第13話 ビギニング・フューチャー

「さて今際の際で間に合った、ほら言っただろコスモちゃん? 考えるよりも前に動くのは得策だってさッ!」


「そんな……ここにモンスターだなんて数十年の過去のデータには一度も!?」


「過去なんて所詮はただの記録だ。奇跡しか起きない未来を予測することは出来ない。これワタシの名言」


「うっ……ざ」


 唖然とするサレハ達を他所に尊厳に満たされた表情を見せるバタフライにコスモは煩わしそうに顔を顰めた。


 緊迫した状況に相応しくない真正面で繰り広げられる凹凸な二人の掛け合い。

 若々しくエネルギッシュな勢いに押されそうになる思考を立て直し、サレハは純粋な心情を口にする。


「だ、誰? 貴方達は何なの……!?」


 彼女の言葉に呼応し、ユウト含む周りの者達も徐々に少女達への疑念を心中に宿す。

 美しくも対照的過ぎる外見、見たこともないエキセントリックな魔法。

 

 得体のしれないその雰囲気が助けてくれた安心感よりも恐怖心を掻き立てた。

 

 向けられる複数の視線に気付いたバタフライは怯える心を奮い立たせるような傲然ながらも頼もしい面差しを披露する。


「やぁ光輝く働き者の皆さん、色々疑問を抱きたい気持ちは分かるけど今は命だ。命よりも大切なものはない」


 自分のペースで事を進めるとバタフライは巨大な魔法陣を付近へと投擲し、黒紫のリングが現れる。


「ワン・サイド・ゲート」


 指を軽やかに鳴らすとリングの先にはサレハ達が見慣れた光景が映る。

 フリラード国内の歓楽街、昼という時間ながら騒がしいその姿にスタッフ達の心には無意識に安堵の感情が宿った。

  

「使い捨ての瞬間移動魔法だ。これを潜れば君達は安全な場所に逃げれる、ここは私達に任せたまえ」


「なっ……貴方は一体」


「『魔法創造科』の創始者であり手がつけられない程の天才だよ。さっ行きなッ!」


 バタフライの勢いに押され、サレハ達は隊列を大きく崩した荷馬車達を必死に走らせリングを潜り抜けていく。 

 最後の一人が脱出した直後、リングは瞬時に空間へと消滅した。


「さてさて……救出完了ってことで」


 振り返ったその先では自らが殴り飛ばした存在が瓦礫を吹き飛ばしゆっくりとその姿を顕とする。


『キリァァァァッ!』


 白く歪な巨体を動かし奇声のように相手の心を抉る鳴き声が轟く。

 胴体に潜む瞳は殺意にも似た形相で二人を睨み剣先を向けた。


「あのモンスター……まさかサクリファイス!? 何でこの場所にいるのッ!?」

 

「サクリファイス?」


「王国騎士団が選定した特別指定警戒モンスター……子供の語彙力で言うとするなら危険な奴ってことよッ!」


 サクリファイスと名付けられたモンスターは二人に目掛けて加速すると大剣を振るう。

 抉るように地面を破壊し迫りくる攻撃を見切り、身体を転がし回避を行う。 


「氷槍・乱ッ!」


 振り向きざまに蒼色に発光する数多の魔法陣を生み出すと氷霧を纏った槍を一斉に射出する。

 巨体に見合わぬ機敏な動きでサクリファイスはコスモが放った魔法を大剣を使い力技で嬲るように相殺していく。


「極炎弾・激ッ!」


 炎属性における固定魔法の上級に位置する炎を一直線に発射する魔法。

 慣れた手順で放たれた業火は自らの障壁となる存在へと強襲を仕掛ける。

 

 だが、渾身と自負してもいい一撃は見るも無惨に打ち砕かれた。


『キリァァァァァァァッ!』


 大剣を交差させ真正面から炎を受け止めるとサクリファイスはカウンターの容量で受け流しコスモへと弾き返す。

 

「グッ……!?」


 考えるよりも早く動いた身体が直撃を避けるべく身体を捻らせるも左腕へと光熱が掠め鮮血を吹き出させる。

 体勢を整えるものの、制服を汚していく赤黒い鮮血にコスモは顔を歪めた。

 

(やはり……分が悪いか)


 コスモはふと過去の記憶を穿り返す。

 王国騎士として存在した頃、一度だけ集団任務としてサクリファイスと激闘を繰り広げた二年前の記憶。


 嫌悪感を示す風貌と巨大に見合わぬその俊敏さと絶望に等しい破壊力。

 恐怖に呑み込まれた王国騎士は為す術もなく蹂躙され命を落とす。


 何人もの犠牲を得てようやく討伐したという過去がコスモの脳内にこべりつき、焦燥感をより掻き立てていた。

 例え上級クラスの魔法だろうとあの機敏な動きの前では簡単に避けられてしまう。

 

 戦略的撤退の五文字が脳裏に過り逃げるという選択がこの場の最適解と判断する。


「バタフライ、ここは危険よッ! 取り敢えず一度退避して王国騎士団へ要請を」


「死人は?」


「はっ?」


「こいつと戦って死人はどれだけ生まれたんだい? どれだけの魂が消えた?」


「そ、それは……分からない、ただ指で数えれるほど少なくない」


 だが正反対な彼女は違う。

 コスモの言葉を聞くとバタフライは指の骨を鳴らしながら不敵に微笑んだ。


「そっか、なら倒しちゃおっか」


「はっ……はっ!? 何言ってんの!?」


「だって死人出てんだろう? 無駄に命を失わせたくないからね〜」


「だから何言ってんのよこの馬鹿ッ! あいつは正真正銘の化け物なのよ、奴に挑むのは死に急ぐようなものッ!」


 必死の説得にも聞く耳を持たずバタフライはマイペースに準備体操を始める。

 屈伸をしながら鬼のような形相を見せるコスモへと穏やかに語りかけていく。


「それって過去でしょ?」


「過去……?」


「これまでがそうだったから、皆が苦戦していたからワタシも苦戦する、そう過去に縛られて訴えてる感じの言い方。ゲボ出そう」


 腕を目一杯に伸ばすと逆光に照らされるサクリファイスを見てバタフライは笑う。

 その顔にある瞳は不思議と希望と安心感を抱かせる魅力が含まれていた。


「ワタシは未来を作る。誰もがなし得なかった最初の奇跡を作る。だからさ、そこでしっかり焼き付けなよ」


「ちょっと待てバタフライ!?」


 制止を身軽に振り払うとバタフライは迷いもなしに駆け抜けていく。

 凹凸な障害物達を身軽に乗り越え真正面から堂々と突っ込む。


 迫りくる小さな敵を察知したサクリファイスは大剣を大きく上げ、凄まじい速度でバタフライを叩き潰そうと振り下ろす。


 驚異的なフィジカル。

 接近する剣を視線で追いながら地面に触れる寸前で剛腕からなる一撃を回避。


 破壊音が響き渡る中、人間の域を超えた跳躍でサクリファイスの腕へと飛び乗ると更に足を加速させ胴体へと急接近。


「アイアン・フィストッ!」


 先程サクリファイスをブチのめした巨大な鉄の拳を出現させ真上から一気に強烈な殴打を叩き込む。

 抉られるように形状を大きく変化させながらサクリファイスは退廃的な地面へと殴り倒された。


 衝撃波が周辺へと響き渡り、付近の建築物は見るも無惨に倒壊する。


「ダスト・シューター」


 青が蔓延する空中へと飛ぶと散らばった付近の瓦礫はバタフライの元にへと集約。

 槍のように鋭利な鈍器となった塵の塊は彼女の合図と共に一気に急降下する。


 立ち上がろうとしたサクリファイスを押し潰すように投擲され、奇怪なる悲痛な鳴き声を響かせた。


「さぁ、未来作ってみようかッ!」


 命を削り合う戦場。

 瓦礫と退廃に塗れた場所には見合わぬ有頂天な表情でバタフライは熱情を顕にした。

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