24ページ 死合

「——何を教えてくれるんだ?」


 サーネチカは期待と苛立ちの混ざった顔を向けてくる。群青なもったいぶった口調で話し出した。


「僕も1度しか会ったことは無いし、それまでは存在も知らなかった。だがある程度のことは知っている」


「へえ」興味が薄れたような返事だった。だが、圧をかけようとする目つきに変化はない。


「あの人の実家は魔国でモルヒネを売っているらしい。殺すことはお勧めしない……現在住んでいる家については知らないが、本部の建物から半径数センチメートルと聞いた――」


 したたかに微笑を浮かべながら、群青は嘘をつき始めた。


「あと、彼の弱点は太ももが性感帯になっていることだ」流石にこれは訴えられたら負ける。


「狙うなら、よく休みをとる日曜がいいだろう……よく動物園に行っている」


 ジーヴィスの顔はどう考えても動物園に行く人の顔ではなかったがそんなことはどうでもいい。


「それ以上はよくわからない。ご不明な点がございましたら是非弊社ホームページまでお問合せください」


 群青が言い終えると、血管ビキビキのサーネチカは包丁を振りかぶった。


「元気そうでなによりだ。この世に別れを告げろ」


 ここだ。殺す!


獄線タキア・ラシア!」群青は神経の全てを注いで立ち上がり、サーネチカの首元へ指を当てた。


 驚きの声を上げる暇もない。首から脳へ耐えがたい痛みを流し、脳の動脈を潰す。サーネチカは後ずさり、段々と顔色を失くしていった。


「だァ……?」倒れそうになり、ギリギリのところで何度も踏ん張っている。群青は拳を固めた。


「形勢逆転だな」


 サーネチカは一瞬の出来事に当惑しているらしい、息がこれ以上ない程に荒くなっている。


 赤子の手をひねるより簡単な作業だ。群青はサーネチカの胸ぐらを掴んだ。


「ランサイアはどこにいる?それだけ言えばお前は放免する」


「ァ、ァァ……」


 うめき声を漏らすサーネチカの目が、徐々に充血していく。喋る余裕さえないのかと群青は思った。


 が、それは間違いで、群青の手に支えられていたサーネチカはゾンビのように自力で立った。


「舐め……腐るな――」真っ赤になった眼球で群青を睨みつける。「身の程を知れ、この原始人が……ァ……」


 言い放つと、驚くほどの力で群青の腕を掴み、自らの首から引きはがした。


「うッ」あまりの握力に群青は顔を歪めた。


「どう……した?ギィ、逆転したんじゃなかったのか?」サーネチカは歯茎から血を流しながらせせら笑う。


 なぜ死なないどころかここまでの力を出せる?群青は戸惑った。手を引き抜こうとするが、重機に挟まれたように動かない。


???ティーキー」群青は最後の魔力を惜しみながら使用した。


 腕が根本から粉になり、袖から流れ落ちる。自由になった群青は後ずさった。


「ふざけるのもいい加減にしろよ――ゴファ」サーネチカは吐血しながらも、空いた左手を突き出す。右手がないことで群青は防ぐ事ができず、拳をモロに喰らう。頬の肉が千切れ、至るところで内出血が発生した。


「私は、死ねない遺伝子を組み込まれていてね」サーネチカはよろめく群青を見下ろしながら口元を拭う。「お前は逃げられないんだ」


 とは言いながらも、サーネチカの体は大砲を打ち込まれたピニャータのように限界だ。力はあろうが動きは遅いと見える。


 群青は背を向けず、出来る限りの速さで下がった。


「逃げられないと言っているだろ」予想通り、サーネチカは千鳥足で追ってきた。


 距離を置いて殴り合えばいずれ動かなくなる……群青は腹を決めた。


「ハァ!」浅く踏み込んで、顎を狙った拳を放った。それが空を切ると同時に、反撃の目潰しが飛んでくる――群青は咄嗟に屈んで躱した。


「遅いぞ!」足蹴を腹へねじ込む。


「ガハ!!」サーネチカは後ろに飛んだ。飛ばされたのではなく、自分で飛んだと見える。ダメージ軽減のためか。


 だが、あと数歩下がれば壁である。群青は体をひねって足を薙いだ。


 想定通り、後方へ飛んで躱される。直後、サーネチカの後頭部がアスファルトに激突した。


「破ァ!!」全力で踏み込み、顔面を鷲掴みにする。そのまま、サーネチカの頭を壁に叩きつけた。


「ギィ!!ギィ!!」人間のものとは思えない悲鳴が鳴る。群青は締めに腹へ蹴り込んだ。


「ゴッ。バ……」サーネチカは片膝をついた。死ねなかろうと相当に効いたはずだ。


 壁横を這うように移動しながら、彼女はうらめしそうに群青を睨んでいる。


「不平等だよなぁ……私が一般ぴーぽーなら最初ので死んでる。気持ち悪いよ本当に。殺したい、いいや、殺す」


「知った事か」群青は語気を強くした。


「いや……死ぬんだ……お前だけ……。お前だけで死んでくれ!!!」サーネチカは狂気の笑みを浮かべ、駐車場の隅で壁をぶっ叩いた。


「な――」よく見ると、その壁には赤いスイッチがついていた。元からついていたとは思えない場所。


 サーネチカの頭上から、くすんだ銀色のケースが落下してくる。目を見張る群青をよそに蓋を開けると、そこからは2丁の赤いマシンガンが出てきた。サーネチカは軽々と掴み、群青の顔面に照準を合わせる。


「執行する!」奴はしたたる血と共に呟いた。


「クソッ!破傷ティーキー、解除!!」群青は慌てて口走った。


 空洞であったマシンガンの銃口にあぶくのような肉塊が出現し、鋭い音を立てて銃口ごと破裂した。


 それと同時に、群青の右手がじわじわと再構築されていく。その筋肉は僅かに失われていた。


「片方を封じるのが限界か……」群青は残されたもう片方のマシンガンを睨んだ。


「さっき消えた腕の一部を銃に仕込ませたのか?……チッ、不愉快だ。だが問題は無い」サーネチカは舌を打ってガラクタとなった銃を捨て、1丁だけになったマシンガンを構えた。


 これはまずいな……群青の額に冷たい汗が流れた。暗闇に慣れてきた視界に柱を発見し、すぐさま駆け込む。


「さあ、これで日本の魔人はあと2人だ!!」


 直後、サーネチカは弾倉を握り潰すいきおいで引き金を引いた。銃弾が豪快に跳ね始める。


「柱ごと消し飛ばしてやらぁ!!」猛りながら近づいてくる。


 群青は忍び足で隣の柱へ駆け込んだ。


「次はそっちか!!見えてるぞ!!」


 クッソ!こんな狭い駐車場じゃ弾切れまで逃げられない!アスファルトの柱が削れる音が響く。


「柱が折れても、お前が柱から出てきても、未来は同じだ死ぬだけだ!」


「畜生——」先程まで乱射を受けていた柱を一瞥すると、数弾埋まっているのが確認できた。現在隠れている柱もそう長くはもたないだろう。


 魔力は死んでいる。使えそうなのは捨てられた銃と……壁のスイッチだけだ。


「チィッ!」群青は決死の覚悟で駆け出した。柱を出てから一定の間をあけ、銃弾が追いかけてくる。


 肩とあばらに被弾しながらも、群青はスイッチに最も近い柱へ滑り込んだ。


「痛ってぇな――」さて……ここからどう動こうか。あと数発、急所に喰らったらスグに仏様だ。


 そして考えている暇さえなく、柱裏から爆竹のような破裂音が近づいてくる。ついに、鈍い音を立てて柱に大きな亀裂が走った。


「ふっざけんな!!」舌を噛み、壁に向かってスタートを切る。


「逃がさん!」今回のサーネチカは反応が早かった。一瞬にも満たない隙にコメカミを抉り取られる。


 それでも群青は踏ん張り、紙一重、左手の中指でスイッチを叩いた。


 すぐさま切り返し、柱の裏に戻る。そのうちにも、首筋の血管が何本も吹き飛ぶ感覚があった。


「グヴっ!ハァ――ハァ……!」遠のく意識を引き留めてスイッチの方向を見る。天井から、僅かに光が差し込んでいた。


飛翔サイプ!!!!」残存魔力も確認せず、無意識下で叫んだ。あまりに力を込め過ぎたのか、青白い光に包まれた群青の頭が一瞬で天井に激突した。


「ゴキブリみたいに!足掻くのもいい加減にしろ!」銃弾の弾幕は上方へ向きを変え、苛烈さを増幅させた。


「いっでえ!」群青は顔を歪め、天井に背中から張り付いて光の差すほうへ向かう。ここからは真の運ゲーだ。


 残り4メートル。顔の前でガードを組んだ腕に銃弾が1発突き刺さる。


 残り3メートル。跳弾が足首と左手の甲を貫通した。


 残り2メートル。顎の端に直撃を喰らった。骨が豪快に砕ける。


 残り1メートル。被弾は無し。天井に開いた扉が閉まり始めた。


 残り0メートル。指の端を扉に引っ掛ける。群青の魔力が限界を超え始めた。


「開け……ゴミ!!」扉をこじ開け、差す光の量が格段に増えた。群青は水面に出る魚のように頭を突き出した。


「無防備晒したな!!」サーネチカが吠えた。


 群青は全身の筋肉を奮い立たせ、扉の上へと上がった。最後の土産に、太ももへの銃弾を喰らいながら――。

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