第17話 負けたくない

 『魔法創造科』調査報告。

 本件は魔法研究の活性化を理由に創設され内部では否の意見が多数を占める。

 学園長独断により設営されており発案者はバタフライ・オリジナル。

 魔法式を根底から創造し生み出す力を有しており秩序を揺るがす可能性は否めない。


 など上記を理由に『魔法創造科』の存在は不適切と考え即刻廃止処分を下すのが妥当。


「……これくらいか」


 誰もいない『魔法創造科』の教室内。 

 日光に照らされた埃が美しく舞う中、コスモは何枚もの書類と格闘していた。

 

 紙と万年筆が擦れる音だけが響き渡り、一段落を終えた彼女は背を伸ばす。

 バタフライとの衝突から二週間、コスモの精神は日を過ごす事に擦り切れていた。


 依頼の為に出掛けては相性最悪のバタフライに振り回され創造魔法に驚愕する日々。

 昨日は壊れた年季あるレコード達を直してほしいとビンテージマニアからの依頼で何度も酷い音割れを聞かされる羽目になった。


 お陰で目の下には隈ができ今でも不愉快な音が耳にこべり付く。

 心身共に不調の中、コスモは月末に控えた定例報告の書類を纏めていた。   


 王国騎士団及び政府への任務状況を示す最重要な報告会。

 評価次第では王国騎士という栄冠を再び掴める可能性のある唯一の希望。 


 それだけが彼女の原動となり無理をすることも辞さない行動力を生み出している。

 深呼吸をしながら、改めて書類へと向き合おうとしたその時だった。


「グットモーニングッ!」


「いっ!?」


 心臓に悪い扉の開閉音が轟き、気を抜いていたコスモは反射的に情けない声を上げる。

 視線を向けたその先には寝癖が立ちまくるバタフライの形姿が瞳に焼き付く。


 普段の化粧もいつもより荒く、寝坊しているという事実は誰から見ても理解できることであった。


「いやぁごめんね、夜中まで魔法研究してたら大寝坊してKにボコされてさ」


「アンタ……よくあの昨日のレコード地獄を経験してそんな元気でいられるわね」


「ワタシの気力は無尽蔵さ、ってコスモちゃんそれなに書いてんの?」


「ッ! 別に何でもないわよ……その学園側に提出しなきゃならない重要書類というか」


「あぁなんかそういう面倒臭いやつ? うわぁ大変だね〜コスモちゃんも」

  

 咄嗟に湧き出た虚言にバタフライは哀憐の顔で納得した言葉を口に出す。

 自然と鞄へと報告書類を閉まったコスモは安堵の心に満たされる。


 一番の調査対象に完全に訝しく思われては元も子もない。

 月末までの辛抱とコスモは心に言い聞かせこの悪魔に似た女との会話劇を嫌々に行う。


「まっそれはいいけどコスモちゃん、そろそろ君も魔法創造成功した方がいいのでは?」


「はっ?」


 教壇へと腰掛けながらバタフライは腹が立つようなあざとい動きで首を傾げる。


「ワタシはこの二週間で八つもの創造魔法を新たに作り出した。対する君はゼロだ。そろそろ成功させないと単位貰えんよ?」


「んなこと言ったって……私もやってみたけど全く理解出来ないし上手くいかなかったわよ」


 この二週間、コスモはただバタフライ後ろで佇んでいた訳ではない。

 調査報告をより強固にしながら『魔法創造科』の生徒という体裁を保つため、自らも魔法創造という領域に取り組みを行っていた。


 だがその結末は、全て失敗という不甲斐なくやるせないモノ。

 魔法式をゼロから書き、イメージと計算を繰り返して具現化させ生み出す創造魔法。

 

 この作業は予想を遥かに上回る程に過酷で魔法を生み出そうとしても脳への負担がコスモを蝕み、成功という二文字を遠ざける。

 それこそ、生真面目で堅物なコスモからすれば創造力を必要とする分野は自身にとって最も苦手なことだった。


 僅かな創造力を駆使し、ある程度の形にはなってもバタフライには遠く及ばないような拙い魔法しか生み出せない。


「魔法が作れても暴走気味だったりまともに機能しなかったりと……アンタの思考回路は一体どうなってるの?」


「天才であるワタシの思考を君が直ぐに理解出来るのかな〜?」


「ウッザ死ねゴミカス」


「人に向けて投げつける言葉かそれッ!?」


 路地裏にある吐瀉物を見るような目でコスモはドストレートに罵倒する。

 秩序を守る元王国騎士とは思えない尖った発言に驚きつつ、バタフライは新たに言葉を紡いでいく。


「ま、まぁ真面目な話をするとさ、創造力とか技術とか柔軟さとか色々あるけど最終的には気持ちだよ。精神論は嫌いだけど」   


 自身の胸を軽く叩きながら非科学的な内容を明かしていった。


「気持ち……?」


「魔法創造を絶対に成功させてやる、魔法創造を生みたいとか、そういう明確な意志を抱くこと。今の君にはそれを感じない。やらされてるって心から創造は生まれない」


「意志って言ったってそれが何だか貴方は分かるというの?」


「そこまではワタシだって知らないよ、意志による活動力の出方は多種多様。自分自身でトリガーとなるきっかけを見つけるのが最短の道だ。君は技術はあるんだから後はきっかけだけかな?」


 バタフライの言葉にコスモは苦渋に満ちた形相を浮かべる。

 鮮やかに創造魔法を操り縦横無尽に駆け回る彼女は常に笑顔だった。


 創造することを心から楽しんでおり呼応するように美しく過激な魔法を駆使する。  

 現時点で精神論だが自身との明確な差を裏付ける一番の根拠となる言葉の数々にコスモは自分に苛立った。


 自身が最も嫌う性格だがその技術や才能は数倍を有に超えている存在。

 魔法創造を認めてはいないが何処か悔しい思いが胸の内へと滲んでいた。

 

「まっなるべく早くトリガーを見つけなよ。それはさておき、今日の授業を発表しようか!」


「発表ってどうせまたお悩み解決の為に出掛けるんでしょ、もう慣れたわこの下り」


 毎日のようにこのやり取りは行われ日によって様々な悩みを持った依頼主の元へと向かう日々。

 デジャヴのように繰り返される出来事にとはやコスモは慣れを覚え何度も同じことをするバタフライに呆れの目を向ける。


 だが次に放たれた言葉は彼女が想定していた言葉とは少しばかり違うものだった。


「ところがどっこい、今回の場所はこのステラ学園内だよ、コスモちゃんッ!」

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