27ページ 話の続き

 群青は手を強く握られて、思いがけず目を覚ました。


「僕、生きてるのか……?」起きてすぐ、思ったことが口に出た。しかし顎がうまく動かず、うめき声として宙に消える。


「目を覚ましたか。生きて帰れそうだな」聞き慣れた声。ベッドから起きあがろうとすると、大きな手が群青の肩を押さえ付けた。


「とんだ災難だったな、柊。今は安静にしておけ」業田先輩が、群青の顔を覗き込んできた。


「でも……」群青は喉からムリヤリ声を出した。


 先輩は首を横に振り、事の次第を話し始めた。


「お前、ランサイアと会って、追い詰めてくれたそうじゃないか。それはよくやったよ。でもな、お前も死にかけだった。すぐに銀髪の嬢ちゃんが救出してくれたが、そうじゃなかったら死んでたぞ」


 ということは……ランサイアは捕らえられたのか。群青は肩の力が抜けるのを感じた。


「まあ、生きてたんだから儲けだ。ああ、それと、日黒も目を覚ましたぞ。近くの病室にいる」


 群青は目を見開いた。起き上がろうとするが、あばらの痛みに阻止された。


「おいおい、無理をするな。話そうと思えば、ここから聴けるからな」


 ベッドの上、群青の首の横に通信機を置いて、先輩は廊下へ歩いていった。



「……」何十秒か経ったのち、置かれた通信機から僅かな音が聞こえてきた。


 それはすぐ鮮明になって、日黒先輩の声に変った。


「聞こえる?今、話しているんだけれど」


「うん……」群青は嬉々としていたが、うめくような応えしかできなかった。


「喋れなさそうだね。いいよ、無理しなくて」


 ありがたい。群青が落ち着いた息を漏らすと、日黒先輩は嬉しそうに笑った。


「業田さん、ちょっと外してもらえますか」


「恥ずかしいのか。わかったよ」そう言って、日黒先輩の後ろで笑っていた業田先輩の声が消えた。


「はぁ……」日黒先輩は言われた通り、恥ずかしそうに息を荒くした。


「柊、今は喋れないんだもんね。会話したかったけど……私の話だけでいい?」


「うん」


 そう発すると、彼女は歓喜を隠し切れないようだった。


「聞いたよ。うちを攻撃した女と戦って捕縛したらしいね。すごいじゃん」


 僕が捕縛したわけではないが。最後に奴の脳味噌に置き土産をしていったのが功を奏したのは確かだ。本当に運がよかった。


「私はずっと寝てたな。迷惑かけてたでしょ、ごめんね」一方で、先輩は落ち込んでいるらしかった。


 そんなことはない、と反論したかったが、群青はいかんせん声が出せない。どうしようかと考えているうちに、先輩は次の話を切り出した。


「訊きづらいんだけどさ……前の話の続き、してもいい?」


「……?」僕が告白の返事をする番だろうに。先輩は何を話すのだろうか。


「私……昔、幼馴染がいたの。施設に入れられた、2歳くらいの頃からずっと一緒だった」


 突然、覚えのない話を始めたぞ。なんだなんだ。


「すごく頭のいい子だったな。中学から別々になっちゃったけど、1日たりとも欠かさずに会ってた。……私の親友はあの子以外にありえない、一生そう思えるような仲だった」


 先輩の声のトーンが、殆ど感じ取れない程度にだが、下がっていった。群青はしんみりと聞いていた。


「大学くらいは同じところに行きたくて勉強したけど、まあ無理だった。今思えば、何としてでも同じところに入らなきゃいけなかったよ」


 溜め息が聞こえた。


「あの子は大学で先輩に乱暴されて、中退せざるを得なかった。でも、それだけならまだ良かった……。そのトラウマを克服するために穏健派の軍に入って、強くなるってあの子は言った。私も応援してた」


「そしたら……」先輩の声が突然、救いようのない程に震え出した。


「そしたら、あの子は2日で死んだ」


 歯の軋む音が聞こえ、それきり先輩は黙り込んだ。


 どれだけ沈黙が流れただろうか、先輩はすすり泣きはじめた。


「その子の名前はマオだった……。本当——」


 群青はその瞬間、胸が熱くなるのを感じた。


「君に初めて会った時、私はずっと言おうか迷ってた。でも結局言わなかったな。それ以上に君がかっこよかったから」


 群青は不意に頬を赤くした。


「部屋汚いことも、ちょっと中二病なことも聞いたよ。でも、君にはあの子の影がある。だから、死なないで欲しいし……勝手かもしれないけど、私にとっては運命だって思った」


 先輩は鼻をすすって、涙の合間に言葉を挟む。


「ごめんね。こんな些細な事で付き合わせて。でも、できれば……君にも仕事を変えて欲しい。危なすぎるよ」


 先輩はこんなことを考えていたのかと、群青は目を泳がせた。


 しかし同時に、そう思うのも必然だろうと思った。


「これから君は命を狙われるよ、きっと」先輩は諭すような口調に変わり始めた。


「柊群青という名前の爆弾は、排斥派にとっては格好の的でしょ――」


 それはそうだ。だが、軍を抜けたところで、僕がひとりの魔人であることに変わりはない。


「考えておいてほしい」先輩はそう言ったが、群青は断らなければならない罪悪感を肌に感じていた。



 先輩が話し疲れて寝てしまうと、群青は心中で深く溜め息をついた。


 僕は先輩のことを好きになりたいと考えていた。でも、こんな危険に巻き込むのは誰が相手でも嫌だ。


 先輩の顔と足元にできた血だまりを脳内で見比べながら、群青は苦々しく考え込んだ。


「随分と苦しんでいますね」


 その声を聞いてもなお、部屋に天夢が入ってきたことにしばらく気付けなかった。


 群青は天夢の姿を確認すると、目を大きく見開いて、喉の奥で「気づかなくてすんません」という言葉を発した。


「やっと私に気が付きましたか」と呆れかえり、天夢はベッドの隣に腰掛けた。


「さて……ランサイアは死にました。私の首も繋がりましたよ」


「一旦は事態が落ち着きました。あなたにも、回復後本部へ来てくれないかと要請が出ていますよ」


 三言目に出てきたセリフに、群青は動揺した。もう、僕の異動は決定しているのだろうか。


「本部に認めて頂けるのはとても都合がいいです。私と蓮はすぐにでも挨拶に行こうかと思いますが……あなたはどうしますか」


 ここで本部に行ったら、僕の人生は狂い始めるのだろう。そうでなければ、この昇進を断ることを、まさか想定するまい。


 群青はジーヴィスの顔を頭に浮かべた。僕は彼の期待に応えることができるのだろうか?


 できないだろう。しかし、ランサイアの捕獲に一役買った僕のことを、部外者が買いかぶるだろうという事も分かる。


 結局、軍に居続けるならばいつかは本部に行くことになる、ということだ。


 それなら――。


 先輩には謝らないといけないな。

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