第58話
夜が明けてしばらくすると扉をノックされ、応えると女性の神官が現れた。
「お食事のお時間です」
「はい」
とりあえず外には出られるらしい。
さて、どうしよう。
隙をついて逃げ出してノイシュくん達を探すか、いやでも朝食時にノイシュくん達も来ているかもしれない。
それにここはリーゼル様の本拠地。
騒ぎを起こして対立の種を作るのは得策じゃない。
しばらく歩いて大きなドアを開けると、ノイシュくんとリリィはすでに座っていた。
「サハラさん!ご無事だったんですね!」
「こっちのセリフだよ。ノイシュくんもリリィも無事で良かった」
案内された席に座りながら二人の安全にホッとした。
俺が座ると次々と料理が運ばれてきた。
「おお!美味そう!」
「サハラさん、お行儀が悪いですよ」
ノイシュくんに嗜められてこんな状況でも普段通りのようで安心した。
「お兄様は?ご一緒に食べないのだわ?」
不安そうな表情でリリィが尋ねる。
「教祖様はもうお食事を召されて執務に励んでおります。どうぞ御三人でお召し上がりください」
「分かったのだわ」
少しむくれてリリィが籠に盛られたパンに手を伸ばした。
俺もとりあえず出された朝食を食べ進めるとノイシュくんから側に居た神官に問い掛けた。
「僕達はこれからどうなるのでしょう?」
静かな問い掛けには静かに返された。
「しばらくこちらに滞在していただきます。現在、色々と問題がありましてそれが解決するまではこの神殿に居ていただきます。大丈夫です。教祖様がすべて解決してくださいますから」
にこりと最後に微笑んで締められた。
なんというか、最初に来た時に出会った神官と違って人間味がないというかなんというか。
最後のデザートを平らげて、俺も質問した。
「問題ってなんですか?」
「それは申し上げられません」
変わらぬ微笑みで言われて、これ以上聞けそうにはなさそうだと切り上げた。
朝食が終わると自由時間になったので、みんなで集まって今後どうするか話し合うことになった。
今朝も広く感じたけれど、備え付けの応接室で集まっても広々とした雰囲気だ。
もしかしていい部屋なんじゃないだろうか。
こんな待遇までして、本当に危害を加えるつもりはないんだろうな。
「いやもうまじでどうする?」
「問題とはなんなのでしょうか?」
「お兄様、本当はリリィのこときらいだったのかしら」
リリィは涙声だ。
「そんなことないって。リーゼル様もリリィのこと好きだからこうして無傷で歓迎されてるんだろ?…監禁とも言うけど」
「サハラさん!」
「悪い」
「お兄様、お兄様の問題をリリィが解決すればリリィのことまた好きになってくれるのだわ?」
「それは分かりません。あと、サハラさんが実は魔王として喚ばれたこと、今まで招かれた異世界からの召喚者も魔王になるために喚ばれたことも、考えなければなりません」
そう言われて、俺は昨日と変わらぬ俺の心の内を告げる。
「俺はさ、勇者とか魔王とかそんな肩書きじゃなくて普通にこの世界で生活したいよ。もちろん困ったことがあったら力を貸したいし、リーゼル様がまた新しい魔王を召喚してみてこの世界に危機が訪れたら戦ってでも守りたい」
俺の言葉にノイシュくんとリリィはきょとんとすると、ちいさく笑った。
「サハラさんは、もう勇者だと思いますよ」
ノイシュくんが笑ってにこりとすればリリィは俺の座るソファの裏に回ってきて、俺の頭を撫で回した。
「これだからリツはリツなのだわ!」
「なんだよ、やめろって」
そんなに変なことを言っただろうか?
ノイシュくんが伸びをして一息ついた。
「勇者なんて誰が決めるものでもないかもしれませんね」
「そうですね」
いきなり現れた見知らぬ声に全員がそちらを見ぬと、とても美しい女性がそこに居た。
「ちょっと失礼」
そう言いながらリリィが座っていたのと反対側に座る。
えっ、誰?
「どなたですか?」
「今言ってもいいんですけどね、ちょっと待っていてください。夜、私の行きつけの居酒屋が開店したらご説明します」
いや、誰というかもはや何?居酒屋?えっ?呑みながら話すの?大歓迎だけど?
二人を見ると困惑している様子で目が合った。
もう一度美人なお姉さんに問い掛けようとすると、その姿はどこにもなかった。
夜、お姉さんはどこからともなく現れて、あんなに屈強な結界も軽々破いていつのまにか赤暖簾が哀愁漂う居酒屋の前にいた?
案内された席に座ると、お姉さんがどんどん注文していき、各自に飲み物を尋ねて店員さんに注文していく。
この手捌き、慣れているな…!
俺が感心していると、お姉さんは突然語り出した。
「勇者もしくは魔王として他の世界からモノが喚ばれた時、こちらの世界はその余波で呪いが振り撒かれます」
お姉さんは淡々と運ばれてきたたこわさを食べながらとんでもないことを言う。
「そして、その負のエネルギーは魔王の生命を助力します。つまり、儀式を行うことが魔族としても未熟なリーゼルと年若きリリィにとっての生命線になるのです」
ぐいっとビールを呑みながら話していい話じゃないだろう。
「私様とお兄様が、召喚の儀式によって生き永らえている?」
「その通りです」
枝豆から丁寧に中身を取り出していて食べる姿すら美しいが、まじで呑みながらする話ではない。
召喚システムと魔王の重要な話だ。
それはそれとしてビールは美味い。
麻婆茄子も美味い。
「なるほど」
と、先程から四文字しか返せなくなっている俺と自分と兄が原因で異世界から人を喚び、更には魔王として消費の激しいリリィのためだと知らされてショックを受けている。
「お兄様は、ご自身と私様のために?」
リリィが顔を青ざめる。
「そうですよ、リリィ」
にこり、と首を少し傾けると美しい髪が肩から流れ落ちた。
「いえ、たとえそれが真実だとして何故あなたが存じ上げているのですか?あなたは何者なんですか?」
お姉さんは届いた魚の照り焼きを綺麗に捌く。
「あの子、リーゼルが進行している女神見習いですわ」
ようやく魚の照り焼きから手を離し、小皿の上に箸を置いた。
いや、めちゃくちゃ食べるな、この自称女神。
でも、美人でよく食べて魚の捌き方も上手いなんて理想的じゃん。
自称女神じゃなかったら恋してるとこだったわ。やばいやばい。
「あなたがリーゼル様が信仰する女神という根拠というか証拠は?どっからどう見ても急に現れた不審な大食いお姉さんなんですが」
ノイシュくんは呑んでいないだけあって、なるほどしか言えなくなっている俺と違って進行をしてくれている。
こういう時、本当にありがたい。
とりあえず五杯目を呑んで、冷奴を食べる。美味い。
リリィはショックでさっきからデザートのコーナーから夜パフェとかっていうのを順に選んで食べている。
沈黙が重い。
ノイシュくんの問いに自称女神は突然背後を発光させた。
「神とは信仰から生まれるもの。ですから私はリーゼルから生まれたことになりますね」
店員さんから他のお客さんに迷惑なんで発光はやめてくださいと即注意されてすぐにやめたけれど、確かに神々しい光だった。
パフェから顔を上げて少し目元が赤いリリィが女神に言った。
「あなた、お兄様のお母様にそっくりだわ」
その言葉に女神は微笑んだ。
「マザコンとシスコンを拗らせていますからね」
誰もが思っていても言わなかったことを言いおったぞこの女神!
もう言葉に出せるのがなるほどしか言えなくなっていても、内心は正常のつもりだ。多分。
「では、リーゼル様の抱える問題もご存知なのでですか?」
「ええ。もちろん。新たな魔王候補を召喚して、役に立たなかった佐原律の代わりに魔王としてリリィの代わりを務めさせて魔王という消費活動からリリィを解放させることです」
もぐもぐと沢庵を食べながら締めを何にするか選んでいる。
いや、結構な重大なことを言っていないか?
新たな魔王候補?リリィが魔王じゃなくなる?
それは、世界的に大変なことじゃないのか?
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