14ページ 意志を確かめるため

 話し合って決められた天夢たちの処分内容はこうだ。


 穏健派にとって許せない敵であることは間違いない。だが彼女にも理由があって排斥派を裏切ったことは承知。そのため、穏健派への忠義を示す「ある任務」を遂行してもらえば、厳しい条件下で味方につけようという話になった。そしてもし失敗した時には、命を持って償ってもらうのだ。


「ロシア排斥派軍の総司令官、ランサイア・スカーレットの暗殺……随分と物騒な大仕事だね」書類を渡され、蓮は溜め息をついた。天夢は酷く落ち込んでいて、話し合いには参加できなかった。


「奴は我々にとって目の上のたんこぶなんだ。奴の首を持ってくるか、自分の首を洗ってくるまで、この場所には来ないで貰いたい」上官は最後にそう付け加え、ふたりを事務局からつまみ出した。


 ――猶予は2週間とかなり短いが、こっちだって本気で来たんだ、絶対に成功させる。蓮は事務局のビルを見上げ、強く誓った。



 群青が家に帰ると、しばらく居候すると思っていたふたりの姿はどこにもなかった。書き置きの紙屑があったので見てみると、


『探さないでください。任務のため、私達は本気で暗殺に取り組みます。任務が成功したら、また会いましょう』と記してあった。


 あのふたりはどうやら完全に排斥派を裏切ったらしい。もし本当にロシアを潰してくれるなら、こちら側——穏健派——にとってはこの上なく美味しい話だ。


「ま、僕にはあんま関係ない話か」綺麗になった部屋に見惚れながら、群青は夕飯の支度を始めた。


 作り置きのカレーが温まると、ぼけっとしながら米の上にかけた。少しこぼれたのを無視しかけたが、せっかく掃除したんだからときっちり拭いておいた。


「いただきます」


 食べながら、いろんなことを考えてみた。


 結局、天夢は何者なんだろう。ただの人間だと考えるのは馬鹿すぎる。サイボーグとか、魔法で強化されたアスリートとかだろうか。次会った時に聞いておこう。


 次に問題なのは同僚のことだ。ふたりが任務を成功させたとて、日黒先輩は納得するだろうか。他の先輩だって、天夢のことを目の敵みたいに見ていた。


「難しいねえ……」頬杖をついてスプーンを置いた。僕は誰に振り回されていけばよいのだろうか。


 ふたりのために残しておこうかと迷った末、鍋に蓋をし、群青はソファへ身を投げた。



「ランサイアは情報戦において世界最強と言われる智将だ。顔も割れていない……ひと筋縄ではいかない相手だな。会ったこともない。だが未来のためだ……絶対に死んでもらう」


 蓮は真夜中のネカフェの個室で天夢に説明して聞かせた。どうしてロシアの総司令官がターゲットに挙がったかと言えば、彼女ランサイアがちょうど今、日本に来ているという噂が立っていたからだ。


「だがそれも確証はない。何らかの方法で奴らをおびき出すしかないだろう」


「そうですか……」


「なんだ、まだ落ち込んでるのか」蓮が心配すると、天夢は手首の腕時計をこちらに見せてきた。


「私が事件を起こしたせいでこうなって。結局、誰かが死なないとなにも始まらないじゃないですか」


「そんなことはない」蓮は強く否定した。「誰かが死んだときに迎えるのはある種の終わりだ。生き残った奴は故人の何かを引き継いでいるだけだよ」


「そういうもんですかね……」天夢は薄型のモニターに映った監視カメラの映像を見た。大阪全域を精密に監視できるものだが、天夢は映像の中身に興味は無かった。


「……私の目的は戦争の終結です。排斥派からも、穏健派からも、罪なき遺体を出してはならないと思っています」


「偉すぎる」蓮は感銘を受けた。人殺しに躍起になる自分なんかより余程人間が出来ている。


「ですが」天夢は続けた。「もしそれが不可能ならば、私は怪物となって排斥派をその思想ごとこの世から消し去ろうとも思っています」


 蓮は心を揺さぶられたが、天夢の言おうとしていることはわかった気がする。


「早い話……君も、ランサイアのことは殺りたいと願っているわけかい?」


「当たり前です。私は、裏切り者ですから!」


 蓮の顔がぱっと明るくなった。


 拳の先を打ち合わせ、ふたりは息を合わせてモニターと向かい合った。


「よっしゃ、そうと決まれば……まずはランサイアの顔を知りたいな。天夢、ハッキングしたいから手伝ってくれないか!」


「ホワイトハッカーが聞いて呆れますね!」


 蓮はお馴染みのパソコンを取り出すと、残像が残るほどの速さでコードを打ち込み始めた。もともと所属していた組織で、サイバー系統の技術は片っ端から叩き込まれている。しかし――。


「チッ、軍となると、さすがセキュリティは固いな」蓮の舌打ちを聞いて、天夢はくすっと笑った。


「笑うな!うん、笑ってる場合じゃ……。うんん?え、ちょっと待て、おいおい、本当に笑っている場合じゃない……このセキュリティ……」蓮ははじめ笑い返していたが、パソコンと向かい合いながら段々と顔色を失っていった。天夢が覗き込むと、画面にはおびただしい数の文字列と真っ赤なウインドウが無尽蔵に生成されていた。


「やばい!逆探知されてる!?頭おかしいだろ!!」蓮は全身の毛を逆立てて文字列を全て消した。


 ノートパソコンを閉じた蓮は冷や汗ダラダラだった。


「ハッキング開始から1分も経ってないのに、もう57%も逆探知されてるなんて……天夢、こいつは……とんでもないな。ランサイアは既に、こちらの存在に気付いている」


「楽しそうですね」天夢はのんきにそういった。


「楽しくないよ……ただ、久しぶりに本気出そうと思った。骨が折れるよ」


 蓮は腕をまくり、ノートパソコンに15本ものUSBを差し込んだ。


「天夢、今度は監視カメラで日本中をカバーできるようにしてくれないか。その間に、あたしはこの脳筋馬鹿糞強セキュリティをこじ開ける」


「お好きに」天夢は武者震いする蓮の頭をさすると、すぐさまネカフェから飛び出していった。

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