29ページ そして

 彼女の葬儀が終わると、群青は改めて激しい心の欠乏を感じた。


 なぜだろう、両親が死んだ時のショックに似ている。近しい人間ではあったが……彼女はどこか、群青の心の一部を埋めていてくれたのかもしれない。


「柊さ――いや、なんでもないです」同居人の天夢は心中察しているのか、部屋に入ってこようともしない。


 今、無理に生活しようとしたら家がゴミ屋敷に戻る。一日中部屋にこもって頭を抱える生活を、1週間ほど送った。


 そんな最悪な日々のなか、さらに群青の心をえぐる出来事があった。ある日、上官から電話がかかってきたのが契機であった。


「本部と契約した……僕に許可もなく、ですか?いえ、嫌ではないんです。ただ、考えさせてほしいじゃないですか。……謝らなくていいですよ。次から気をつけて」


 切った瞬間、群青は床に拳を叩きつけた。


 先輩との会話を思い出すと、口の中に血の味がしてきた。


「僕は……どこにいけばいいんだ」


 ランサイアは、私怨で殺されたというていで報道された。こちら側のいいように落ち着いたのだ。


 だが……そんなことはもう気にしていなかった。どれだけの人が死んだと思っているんだ?それも僕が小さい時から世話になった人達を。その中で一番大事だった人が、僕に生き抜いてほしいと言ったことなんかどうでもいいのか?


「羽くらい、休めさせて欲しいよな……」


 そしてまた、蒸し暑い布団の中に潜るのであった。



 しかし現世は無常。次の日には、天夢と蓮が連れていきたい場所があるといって、無理やり群青を連れ出した。


「今日は暑いですね。脳が溶けます」


「きみに溶ける脳はないだろ」


「じゃあ、昨日食べたサンドイッチが溶けます」


「それもう溶けてるから」


 ふたりの会話に口を出す気にもなれないまま、群青はひたすら無言で歩いた。


 振り返ると、アパートが見えなくなっていた。山道に入って、山道を抜けて、少し疲れたら3人で水を飲んで、日陰に隠れて、県をまたいで、誰もいない田んぼだらけの道を進んで――。


 気付いたら、どこにいるのか分からなかった。森の端に位置するその場所にはぽつりと、ただひとつ一軒家が立っていた。


「連れていきたいって……ここですか?」もっと気分転換のような場所かと思ったが、どうやらそうではないようだった。


「ここはあたしの実家だった場所だ。そんなことはまあ、どうでもよくて。見てもらいたい――子がいるんだ」蓮は目を逸らし、なにか後ろめたいことでもあるかのように言った。


「それじゃあ、入りましょう」


 都会から離れた涼し気な家は古びていて、天井に蜘蛛の巣が張っているのが見えた。


 元々キッチンであったとおぼしき部屋を眼にしたとき、群青はひさびさに好奇心というものを感じた。


「この機械?は……なんですか」一見巨大なポッドのように見える銀色の球体は、日常とは程遠い雰囲気を放っていた。


「これはアンドロイドを作るための、伝統的な機械。新型は東京に置いてきて、今はこいつしか使えないから、最近ずっとここに通っていた」


 と、いうことは。


「見せたいっていうのは、新しいアンドロイドですか?」


「ああ、新キャラだ」


「新キャラ言うな」


 にしても、どうしてわざわざ僕に見せようとしているのだろう。こんな遠出をさせてまで。


「ただのアンドロイドじゃないんだ」蓮は群青と機械を交互に見ている。「見ればわかると思う」


 なるほどね……。群青は機械の表面をじっくり眺めた。


 と、球が僅かに揺れたように見えた。この中に、いる・・ということだろうか。


 それを蓮に問うより先に、球から僅かに声が発せられた。それが何を言っているのかは分からないが、確かに誰かの声だということはわかる。


「っ……」群青は少しだけ、心臓が焦り出すのを感じた。


「もう、この子は完成している。柊さん……できれば、あなたの手で開けてほしい」


 蓮はそう言うと、遠慮の意を示すように一歩下がった。天夢も同じように動く。


「わかり、ました」群青は不安と好奇をいっぱいに抱えながら、「OPEN」と書かれたボタンを見据えた。すぐに押すのもどうかと日和ったが、くよくよ迷ってもいられないと、一瞬だけ振り向いたのちにボタンへ手を伸ばした。


「……」慎重に、慎重に、指をボタンに押し付け――。


「やっぱなんか無理です!変に緊張する!」


 群青が手を引っ込めて振り返ると、蓮はぽかんとしたのちにクスッと笑った。


「少し元気になってそうでよかった。それじゃ、あたしが押しますね」


「ん、待って」立ち上がった蓮に、天夢が制止をかけた。


「私が押したいです」


「っ」蓮は嬉しそうに口角を上げた。「そうだね、天夢にとっては妹だもんね……じゃあ、ふたりで押そうか」


 結局、ふたりが押すことになった。


「せーの……はい」ふたりの小さな手が、大きなボタンを押し込む。機械の表面がスライドして、中身が少しずつ見えてきた。


 機械の中で正座する「彼女」の全体像があらわになった時、群青は心臓が爆発するかと思った。


 髪の色は、艶めく金と紅。肩にかかった長髪は目に新しかったが、彼女の顔は輪郭がはっきりしていて、目が少し吊り上がっていて、下のまつげが濃くて、口が少し小さくて――。


 日黒先輩の生き写しだった。


「おはよう、アイネ」蓮が優しく声をかける。


 彼女は3人の顔を見て、こう言った。


「おは」

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天変地異が起きようとも!魔王は殺させませんからァァァァァ!!!! @junk1900

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