8ページ 少女と少女と女子大生

「えっ、誰!?かわいい!い、いい、一緒に写真撮ってください!」


 大学の中を歩いていると、女子学生がまとわりついてきて仕方なかった。思い返せば、ここにきてちょうど1週間が経つ。今日は平日か。


 追っ手が東京中を探し回っているという事で、天夢は外に出ないよう言われていた。人が多いから退屈はしなかった。どこに行っても楽し気だったり寂し気だったりする人の渦だった。


「はぁ、疲れた」


 天井が高い広間の椅子に座り込むと、ちょうど昼食の時間らしい、向かいにある食堂の中がにぎわい始めた。


 何も考えずに窓の奥にいる学生たちを見ていると、気付いた時には蓮が隣に座っていた。天夢は少し驚いて会釈した。


「やあ。羨ましいね、モテモテで。それで……どうだい、あたしの母校は」蓮は手元の紙袋を開けながら聞いてくる。


 天夢は一瞬黙り、周りの明るく騒がしい景色を見渡した。なにかを頬張った学生が絶えず窓の奥を横切る。


「学生というのは、これほど隔たりがないものなんですね」


「ああ、まあ」


「社会経験などないので……私には知らないことだらけです。分かっていたことですが」


「はは」蓮は簡単な言葉だけ返しながら袋からハンバーガーを出した。「食べるか?」


「いえ、私はいいです。あなたもまだ立つだけで精一杯でしょう、味の濃いものは控えた方が」


「えー?いいじゃないか、語り合おうぜ。あたしは気にしないよ」


 そういって蓮はバンズを大口でかじった。


「……あれだけ人の心配をしておいて、自分の体はいたわらないんですね」


 蓮は不機嫌そうな顔をした。


「このくらい普通さ。考えすぎて生きてたら寿命が縮む」


 あまり納得できなかったが、そういうことなのだろうと天夢は割り切った。


 視線を前に戻すと、天夢より頭ひとつ分ほど背の高いカップルが目に入った。蓮とそのふたりを見比べる。


「ここにいると……あなたが研究者ということを随分と不思議に感じますね。なにせ、私より小さいですから」


「余計なお世話だ、これから伸びる」


 蓮は背筋を伸ばした。


「……あたしも昔は背が高いほうだったんだ。ある日からまともに眠れなくなって、成長期を逃したんだが」


「……」天夢は昔話に耳を澄ました。


「あたしが……6歳の時だ、両親が睡眠薬で自殺した。それからのことはあまり覚えていないね」


「なるほど」天夢が相槌を打つ。後ろめたい過去だろうが、蓮は声のトーンを上げて話を進めた。


「ただ、寝ることが少し怖い。今でもだ。時間を無駄にしているようだし、活動しない時間が嫌いだし、死んでしまいそうで軽くトラウマだ」


 蓮は天夢の顔色を少し伺ってきたが、変化がないのを見てすぐ話に戻った。


「10歳のとき、高校を卒業した。まわりはみんな大人っぽくて……大学に上がっても、目線を合わせられる相手はできなかった――私の名誉のために言っておくが、ぼっちではなかったぞ――まぁ、その反動かな、自分で設計できるアンドロイドってやつに興味を持ったんだよ」


「なんの話?自慢ですか?」天夢は直球に口を挟んだ。


「全ての経歴が自慢になる女なんだ、許してくれ……。ともかく、13歳になったときにWSSという組織でトップの成績を取った。”光”を作ったのもその時期だった」


 知らない組織の話はどうでもよかったが、姉の名前を出された天夢は反射的に視線を蓮の顔へ偏らせた。


「……そんであたしが大学院に行くとき、生後3週間の光は軍に引き取られた。寂しかったよ、あの時は。いつもあの子のそばにいたかった。院を修了するまで、たまに面会にいっては人間らしくなることがひとつの救いだった」


「そうだったのですか?」


「ああ。あの頃の光は君以上に感情がなかったから。でも……2か月前だったかな、排斥派に依頼オーダーされていた君を作り終えた頃には、人並みの情緒まで成長してくれた。人見知りすぎて困ったもんだったよ」蓮の顔がほころぶ。「君もいつかわかるのかなあ、どうしてもハンバーガーが食いたいこの気分が」


 あまり実感がわかない。天夢にとって、道徳はまだ暗記科目だったし、ハンバーガーは中身がこぼれるから嫌いだった。視線を落とし、姉の温かい掌に思いをはせる。


「もし仮に……そうなった時には、私も光のようになれるんでしょうか」


「もちろんさ、身長以外は」蓮はハンバーガーの最後のひとくちを飲み込む。


 窓の向こうで、昼食を食べ終わった学生が八方に散っていく。連もすくと立ち上がって、詫びるように天夢の頭をさすった。その座高は中学生ほどしかない。


「身長低く設計したことは……恨まないでくれよ。見上げると首が痛いんだ」


「私も、人を見上げるのはイヤです……」


「……」


 うつむこうとすると、蓮は苦笑して天夢の手を取った。


「辛気臭くなってくなあ。そろそろ、ちょっとくらい外の空気吸ったらどうだい」


「少しくらいなら……」


 天夢がそう言うなり、蓮はどこか嬉しそうな顔をして、すぐ近くにある狭まった裏口へ走っていった。そこから手を招く彼女は、年相応に純真な笑顔を見せていた。


 天夢は後を追って外に出る。大学の駐車場は一杯で、葉が落ちた桜が外と内を隔てていた。空気が肌寒く空は曇りだったが雨は降りそうになかった。天夢はおもいきり息を吸って腕をだらりと垂らす。


「さて……そろそろあたしの傷もえる。明後日にはここをとうか。どこに行きたい?天夢」


 蓮は前髪を下ろし、壁にもたれかかって天夢の目を見た。その後は目を細くして空を眺める。


「穏健派の駐屯地やら、事務局やら本部があるのは……十勝、仙台、大阪、あとアメリカ……そして、魔国。いきなり本部は危険だから事務局あたりにしておいたほうがいいな」


「しかし、アメリカ?観光したいだけですか?」


「あたしは大阪行きたいな」


 天夢は十勝に行ってみたいと思った。

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