第14話 エボリューション・フェーズ1
『キリァァァァッ!』
憤怒を示す力強い咆哮を木霊させるとサクリファイスは距離を取るべく付近の荒廃したビルへと激しく飛翔し、乗り移る。
巨体が着地した衝撃からビルの窓ガラスは盛大に美しく四方八方に飛び散っていく。
「ジェット・バースト」
足裏に出現した魔法陣からは辺りを蹴散らすほどの空気が噴射され逃すまいとバタフライをビルへと飛び移った。
「ちょっと、逃げるなんて酷いじゃん?」
不敵に歯を見せながら笑うとバタフライは踵落としでガラスを木っ端微塵に破壊する。
垂直に落下する中、ガラス達はヒルのような生き物へと形状を変化させた。
「アンガー・パニッシュ」
鋭利な牙を生やす生物は一斉にサクリファイスの至るところへと噛み付く。
一匹ごとに絶大な破壊力はないが、少量のダメージが蓄積していき暗緑の血液を次々と吹き出させる。
苛立ちを隠せないサクリファイスは生物を強引に振り払いながら墜下していくバタフライへと翼を広げ接近。
四つの腕を匠に駆使し、大剣達を上下左右から一斉に振り下ろした。
「乱暴なプレイだな、そんなんじゃ」
新たな魔法陣を現出させると黒紫のリングがバタフライとサクリファイスの間を遮断するように遮る。
「ワン・サイド・ゲート」
サレハ達を逃がしたゲートを再び生み出すと即座に背後へと疑似的な瞬間移動を行う。
異変に気付いたサクリファイスは咄嗟に背後を向くも時すでに遅し。
「羽もがれんだよッ!」
胴体へと乗った瞬間、バタフライは白き翼を強引に掴み取り勢いよく引きちぎった。
ブチッ……という痛々しい音が響き、鮮血が噴水のように吹き上がる。
『キリァァァァッ!』
激痛を物語る叫び声。
物ともせず追い打ちとばかりにバタフライは間髪入れずに巨大な魔法陣から足の形をした無数の鉄の塊を生み出す。
「アイアン・シュート・ドライヴ」
背後から胴体目掛けて鋼鉄の足達はサクリファイスへと次々めり込み、勢いよく地面へと蹴り落とす。
真下に佇んでいた建築物は木っ端微塵に粉砕され激しく煙が舞う。
蹂躙。
今の状況を言葉にするのであればその二文字が正解となるだろう。
相手に恐怖を植え付け人々を踏み躙っていた歪な天使は今、目の前の存在に怯える。
感情はない、本能的な何かが危機感を煽り立て得体のしれない恐怖が心を貪るように侵食していく。
殺意と畏怖が混じり合う中、巨大な瞳を動かし鮮やかに着地した少女を凝視する。
「そっちから殺しにきたんだ、今更生きたいなんて未練を抱くなよ」
両翼を投げ捨てるとバタフライは一歩一歩逃れる術を奪われたサクリファイスへと近づいていく。
ゆっくり、だが確実に迫ってくる彼女は逃すまいと排除対象を凝視する。
『……キリァァァァァァッ!』
正常には程遠い叫びを散らしながらサクリファイスはただ目の前の脅威を喪滅させようと剣を振るう。
まるで泣きじゃくる幼児のように「こっちに来るな」と言わんばかりに縦横無尽に辺りを破壊していく。
身勝手な破壊者の悪あがきを終焉させようとバタフライは殺意の視線を向けた。
「グラビティ・ゼロ」
半径数十メートルを囲み現れた魔法陣。
浮遊感なるものがサクリファイスの神経を巡った次の瞬間、理解する暇もなく突如として上空へと吹き飛ばされる。
引きずられるように瓦礫や抉られた地面と共に空へと放り出されたサクリファイスはただ無重力の現象に身を委ねるしかない。
「指定箇所を一定時間無重力にする、自分の意志で飛べない感覚はどうだい?」
複雑に絡み合う円と直線の入り乱れる羅列はやがて一つの魔法陣を形成し終える。
淡々と解説を行いながらバタフライは隙を与えることなくサクリファイスに目掛けて数多の魔法陣を直線上に並べた。
「君の存在意義が破壊であるなら、ワタシの存在意義はそれを超える創造だ」
両手には弓のような形式の魔法陣が生み出され純白の矢が番えられていく。
「創造魔法……スター・ダストッ!」
一番星のように鮮やかに煌めいたエネルギーの矢は詠唱と共に勢いよく発射される。
閃光ような弾道で魔法陣を通り抜ける度に加速していき、サクリファイスの胴体を勢いよく貫いた。
辺りには振盪が広がり、立つことも難しい突風が嵐のように巻き起こる。
断末魔を上げる暇もなく、巨大な眼球を備えていた胴体は焼き焦げ消滅する。
残された腕達はもう二度と動くこともなくドサッ、と鈍い音で地面へと落下した。
地を揺らすほどの激闘が繰り広げられていたと思えない程の静寂が辺りを支配し、戦いの終焉を告げていく。
首の後ろに手を当てながらバタフライは散らばった遺体を気にもとめずただ雲一つない青空を見つめた。
「新たな未来、作れただろう?」
後ろの物陰から一部始終を覗いていたコスモへと尻目を向けバタフライはウザったい顔で声掛けを行う。
清々しい雰囲気の彼女とは裏腹にコスモの表情は酷く歪み、力ない声で呟く。
「そんな……現実……?」
蔓延する埃に咳き込み、繰り広げられた一連の所業に彼女は絶句するしかなかった。
何から何まで、固定魔法の範囲を大きく逸脱した魔法の数々。
自身の想像を遥かに超え、死に物狂いで自身が辿り着いた境地を優に超えた存在はコスモの心に不気味さを植え付ける。
隻眼で見つめるその瞳に宿すものは英雄を崇める称賛には程遠いものだった。
「あり得ない……あり得ない」
恐怖、それ以外の感情なんてない。
発動まで手順の多い創造魔法を次々と簡単に生み出すのもあるが何より最大の要因は絶対的な威力。
人間の形をしているから、彼女が善人だからこそ、余計に恐怖心は加速していく。
「いや〜疲れた、結構頭使うんだよね〜即座に相手への有効打となる魔法を創造するのって結構大変な作業だから。余りに強すぎる魔法だと身体への負担で自滅するし」
説明を裏付けるようにバタフライは少し気怠い様子で肩を回した。
だが持ち前の陽気な性格は全く変わらず自分勝手に快活な笑顔で振り向く。
「まっ、まずは帰ろっか? 政府にこれバレると色々面倒だし、ワン・サイド・ゲート」
一度きりのワープゲートへとバタフライはスキップ混じりに飛び込む。
カオスに満たされる思考を整理する暇もないまま、コスモは慌ててバタフライの後を追った。
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