12ページ ゴミ屋敷

「無理です無理です!とても人を泊めれる部屋じゃありまッせん」


 なんとしてでも門前払いしなければ絶対にまずい。そもそもなんで俺なんだ?ビジホにでも行ってくれ。


「そこをなんとか!未成年と言ったら、家出だと思われてどこも相手にしてくれないんです!野宿しようとしても誘拐されかけて!頼みます!」


 前世ヒトラーなの?


「じゃあ知り合いの家まで送るんで……うちだけは勘弁してください」


 下唇を噛んで食い下がる。頭に浮かべた数人の友人に祈りを捧げながら、靴箱に置いたスマホをつけて通話履歴の最上部へ爪を立てた。


「今、家か!?」繋がるなり、大声を張り上げる。


『いや、みんなと飲んでるわ……お前も誘ったけど断っただろ』帰ってきたこたえは無慈悲なものだった。


「あぁ!!!わかった、ごめん」


 そうだった畜生、よりによってこんな日にあいつら全員同窓会なんだ。通話を切って歯ぎしりする。


「すいません、同僚にもかけてみます」


 振り返ると、蓮が周囲を見回しながらせわしなくつま先を鳴らしていた。群青は急いで先輩の番号にかける。


『もしもしー。何?オフィスになんか忘れた?』通話時の癖なのか、日黒先輩の声は普段より高かった。


「みなさんまだ仕事中ですか?」思いがけず早口になってしまった。


『……うん、全員』


「あっ、すいませんでした。切ります」群青は肩を落として自分から切った。


 またしても空回りか……職場も無理となると、あとは親族か?いや、群青に親族はいない。近隣の人とも、さして仲がいいわけではない。


「駄目じゃん……」群青は頭を抱えた。このまま鍵まで閉めてしまおうかという考えが頭をよぎったが、そこまで倫理観が腐っているわけでもない。歯を食いしばりながら、力んで震える掌を客人へ差し出した。


「玄関だけ片付けるんで……それまで待っていてください」


「あっ、はい」はっとしたように、蓮は視線を前へ戻した。群青はある違和感に首を傾げた。


「そういえば、天夢さんは?」


「あの子は」蓮は真下を指差す。「疲れて寝てしまって、ここまで運んでくるわけにもいかなかったので道路の隅っこに置いてきました」


 群青は聞かなかったことにしてドアを閉め、玄関に戻った。たまりにたまったゴミを片っ端から台所のレジ袋に詰め込み、それをまた台所に返していくという究極のその場しのぎを終えると、汚れた床が見えないように押し入れから出した網目模様のカーペットだけ敷いた。


「どうしよ……」群青は絶望して白黒の床を見下ろした。路上よりかマシだが……人の寝る場所ではない。奥の部屋に至ってはインドの生水くらい汚い。


 悩んだ末、群青は後頭部を掻きながら外に出た。


「天夢さんだけなら入れられますけど……」


「そうですか……じゃあ、運ぶの手伝ってください。あと、私も入れてください。どれだけ汚くてもいいので」


 群青は密かに舌を噛む。惰眠でもとって休もうという気分は完全に消し去られた。



 群青は仰向けになった天夢をまじまじと見た。小さく開いた口から腹に置かれた左手、組まれた足まで、よく見ると綺麗な人だ。猫のような目を閉じていることもあって、寝ている彼女は穏やかな雰囲気を纏っていた。群青の心底にあった彼女への恐怖心も少しは和らいだ気がする。


「でも、本当によかったんですか?こんな場所で寝かせてしまって」


「天夢は清潔さとか気にしないからどこでも寝れますよ」蓮は無垢に笑ってリュックを降ろし、天夢の隣に座った。「あたしは全然、寝なくても大丈夫なんで」


 群青は疲れていた。重いまぶたを上げて壁際にへたり込み、前髪を横に払って連と目を合わせる。


「はぁ」浅い溜め息を漏らした。「マジすいません、こんな家で」


「いえ、我儘言って本当に申し訳ないです」蓮は苦笑して腕を組んだ。「なんなら片付け手伝いますか?私も一人暮らしでしたから大変さ分かりますよ」


 そういう気遣いが恥ずかしいんだ……。群青は奥の部屋へ続く扉と睨みあう。


「うーん……いや、遠慮しておきます。あそこに入ったら、命は保証できません」


「はは、それなら余計に掃除しなきゃ駄目ですよ」蓮は口に手を当て穏やかに笑った。


 そりゃまあ、礼をしてもらう分には嬉しいが……ズレている気がする。少なくとも群青は掃除したくないので、なんとか代案を出そうと思い悩んだ。



「うわー……これは……酷い」目を逸らした隙に蓮が扉をこじ開けてしまう。


「え、ちょ」


「床見えないじゃないですか、業者レベルですよこれ」


「ちょっと待って」


「ありゃー!散らかりに散らかったキッチンで絡まったコンセントが埃まみれ!スリーアウト!」


「待てって」


新手あらての事故物件なんじゃないかなこれ」


「やめてくれ!!!」


 群青は両手で地面を叩いた。心に刺さった刃物は深く深く捻じり込まれ、指で触れられない場所まで到達してしまう。


「ク……!わかりました……ッ。掃除しますよ!はい!よろしくお願いしますね!!?」


「よし天夢、起きて!緊急!地獄の作業の始まりだよ!」


「地獄言うなって」

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