第16話 衝突する意思は水掛けのように

「いやぁ身体を動かした後は食欲を満たすに尽きるね! あっ、その牛肉の串焼き三本買うよおっちゃん!」


 老若男女が入り乱れる騒がしい繁華街。

 高層のビル群と人情溢れる出店がコントラストを生み出す中、バタフライは思うがままに食い歩きをしていた。


 肉料理を好み、自分の欲を満たすためだけに出し惜しみせずに次々と買っては食ってを繰り返していく。

 

「いやぁこうやって豪快に食うのもいいね、ウチだとKが下品とか言うからさ。全く食べるという動作に品なんていらないでしょ、そうは思わないかいコスモちゃん!」


 口元から肉汁を溢しながら満面の笑みで背後を歩いていたコスモへと振り返る。

 だが京楽が支配するこの場では浮いている欝気味の表情を彼女は見せていた。


 四方八方から漂う食欲を煽る匂いにも動じず、道のど真ん中に前髪で瞳を隠しながらその場へと立ち止まる。


「どったのコスモちゃん君も何か食べないの? それともダイエット中?」 


「……来なさい」


「へっ? えっちょ、コスモちゃん!? まだ食べたいものがって引っ張りすぎ!?」


 唐突にバタフライを腕を力強く掴むとそのままコスモは無理矢理歩き出す。

 気の抜いていた彼女は串を両手にただ身を委ねるしかない。


 一言も話さずにコスモが連れ出した場所は繁華街から少し逸れた人気のない緑の生い茂る公園だった。

 投げ捨てるように掴んでいた手を放すとお喋りな彼女よりも先に口を開く。


「教えなさい、貴方は……この世界を破壊することが出来るの?」


「何だよ急に破壊って、前に言ったろう? ワタシはワーロック・ワールドを作るって」


「とぼけるなッ!」


 被せるようにコスモは激昂した強い口調で絶叫を木霊させる。

 付近を偶然歩いていた通行人達は何事かと一瞬だけ二人を凝視し、足早にその場を去っていった。


「最初に結論を言っておく……サクリファイスをあんな簡単に倒したアンタを私は化け物だと思っている。法が許すのならアンタを……殺したいとも思う」


 バタフライに向けられるその蒼い瞳には畏怖混じりの殺意が宿り、発された言葉の信憑性を裏付けている。


「一つ答えなさい、アンタは……やろうと思えば世界を破壊できるの? この景色も今を生きる人々もこの空も何から何まで」


 創造魔法という新たな概念に潜む脅威に対する保守的な心がコスモの理性を動かす。

 サクリファイスという強敵をいとも簡単に蹂躙したという現実。


 理不尽にも感じる圧倒的に抜き出た力は憧れでも嫉妬でもなく明確な恐怖を抱かせる。

 現実主義者であるコスモは特に許容を超えた怪物への拒絶反応を表面化させた。


 それは調査任務という使命を忘れても心からの激情を解き放ければいけない程に。

 瞳孔が開き、切羽詰まった表情で自身の瞳に映る脅威へと問いかける。


「……壊せるよ」


 意外にもその返答は寂静なものだった。

 手に持つ串を付近のゴミ箱へと投擲すると鮮血にも似た瞳をコスモへと投げかける。


「まっアレを見たらその質問するのは当然だとは思うね〜簡潔に言えば君の考察通りワタシは世界を破壊できる。今この世界にある全てをね、でもそんな事しないよ」


「口では何とでも言える、当たり前に嘘をつける私達がそんな言葉で納得するとッ!」


「本当の事を言えるのも人間だ。理論的には破壊も出来るけどさ、それは無理だよ。自分自身の命を投げ出さないとね」


「何……?」


 近くのベンチに腰掛けるとバタフライは橙色に染まる空へと顔を見上げていく。


「魔法創造はね、創造した魔法が強力であればあるほど自身への負荷がかかるんだ。現にワープと重力操作を使用したから肩を凝ってしまってね。世界の破壊なんてワタシでも身体がぶっ壊れちまうよ。そもそもそんな自分勝手なことは確実にしないさ」


 裏付けるようにバタフライは心底気怠そうに肩を大きく回す。

 一つため息をつくと妖しさを醸し出す笑みでコスモへと上目遣いで嘱目した。


「大いなる力には代償と責任が付き物、無責任に使おうとする奴は未来を見据えられない哀れな子供さ」


 勢いよくベンチから立ち上がり、背伸びを行いながら背後へと回る彼女に透かさず新たな疑問をコスモは提示する。

 

「アンタはそれに該当しないと?」


「いやしてたまるかっての、抜き出た力は相手に恐怖を与えることは理解している。その上でワタシは自分の願う理想郷を作る」


 大きく両手を天に上げると夕日の光を全身に浴びながらバタフライは高らかに叫んだ。


「ワタシは先駆者となるんだ、わがままな支配者になるんじゃない」


「先駆者……?」


「この世に生きる人間に魔法創造の可能性をワタシは見せる、言っただろう? 皆が魔法使いになって創造し合える世界にするって。ワタシの役目はゼロをイチにすること。イチから数を増やすのは君達がやるのさ」


「……アンタがイチにした世界を全員が優しく受け入れてくれるとでも? 創造し合う世界が理想郷になる保証なんてないッ!」


「全員から認めてもらえると思うほどガキじゃないよ。否定されても構わない、けど認めてもらうために努力はしてるつもりさ。依頼をこなすのもその一環」

 

 力強い瞳でコスモを不敵に凝視する。

 愛撫するような風が二人の繊細な髪を靡かせ誰の介入も許されない空気を作り出す。


「ワタシの描く世界は希望か、破滅か、それは神のみぞ知る未来。だからこそ最後まで行くつもりさ。この力が希望を与えるものだとワタシは信じてる」


「……私は認められない。アンタの願う世界なんて、たとえ同じ学科だろうと」


「それも一つの意見だ、否定はしない。でもきっとワタシの世界は君に光を灯せると思っている。独善者からの言葉だよ」


 肩を軽く叩くとバタフライはゆっくりと夕日の方向へと歩を進み始める。

 華麗に振り返るとニッと笑いいつものように舐め腐った顔をコスモへと表に出した。


「明日からもまた『魔法創造科』の授業だ。じゃあねコスモちゃん! 寝坊すんなよ? それも面白いけどさッ!」


 幼児のように大きく手を振りながらバタフライは人が渦巻く繁華街へと消えていく。

 その姿は世界を滅する力を持つという事実を忘れさせる程に可憐なものである。


 人気のない静寂が支配する空間でコスモは

その後ろ姿が消えるまでただ見つめ続けた。

 幻痛のように眼帯に隠された左目は疼き額からは一滴の汗が首筋を通る。

 

 ただの極秘調査。

 再び王国騎士に戻るための一環。

 それだけの事だと考えていた任務は日を追う事にコスモの胸襟を彩り、蝕んでいく。


 常に己のみを愛し、信じていた彼女はたった一人の少女に絡め取られていく。 

 今の胸中に適した呟きも思いつかず、ただ明後日の方向を群青の瞳で見上げることしか出来なかった。

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