荷馬車は爽快に駆け抜け、サレハ達は終着点へと一途に目指す。


「ん……?」


 その最中であった。

 先頭を走る荷馬車は前触れなく停まりユウトも慌てて停車を行う。

 急激に停まったことにより載せている荷物は揺れ動きサレハもバランスを崩しかける。


「うぉっと……ちょ何で止まったの?」


「車輪でも外れたか? 少し見てくる」


 アクシデントかとユウトは先頭の荷馬車へと駆けていく。

 周りのスタッフも何事かと顔を出しており混乱を生んだ張本人である馬を停めた男性スタッフは怯えた顔を浮かべていた。


「どうした? 何かトラブルか?」


「い、いやそうじゃないんだが……うめき声みたいなのが聞こえて思わず」


「うめき声?」


 ふざけて言っていると思えない表情にユウトも警戒心を宿す。

 後から駆けつけたサレハもスタッフのただならぬ表情に異変を瞬時に察する。


 同時に彼女の耳朶にも悪寒を走らせる地の底からの声が轟く。

 

「何……これは」


 得体の知れない悲鳴のような金切り声。

 臓物が全て吐き出そうなほどの不快感が思考を襲い、鳥肌を立たせる。


 理性に潜む本能が命の危険を警告し、心臓の鼓動は加速していく。

 息をすることすらも忘れそうな程の緊迫した気配に思わず生唾を飲み込む。


「ユウト……嫌な予感がする。ここは一回戻って迂回ルートを」


 全てを言い切るその直前だった。

 

 衝撃__。

 視界の焦点が保てないほどの激しい揺らぎがサレハ達を襲う。

 惨憺たる轟音が反響し、目の先の地面は木っ端微塵に破壊された。


「ッ!?」


「な、何だ!?」


 地響きに立つことすらもままならず、ただ起こり続けるイレギュラーな現象の数々にただ恐怖することしか出来ない。

 破壊された地面からは徐々に尨大な異型のシルエットが現れる。


 歪なフォルム。

 気味の悪い白を基調とした球体のような図体からは逞しい四本の腕が生えている。

 一つ一つに巨大な剣が備えられ、胴体の内部からは眼球のようなモノが蠢めき天使のような白き翼が背後に舞う。


 上部には尊厳に溢れた王冠のような模様が浮遊しており、美しくこの歪な存在を彩っていた。


「な、何だよコイツは……!?」


「モンスターだと!?」


「に、逃げ……逃げねぇと……逃げ、に」


 失禁しても許される程の生理的嫌悪を与える見た目にスタッフ達は呂律が回らず大き過ぎる恐怖に飲み込まれる。


「あ……あぁ」


 逃げる、そう頭では理解している。

 だが身体は言うことを聞かずサレハは腰を抜かしその場へとへたり込む。

 この場でまともに気丈に振る舞える人物は誰一人として存在しなかった。


『キァァァァァァァッ!!』


 追い打ちを掛けるように鼓膜を刺激する悲鳴に近い鳴き声を目の前の存在は響かせる。

 ゆっくり、だが確かに化け物は剣を手にした腕を振り上げていく。


 蹂躙。

 自らよりも遥かにか弱い下等生物を踏みにじるかの如く、化け物は眼球を動かし嘲笑うようにサレハ達を見下した。


「やだ……嫌だ、死にたくない」


 生への執着心が言葉に現れ涙声でサレハは無意味な懇願をか弱く口にする。

 だが非情な現実はそれで覆ることはなく化け物の腕は振り下ろされた。


 剣は風を真っ二つに切断しながら人間の血肉を付着させようと襲い掛かる。


 予兆なんてものはない、死の宣告は前触れなく突然現れる。

 例えどれだけ真っ当だろうと、どれだけ誠実かつ聖人だろうと、理不尽にも死は平等に如何なる場合でも生を蝕む。


(神様……!)


 周りは断末魔の如く迫りくる処刑の剣に叫び散らす中、彼女は神に祈った。

 無意味なのは分かっている、絶望からの現実逃避だということは理解している。


 だが一筋の奇跡だけを求めてサレハは僅かな時間で祈りを続ける。

 どうかまだ私に生きる資格をお与えください、そう思いを懇願しながら。


 その淡い願いは、奇跡を呼び起こす。


「アイアン・フィスト」


「えっ?」


 幻聴にしてははっきりし過ぎる声。

 神様にしては余りにも若々し過ぎる声色が耳に入り、サレハはゆっくりと目を開く。


 次の瞬間、目の前のモンスターは巨大な鉄の拳によって

 空中に突如出現した拳はモンスターの胴体を抉り付近のビル群へと叩きつけた。


 強烈な突風が吹き荒れ、サレハの髪を激しく靡かせる。


「な……何?」


 地面にへたり込みながら唖然とするしかない状況。

 声のした方角へ恐る恐る見上げたその場所には二つの少女の影が存在した。


 一つは繊細な銀髪を揺らし、ベレー帽を被る後ろ姿でさえも美しい少女。

 もう一つは紫のサイドテールを揺らし、享楽的な格好をした美少女。


「いやぁ危なかった危なかった、即断即決っていうのはやはり大切だね」


 サイドテールの少女は危機感のない呑気な口調で言葉を紡いでいく。

 逆光に照らされながらゆっくりとサレハの元へと振り返ると赤い瞳を輝かせる。


「大丈夫かい? コルバのお嬢さん、ヒーローが助けに参りましたよ」


「誰……?」


 サレハの投げ掛けた純粋な疑問に享楽の天才少女は尊厳に溢れた答えを返す。


「バタフライ・オリジナル。自分勝手に誰かを救う天才の名だ。覚えておきなッ!」


 蝶の名を有する天才は絶望を打ち払うべく希望に溢れた莞爾を降り注いだ。

 


 



 

 


 

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