15ページ 情報戦最強につき。

 次の日、群青は職場で日黒先輩に会うなり、無言の圧をかけられた。


「えっと、昨日の件ですか?申し訳ないと思ってます、いきなり気絶させて……すいませ……」


「違う、そうじゃない」


「え?」頭を下げかけたところで、群青は顔を上げた。じゃあなんの話だろうか。


「柊、覚悟はあるの?」


 先輩は生真面目に聞いてきた。が、群青はどうも意味が分からない。


「覚悟って、なんの……」


「新聞で出てる」彼女が差し出した新聞はつやがあって、見るからに今日の物だった。そして、大見出しを見た瞬間、群青は発狂しそうになった。


『大阪の穏健派が暗殺を計画しロシアに宣戦布告』そんな文字が堂々と書かれていたのだ。


 先輩は腰に手を当て、群青の額に指を押し付けてきた。


「私が寝ている間になにがあったかは知らないけど。あの女が関わっているんでしょう?こんなこと宣言するだけの覚悟はあるんでしょうね……私は心配なんだけど」


 あの女というのは天夢のことだろう。間違いではないが、なぜ新聞なんかに書かれているのだ?覚悟もなにも新聞に書かれることがあまりに想定外だ。


「僕らは確かに話し合って、この内容を決めました。でも彼女に暗殺命令を出したことを外部の人間が知るはずがない……。そもそも、もとから新聞社に取り上げられるほどの信憑性を持った情報じゃないんですよ、これは」群青は頭を抱えた。


「知らないよ、そんな事。誰かがリークしたのか、盗聴でもされてたんじゃないの?」


 リークするにしても、こんな堂々と?ありえない。もしスパイだったとしたら、そいつは余程の間抜けだ。と、いうことは。


「盗聴か何かの方法で情報を入手し、公に流したんでしょう。敵は僕らを既にモニタリングしている」


「え?こわいよ」先輩は身震いした。これは非常事態だ。もし本当に全て筒抜けなのだとしたら、こんなバカげた上昇収集能力を有している人間はひとりしか思い当たらないからだ。


「ランサイア・スカーレット……本当に日本にいるのかもしれない」


 その言葉に、多くの先輩が振り向いた。それもそのはず、自分たちがターゲットにされたら、どれだけの大損害を出すか知れない相手なのだ。


「あの嬢ちゃん、生きて帰ってくればいいが……」業田先輩が冷や汗をかきながら呟いた。



「チックショウ、どれだけの暗号を解いてると思ってんだ!」暗い部屋の中、座りっぱなしで10時間、ぶっ通しのハッキング作業が続き、蓮の苛立ちはいよいよ頂点に達していた。逆探知を回避しながら制限時間内に高次な数式を解くことは、いくら天才でも片手間にはできないことだった。


 しかも先程、天夢から連絡があった。人工衛星の操作権を強奪し、日本中の監視カメラの映像が見れるようになった……と。娘がせっせと働いているのに自分は未だにサーバーのファーストロックも解除できていないことが、蓮には途轍もなくむずがゆかった。


 蓮はとうとう台パンした。少しストレスから解放された気分になると、また爪を噛みながらのハッキング作業に戻った。


「ただいま戻りました」暫くして昼間が近づいてくると、天夢がネカフェに帰ってきた。


「でんむぅう、こいつキモいよぉ」蓮はすぐ抱きついて、天夢の体を揺すりながら泣きついた。


「そんなキャラでしたか……?」天夢は引き気味で連を引きはがした。


「それで、進捗は?」


「そんなもんはない!」蓮は怒りをあらわにして言った。「おかしくなりそうだ、こんなに上手くいかないのは自転車の補助輪を外した時ぶりだよ」


 そういってまた、作業に戻る。


 天夢はひそかに面白がって、ぶっきらぼうにエンターキーを叩く連を観察し始めた。


 何回失敗したかも分からなくなった頃、蓮はいったんマウスから手を離し、痛そうに目をこすった。


「目が疲れた……あとどのくらいやればいいんだ」


 流石に辟易してきたのだろう、蓮は毛布にくるまって動かなくなった。パソコンが嫌なうなりを上げて勝手に処理を進めている。


「天夢……あたしはここで一生を終えるのかもしれない」


「元気出してください」


「一方的に場所がバレて、無数の殺し屋とか送り込まれるのかもしれない」


「蓮」


「生まれ変わったら魔法が使えるようになりたい」


「蓮!」天夢は正気に戻すべく、彼女の肩を揺さぶった。


 しばらくされるがままに首をぶんぶん振っていた連だったが、やがて毛布から出て再びパソコンと向き直った。


「ごめんごめんごめん。諦めるにはまだ早いよね」やる気を取り戻したように首を鳴らした。天夢は安心して彼女から手を離した。


 そして蓮は、画面上に映った文字列を見て唖然とした。開いた口がふさがらないとはまさにこのことである。


「どうしたんですか?」様子がおかしいと、天夢も画面を覗き込んだ。


 そこではなぜか、ハッキングが成功していた。


「マジかよ……」蓮は口元をピクピク動かして笑った。


「良かったじゃないですか」


「ああ、ああ!やった!」蓮は満面の笑みを浮かべ、パソコンに刺さったUSBを抜き取った。あまりに落ち着いた動作だったので、天夢はさっきまでとのギャップに目を丸くした。



「ふぅ……」すべての操作が終わってパソコンを落とすと、蓮は興奮冷めやらぬ様子で天夢と顔を見合わせた。


「前言撤回。順調な滑り出しだ。希望に満ちているよ」蓮は満足そうな顔をして、毛布の中にうずくまった。


 蓮たちは、ランサイアの顔写真——仮面をつけた状態のものだったが――を手に入れた。ここから、生きるか死ぬか、ランサイア暗殺が始まった。



「まんまと引っかかったわね。お馬鹿なハエだこと!自動解析でハッキングしたことによって、こちらは逆探知がし放題。全て筒抜け。この私を狙おうなんて1兆年早いわ!せいぜい私の掌の上で、不細工なダンスを見せて頂戴」


「調子いいようだな」


「当たり前でしょ?あの子たちがちょうど私に矛先を向けるなんて、こんな偶然めったにない。じっくりいたぶって格の違いを見せてあげなきゃあ」


「ハッ!陰湿な女は怖いな。ソフィー、お前はこんなのにはなるなよ」

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