第2話 蒼き隻眼の限界点

 フィラード多民族国家。

 二百年という他の国々に比べ歴史は浅いが先進として名を連ねる新興国家組織。


 総人口は一千万を超え、技術の進歩により蒸気機関は異常発達を遂げた。

 国内では魔法と科学が両立しており、他を圧倒する建設物が次々と築かれていく。


 国内は政府の法令により整備され、数百年前に行われた魔法式の固定化による調和により及第点ほどの平穏に包まれた。

 だが犯罪やテロ活動は頻繁しており、その悪意を鎮圧すべく設立された部隊がある。


 名を王国騎士団。

 魔法、剣技、学力、全てにおいて高水準の者だけが選ばれる最高峰のエリート部隊。

 誰もが羨む誇り高き騎士団だが内部では曇天のように陰湿な出来事が起こっていた。

 

「コスモ・レベリティ。今日を持ってこの王国騎士団からの除名を発表する」


「……はっ?」


 王国騎士団本部、施設内の大会議室。

 厳かな雰囲気醸し出すテルズ騎士団長からの突然の宣告にコスモと呼ばれる美少女の騎士は耳を疑った。


 繊細な銀髪のポニーテールに右目に付けているのは高貴な黒の眼帯。 

 海のように美しい蒼い左の瞳を瞬かせ身に纏っている鉄の甲冑を動かし啞然としながらもコスモは声を荒らげた。


「なっ……お待ち下さい! 何故いきなりそんな除名なんてッ!」


 全ての王国騎士達が集まる中、見せしめのように告げられた除名宣告。

 周りは誰も驚く素振りを見せず妥当という顔を浮かべている。


「理由をお聞かせ願いたい!」


「単純明快な話だ。貴様は我が王国騎士団にとって不要な存在と判断したからである」


「不要……?」


 黒い短髪を揺らし、男らしい筋肉質な身体から放たれた無慈悲な言葉にコスモは啞然とするしかなかった。


「何故ですか……私はこれまで王国騎士として国のために身を削りました! これは不当解雇ですッ!」


「不当? 違うな、この決断は全王国騎士からの同意の上でだ」


 コスモは「信じられない」という顔で辺りの騎士達を憤怒が混じった目で見渡す。

 誰も視線を合わせようとはせず、まるで自分がいないような存在にされていた。


「ふざけるな……ふざけるなッ! 私はこの除名を認めません! 騎士団長、もう一度考えなおして「あ〜あ〜うるさいわね」」


 食い下がろうとするコスモを断絶するように若い乙女の声が彼女を遮る。

 視線を向けるとそこには一人の青髪のツインテールが目立つ騎士が嘲笑う顔でコスモを凝視していた。


 端正な顔立ちだがその雰囲気に品はなく、ガラの悪さが垣間見えている。


「ッ! ロバース副騎士団長……!」


 ロバース・アルケイラと呼ばれる副騎士団長の登場にコスモは怪訝な顔を向けた。


「コスモさぁ、何で自分が落第騎士になったか分かってないの? ハッ、馬鹿だねぇ」


「何が言いたいのです……?」


「分かんないなら教えてやるよ。貴方が除名になった原因はその隻眼だよッ!」


 勢いよくコスモの眼帯へと指差し、ロバースは嘲笑混じりに声を荒らげる。

 

「生まれつきのその隻眼、貴方は私達のような王国騎士よりも劣ってんだよ! この使えない隻眼騎士が。その癖に無駄に我だけは強くてな、マジでキショい」


 ロバースの下劣さ混じりの指摘にコスモは眼帯部分へ無意識に触れた。

 彼女の指摘に酷くシワを寄せると激情的に怒りを滲ませた形相を浮かべる。


「なっ、そんな王国騎士は実力主義であって差別はあってはならないはずッ!」


「貴方はそのハンディキャップを塗り替えす程の実力を有してるのかしら?」


「ッ……」


 ロバースの発言にコスモは言い返す言葉が思いつかなかった。

 冷静に考え過去を弄ると確かに隻眼による弊害が起きた出来事は幾つもある。


 剣技においては距離感が掴みづらく、視界が狭いせいで攻撃を見切れない。

 騎士同士の模擬戦でも最近は敗戦が続いており戦績も芳しくない。


 学力、魔法の観点も優秀ではあるが他を抜き出ている程ではなかった。

 死にもの狂いの努力は入団にまで漕ぎ着けるものの、待ち受けているのは自らと同じく厳しい試験を乗り切った猛者達。


 自分はやれる人間と過信していた心は直ぐにも現実という名の理不尽によって段々と叩き潰され今に至る。

 

「なっ? 分かったでしょ、貴方が無能だってことは周知の事実なのよ。ほら周りも言ってやりなさい!」


 ロバースの言葉に同調するかのように周りの騎士達は彼女に罵声を浴びせ始める。


「そうだぜ、役立たずが騎士団にいられる方がおかしいんだからな!」


「騎士団長の決定には素直に従わないといけないからね〜野蛮な奴」


「騎士としても失格の女だな、実力が伴わない王国騎士団の恥晒しである貴様は即刻この騎士団から出て行け」


 止まることを知らない耳を塞ぎたくなる程のコスモへの罵詈雑言の嵐。

 その異質な光景を見てロバースは腹を抱えながら高らかに爆笑した。


「ウハハハハハハッ! こいつは見物ね、使えない奴の末路はこういうのを言うのか」


 コスモは歯を噛み締めながら拳を強く握りしめた。

 今まで共に過ごしてきた仲間からの拒絶に彼女には怒りが込み上げ始める。


「クッソォオオオオッ!!!」

 

 遂には堪忍袋の緒が切れコスモは抜剣するとロバースへと襲いかかった。

 だが予期していたようにロバースは即座に剣を抜き彼女の攻撃を受け止める。


 鉄同士が衝突する高らかな金属音が鳴り響き闘争に溢れる火花が散っていく。


「おいおい甘いんだよ、隻眼がさッ!」


 力で押し負けたコスモは弾き飛ばされ床を転げ回り体勢を崩す。

 大きく生まれた隙を漬け込まれロバースからの剣撃に追い詰められてしまう。


 幼き頃の事故による視野の狭さに苦しい防戦展開を敷くことしか出来ない。

 追い打ちを掛けるように段々と呼吸も荒くなり始め意識が正常には遠い状態へと迫る。


「このッ……!」


 状況を打開しようとコスモは左手に魔法陣を生み出し行使しようとする。

 しかし、それよりも一手先にロバースは魔法を詠唱し始めていた。


「炎槍」


 ロバースの手から放たれたのは一本の紅き炎を纏わせた槍。

 燃え盛る矛先は真っ直ぐ一点にコスモを捉えている。


 咄嵯に防御しようとするが間に合わず、放たれた炎の槍は直撃し爆発を引き起こす。

 トドメとばかりにロバースに詰め寄られ腹部に峰打ちを叩き込まれた。

 

「ぐぶっ!?」


 衝撃で身体を浮かせ壁へと激突。

 壁には大きな亀裂が走り、コスモは肩から息をするほど満身創痍の状態となる。


「分かった? これが貴方の実力なのよ。無能は失せろよカスがッ!」


「そこまでだロバース、これ以上の攻撃はお前にも処罰を下すぞ」   


「チッ、はいはい分かりましたよ〜だ」

 

 一連の流れを終え、ようやくテルズ騎士団長はロバースを咎め始める。

 彼の言葉に渋々彼女は納剣を始め、周りの騎士達も身を引いた。


「これで分かっただろう。貴様にはこれ以上王国騎士団に所属する資格はないということだ。潔く身を引け」


 圧倒的な敗戦。

 剣技においても魔法においても敗北を喫しテルズの言葉にコスモは地面を激しく叩く。

 その表情は悔しさが滲んでおり屈辱を隠しきれていなかった。


「……分かりました。このコスモ、今日を持って王国騎士を退きます」


 ゆっくり立ち上がり覇気が消えた声で遂にコスモは除名宣告を受け入れる。

 瞳は虚ろであり魂が抜けたように骸のような雰囲気があった。


「よろしい、だが我らも鬼ではない。王国騎士除名後の道は既に用意している」


「除名後の道……?」


 テルズは一枚の折り畳まれた紙を取り出すと彼女に向けて投擲する。

 受け取ったコスモは恐る恐る紙を開け、目を丸くした。 


「はっ?」


「コスモ・レベリティ、貴様は本日からステラ学園の生徒として入学し新設された『』の調査をせよ」


「学園に入学……? 調査……?」


 ステラ学園。

 国内でもトップクラスの魔法専門の学園であり有数のエリートが集結している場所。

 彼女もその存在は認知しているが、突然の学園生活命令に開いた口が塞がらない。


「政府からの依頼だ。新たにステラ学園に新設された学科が潔白かどうか調査を行えと。抜擢されたのが貴様という訳だ」


「調査って……王国騎士の私がそんな誰でも出来る陳腐な仕事をしろと!?」


「陳腐? 除名された貴様にそんな口を叩く資格はあるのか?」


「ッ!」


 テルズの言葉に言い返せずコスモは歯ぎしりをしながら沈黙する。


「これは国からの重要な任務だ。心してかかるように。調査の結果次第ではまた王国騎士に復帰出来るよう政府へと進言しよう」


「ッ……畏まりました」


「入学は一ヶ月後だ。それまでに手続きや支度を迅速に行うように。分かったのならここから速やかに立ち去れ」


 周りの見下した視線を背にコスモはゆっくりと大会議室から退場していく。

 扉が最後まで閉じられた瞬間、彼女は激しく壁を拳で殴打した。


「クソッタレッ!!」


 悔しさの感情が爆発する。

 こんな仕打ちを受けるなんて思いもしなかった。


 自分の努力は一体何だったのか。

 これまでの人生を全て否定されどうしようもない悲しみと怒りが心を侵食する。


 生まれつき疫病に犯された体質。

 そんなハンデを持ちながらも常に死物狂いで努力し夢であった王国騎士になったというのにこの始末。


「やってられない……本当に」


 蒼い瞳を曇らせコスモはこれからの思い描く未来に絶望の顔を浮かべた。

 

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