22ページ 裏側の事情

 幼い頃から、情報戦に必要な能力がズバ抜けていた。若くしてロシア最高峰のデータ処理能力を持ち、フェイクニュースの作成から無尽蔵の盗聴手段確立まで、彼女に出来ない事は殆どなかった。


 大学生の段階で軍に目をつけられ、たったの1年で総司令官にまで上り詰めた。真性の天才といっていい。今は極秘で日本の大阪でアジトに籠っている。


 そんなランサイア・スカーレットは最近、


 麻雀とパチンコにハマっていた。


「あの魔人、頭に来たからつい脅しちゃったわ!面倒すぎる……もうあのバー行けないわよ」


 あんな暴れたらそもそも再来店とか無理か。賭け事は大好きなのだが、オラついてしまう癖はどうにかしたい。


 溜め息をついた。日本のギャンブルはすぐ勝てるから調子に乗ってしまう……ランサイアとは相性が悪かった。なにせ、正体を隠してひっそりとギャンブラー生活しなければならないのだから。


 それならギャンブルをやめろと部下に言われた事がある。そいつの事は殺しておいた。


「はぁー。パチは考えることがないから楽だけど。その分すぐに飽きそうね。次は何すればいいかしら?サーネチカ、あなたはどう思う?」


 隣のベッドで横になる部下に問うてみる。サーネチカは起き上がって笑顔で「ギャンブルをやめればいいと思います」と言った。


「お許しください!!わたくしめに悪意は微塵もございません!今後ともランサイア様のために心を!命を賭けて――」


 顔を掻きむしって喚きたてる女を置いて、ランサイアはアジトの外に出た。


 むろん日中から街で遊び歩くわけではない。仮にも命を狙われているのだ、そのくらいの分別はつく。


 ならばひとりでどこに行くのかと言えば、ある男に会いに行くのだ。排斥派のキーマンとなる男に。



 サングラスを取って目の前の建造物を拝む。この高層ビルはなかなかに趣味がいい。ランサイアは正面切って自動ドアを抜けた。


 誰もいないビルの螺旋階段をひたすら上る。最上階の広い廊下に出ると、ランサイアは男がいるであろう明かりのついた部屋を発見した。


「誰かいるかしら?」


「今来たところだ」部屋の中から返答があった。ランサイアはノックもせずドアを開ける。


 目当ての人物は、部屋のど真ん中にいた。


「本当に来てくれるなんて。感謝するわ、皇太子さま」


「そちらこそ、作戦中と聞いたが」


「あんなクソガキの相手に時間割いてられないわよ。あなたが居れば穏健派ごと潰せるしね」


「そりゃどうも」


 ビクター・アラノイド。魔国を裏切って排斥派についた皇太子と聞いた。初めて会ったが、なるほど信用が出来そうな青年だ。


「それで?要件はなんだ、まだ聞いていないが……いま言っていた、穏健派を潰すという話か?それならば乗ってやってもいいが」


 その通りだ、話が早い。


「大阪にある穏健派本部はいずれ、私への攻撃に躍起になるはずよ。その隙に関連施設の全滅を任せたいの」


 その話に、ビクターはすぐには頷かなかった。


「あんたは武闘派じゃないらしいが、攻撃をどう耐えるつもりだ?」


 ランサイアの目の奥が光る。


「攻撃なんて受けないわ。私の居場所は絶対にバレないもの」


「へえ」ビクターは面白そうに笑った。「じゃあ問題ないわけだ、それが智将の作戦ならそれに従おう」


 信頼してくれるのか。私も有名になったものだ!


「それじゃあ、詳細は今後決めましょ。共に敵をぶっ潰しましょうよ」


「話には聞いていたが、随分と派手な女だな。記念に写真でも撮るか?」


 急に鼻につくことを言いやがる。ランサイアはうなだれた。


「仲間といえど魔人とそんな、写真なんて。後で誰かに見られたら勘違いされるから嫌ね」


「ちゃんと、魔人が嫌いなんだな」ビクターはランサイアの意志を確かめ、おかしそうに笑った。


 当たり前……魔人なんて。本当なら顔も見たくない。忌まわしい化け物。だが、それをおもてに出すことはしない。今、目の前にいる化け物が、いつ怒り狂って自分を殺すか分からないのだから。


「……兎も角、私を狙ってくるクソガキは私だけで処理できるわ。正直、あまり手出しは必要ない。好きなように暴れなさい」


「勝手にやれって事かい。それは別にいいが、ランサイアさんよ、あなたが相手している三極院という人間——いや、人造人間——は、サシじゃまず勝てない。アイツが裏切る前の最後の仕事を俺は見せてもらったが……あれは真性のバケモンだ。一戦交えるというのなら、絶対に顔を晒すな」


 なるほど。そういえば、三極院天夢といったか、奴はビクター皇太子を奪取した本人でもあった。面白い。


「分かったわ。そいつには注意しとく。でも、私を殺せなかった時点で処刑されるらしいから、あまり気負う必要はないわ。逃げれば勝ちって事だもの」


「随分と都合がいいな」


「裏切り者だもの。当然の待遇よ」


 魔国を裏切った男の前で言う台詞ではなかったと、ランサイアは後悔した。ビクターはかがんでランサイアに視線を合わせ、悪戯な笑みを浮かべた。


 気まずい。ランサイアは歯をきしませて、男から視線を逸らした。


「はは」ビクターが背筋を正して笑う。「性格の悪い人間は嫌いじゃない、見てて面白いからな。また会いたくなったよ」


「じゃあ、また会いましょう」


「生きてればな。それじゃあ、今日のところはお暇する」ビクターは肩から赤い杖を取り出し、ペン回しの要領で回転させる。空中が突発的に光り出し、彼はその閃光に吸い込まれるようにして消えていった。


 閃光が消えると、彼の姿はもうどこにもなかった。


「不気味ね……」ランサイアはサングラスをかけ直した。やはり魔人は自分の敵だ。バーで会った柊という男も、近いうちに殺そう。


 ランサイアは角のように束ねた髪をほどき、階段を降りて、誰もいなくなったビルの外へ帰っていった。


 汚い空が、彼女を厳かに見下ろしていた。



 大阪、穏健派本部。


 ライカーは怒りから、予備の杖を叩き折った。


「ランサイア討伐に本部は介入するなだと……?そんな舐め腐った要望が通るわけが……」


「介入禁止はたったの1週間だけだ。どうせ準備期間にそれくらいかかるだろ?頭を冷やせジーヴィス」


 なだめたのは、本部に身を据えるもうひとりの魔人、ファクターだった。


「しかしだな、ファクター……」ライカーは顔を押さえて食い下がる。「彼らが討伐をしくじった場合、全滅は目と鼻の先だぞ」


「そんなことにはならない」ファクターはきっぱりと言う。


 ライカーは歯がゆそうに腰へ手を当てた。


「我々にはタスクが山積みなんだ。お前は、大仕事にだけ目を向ける癖を治せ」ファクターが冷たい声で告げる。


 ライカーは何も言わずに立ち上がり、逃げるように会議室から歩き去っていった。


「ひゃはは!言いすぎだよファクター!あんたもひと言多い癖を治してね!」


 一部始終を見ていた女性が体をのけぞらせて笑う。


「轟!お前、少しは会議に参加しろ!」ファクターは鬼の形相で振り返った。


「はぁ!?してるでしょ!?話ちゃんと聞いてたから!どうでもいいから口出さなかったけど!」


 どうでもいい話だと?やはり聞いていないじゃないか。こんな無能連中を大仕事に介入させないのは正解だろうと、ファクターは頭を抱えた。

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