21ページ おもすれー女
その夜から、蓮と天夢は群青の部屋に戻ることとなった。
「あれからまた散らかしてると思ったけど、そんなこともないですね」病院から帰って部屋を見るなり、蓮はそんなことを呟いた。
「綺麗にしてから、まだ1週間しか経ってませんから」驚くのはわからんでもないが、群青は心外だったので強く言い返した。
無感情に笑って、蓮は白いリュックから新しいシャツを取り出した。
「ごーめんなさい、着替えるんでどっか行っててもらっていいです?」
ここは僕の家だぞ。覗くぞ。いや覗かないけど。
面倒くさいと思いながら、天夢が歩いていったキッチンへ避難すると、丁度彼女と顔を合わせた。群青はその顔をまじまじと見て、溜め息をついた。
「天夢さんも大変ですね……」
「いえいえ。蓮の性格にはもう慣れました」
「そういえば……ミス・アンドロイドと呼ばれてましたね。蓮さんがあなたを作ったんですか」
「ええ」天夢は少し嬉しそうに前髪をたくし上げた。
「でも、多くを語ることはできません。過去を問い詰めるのは遠慮して頂きたい」
「……わかりました」
群青の返事に満足したように天夢は頷いて、目の前にあったフライパンに油を敷き始めた。
え、夕食作ってくれるんだ……群青は軽く感動してしまった。
*
群青は味が薄すぎる野菜炒めを頬張った。この量を3人で食いつぶすには200年くらいかかるだろう……そんなことを考えながら泣く泣く頬張った。
「御馳走様でした」天夢は竜巻のように鯨飲馬食して数分で箸を置いた。連もあまり食べずに席を立ち、死ぬほど久しぶりに複数人で囲んだ食卓は見る影もなくなってしまった。
「ふぁぁ……」群青がようやく食べ終えた頃には、蓮はソファの上で天夢に肩を預けていた。
群青は皿にラップをかけ、その後、落ちていた毛布をふたりへかけた。
「よく寝てくださいね」
天夢は薄目を開いて、感謝するように微笑んだ。
それからものの数秒で、2人は幼い寝息を立て始めた。
疲れたんだろうな。群青はふたりの人間臭さに安心を感じた。
「……ふぅ。じゃあ、そろそろ行くか」
ふたりがよく眠れるよう部屋の電気を消し、群青は焦げ茶のコートを肩で羽織った。窓の外は気付かぬうちにすっかり暗くなっていた。
だが、そのくらいの時間がいい。群青は微笑と共に玄関へ向かった。
ドアを抜けると、外から鍵をかけ、手持ちのサングラスを着ける。見慣れた青い街灯に向かって、階段を下りていった。
*
「ああ、お前か。最近来てなかったじゃないか、群青」
「仕事で大怪我して……今日だって目を盗んで、気晴らしに来たんです」
「そりゃあ酷い。ゆっくりしてくといいさ」
「できればいいけど」
ベルのついたドアを抜け、やってきたのは3週間ぶりのロックバーだった。夜の街に半分ほど染まりつつ紳士的な空間が、群青には合っている気がした。
奥の方へ行くにつれて、段々と明かりが薄くなっていく。カウンターの中央に居座るモヒカンを睨んで、群青はステージの下にぽつりと置かれた椅子へ腰掛けた。
肩を落として音楽に聴き入る。今日のギターはなんとも音が軽くて苦手なカンジだ。思わず視線を横にずらした。
ふと賭場が目につき、群青はその場の騒ぎように興味をそそられた。痛い事を言っているバンドマンを無視して立ち上がり、ポケットを掻きながら雀卓の方へ向かった。
「おお、群青!聞いてくれ!そこにいる金髪の姉ちゃんが強すぎるんだ、俺も一戦したが――」
「わかったわかった、わかりましたから」賭場に行くなりやかましく話しかけてきたバーテンを一蹴し、群青は騒ぎの中心となっている女性へ目を向けた。
彼女は背を向けて雀卓を囲み、特徴的な薄い金髪をぶら下げていた。群青は背を伸ばし、遠目で様子を眺めた。
群青は麻雀初心者だったが、現在行われている局が一方的であることは相手の顔色を見るに明らかだった。あの顔で街を歩いたら、すれ違う全員から腹を下したのかと聞かれるだろう。
そんなことを考えながら眺めていると、局が終わったのか女性は席を立った。
「やる気ある?あなた麻雀向いてないわよ」そして相手に対し、こんな言葉を言い放った。
群青はやばい賭け狂いだー、と思った。帰ろうか迷った。
と、その矢先、女性は唐突に振り返って天井を仰いだ。そして視線を群青に向け、吸っていたヤニをその額に投げつけた。
「うお」群青は首を傾けて避けた。
「何見てんの?きもいわよ」正面から見た彼女は、薔薇のような顔をしていた。鋭い
「はぁ、最悪。あなたも賭けてみる?」
「嫌です」群青はとっさの判断で退かずに断った。いざという時は魔法使えるんだぞという自信は、こういう時に役に立つ。
一方で断られた女性は店中にガンを飛ばし、舌を打って歩き出した。
「待ってくださいよ」調子に乗った群青が声をかける。
女性は完全に無視して歩みを進める。群青は苛立って言葉を重ねた。
「名前は?」
女性の足が止まった。おもむろに振り向き、悪魔のような笑みを見せた。
「訊いて後悔する質問をしないほうがいいわよ、穏健派の柊くん」
大声でそう言い、彼女はバーを去っていった。
最悪な奴だな……群青は奥の歯がむず痒くなった。
いや、そんなことより、なんで僕の事を知っている?分からない……職場も自宅も知られているのか?バーで売った喧嘩は果たすものだ、あんなヤバい雰囲気の女性に寝込みを襲われてはたまったもんじゃない。
よし、しばらくここには来ないようにしよう。
胸騒ぎを感じながら、群青は酒を煽ろうとカウンターへ向かった。
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