第56話

また丘を登り神殿に赴く。

今日は朝から来たせいか、巡教の信者が大勢集まっていた。

きちんと列に並び、順番に門から入っていく。

俺達の目的は教祖様に会うことだけれど、よくよく考えたら普通には会えないよなぁ、と集団に流されながら歩いているとリリィが俺とノイシュくんの腕を引っ張った。

「何を大衆と共に歩いているのだわ!お兄様にお会いするんでしょう!」

プンスカしながら集団から離れて途中の通路に入っていく。

慣れた様子で歩いている様は神殿内部に馴染んでいるようだった。

「リリィはここに来たことがあるのか?」

「もちろんなのだわ。お兄様が引き篭もっているせいでお会いするにはここに来るしかないのだわ」

肩を竦めて頬を膨らませる。

なるほど。活発妹と引き篭もり系兄か。よくあるやつだな。

俺が一人頷いている間にもリリィとノイシュくんは先に進んでいくので俺は慌てて追いかける羽目になった。

「お兄さんの名前はなんて言うんだ?」

ようやく歩幅を合わせてリリィに尋ねるとリリィは得意気に、高らかに言った。

「私様のリと同じ文字が入っているリーゼルお兄様なのだわ!リツも覚えておくといいのだわ!」

名前が一文字同じなだけでも嬉しいらしい。

ブラコンだなぁ。俺もリリィのこと妹みたく思っていたけどやっぱり実兄には勝てないか。

なんとなくリリィの頭を撫でてやると「せっかくセットした髪型が崩れるのだわ!」なんて普段は言わないようなことを言われて拒絶された。

まったくリーゼルさんに勝てない…!

肩を落とすとノイシュくんに慰められた。

妹みたいな友人には振られたけど、弟みたいな友人は優しい…いや、時々手厳しいけど。

メソメソするのをノイシュくんに支えられながらリリィの後を追って行った。


しばらく進むと白い壁に埋もれるように質素な白い扉があった。

リリィがノックもせずに両手でバシンと叩き開いて叫んだ。

「お兄様!」

おい、蝶番が壊れてるぞ。

俺が哀れな姿になった蝶番を見ながらゆっくりリリィの視線の先を見ると白いゆったりとした装束に身を包んだ男性が椅子に座っていた。

「やあ、久し振りだね。リリィ。会いたかったよ」

「なら会いに来てくださればいいのだわ!こんなところに引き篭ってばかりで…まだ神とやらに祈りを捧げているのだわ?」

「うん。神こそ僕たちの絶対の存在だからね」

その言葉にリリィが顔を顰める。

「まったく!神なんて崇めずにもっと私様に構うといいのだわ!」

リリィは尻尾があれば全力で振り回していただろうという勢いで兄、リーゼルに抱き付いた。

「紹介するのだわ!こっちはリツとノイシュというのだわ!」

俺達は慌てて頭を下げた。

「初めまして、教祖様」

「お目に掛かれて光栄です」

「ああ、あの噂の勇者と王子ですね。前回訪れた時よりだいぶ大きくなりましたね。息災のようで何よりです」

にっこり微笑む姿は儚げな美青年だ。

「ありがとうございます、教祖様」

ノイシュくんがまた恭しく頭を下げた。

「ところで、リリィは僕に何か聞きたいことがあるんじゃないかな?」

「そうなのだわ!私様、お兄様に会うだけじゃなくて聞きたいことがあるのだわ!」

リリィが思い出したように両手を叩いた。

「お兄様、お兄様がリツを召喚したって本当なのだわ?」

えっ、まじで!?

思わずリーゼル様を見るとにこりと微笑まれた。

「その通りですよ」

「なんでなのだわ!?今更勇者なんて必要ないはずなのだわ!私様の治世が上手くいっているのになんでそんなことを…」

リーゼルさんは鉄仮面かと思うほど微笑みを崩さなかった。

「三百年前にも他の世界から人を召喚しました」

「そんな…そんなの、文献のどこにも。どこの国が勇者を迎え入れたんですか?」

ノイシュくんが食い付いた。

「いいえ。迎え入れませんでした。彼には勇者になり得なかった」

ゆるりと首を振ったかと思ったら再度見つめられる。

ぞわりと背筋が震えると思ったらリリィが俺の前に飛び出して庇ってきた。

「お兄様、邪眼を使うのはフェアじゃないのだわ」

「おや、リリィ。この人間が大切なようですね」

「当たり前なのだわ!リツと私様は親友なのだわ!」

「そうか。それはそれとして今まで招いた勇者とやらは勇者ではないよ。僕は新たな魔王になるべく存在として喚んだんだ」

みんなの視線が俺に集まった。

「俺が、魔王?」

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