第55話
神聖国家といっても高台に厳かな建物がある以外普通の街並みと変わらなかった。
「リリィのお兄さんはやっぱりあそこ?」
「そうなのだわ!ずっと神殿とやらに引き篭もって!早く手土産を持ってお兄様の元へ行って私様を構わないことに文句を言ってやるのだわ!」
リリィはプンスカしつつも大通りの店先からリリィの兄であり教祖様への手土産を吟味していた。
まったく、ブラコンを拗らせているなぁ。
俺とノイシュくんは顔を見合わせて微笑んだ。
いや、この場合初対面である友人の兄への手土産は俺達も必要なのでは?
リリィにお兄さんにアレルギーがないか聞いてからノイシュくんと二人で一つの洋菓子を購入した。
リリィが買っているから、まあ系統は間違いないだろう。
結局、店という店を見て周り数個の綺麗な箱を俺に持たせてリリィは上機嫌で高台への坂を登って行った。
道中、参拝者と思われる人々と会釈したりベンチに腰掛けながらお兄さんの話を聞いたり景色を眺めたりし、そんなこんなをしながら閉門間近でようやく辿り着いた。
厳かな建物と遠くから見たが、本当に神聖な雰囲気を醸し出していてこちらの背筋が伸びる思いだ。
魔王の兄がこんな建物で教祖なんてしていていいんだろうか?
いや、家庭の事情に口出しするのはやめよう。
「申し訳ありません。まだ祈りの間で礼拝してもよろしいでしょうか?」
ノイシュくんが門番に尋ねると、穏やかな顔で快く通された。
案内に人を付けると言われ、特に断る理由もなかったのでそのまま待機していると、数人の女性の神官がこちらへやってきた。
「ようこそいらっしゃいました」
こちらの人々もにこりと微笑んで来た道を戻るように先陣切って歩き出したものの、神官の一人が振り返りこちらをじっと見たかと思ったら急に叫んだ。
「やはり、ノイシュ様!」
「えっ、本当!?」
「あのノイシュ様!?」
一人の叫びでぞろぞろと歩いていた数名がこちらを振り返った。
「えっ、ノイシュくん有名人?」
「王族だからですかね?いえ、でも来訪したことがあるのは一度きりだったはず」
ノイシュくんが頭を悩ますと神官の一人が近寄ってきた。
「きゃあ!やはりノイシュ様なのですね!過去に訪れた際にはそのご尊顔が美しくて絶対素敵な男性になると思っていたんですわ」
「そうですわ!ノイシュ様の美しさは過去から現在まで変わりませんわ」
「幼き日も可愛らしく、このまま神官に弟子入りしてくださらないかとどんなに思ったことか」
「いいえ、今のノイシュ様が悪いというわけではなく、今は今で成熟した大人になりそうな過程、ごちそうさまです」
「は、はぁ」
ノイシュくんは混乱している!
なんてアテレコしている場合じゃない。
この集団、なにかおかしいぞ。
「でもでも、やはり来院された時のお召し物がとても可愛らしかったです。見えるか見えないかギリギリのラインの白い膝小僧がなんと眩しかったことか」
あっ、ショタコンの方々だ。
俺は思わずノイシュくんを背に庇った。
「賑わっているところ大変申し訳ありませんが閉院が近付いておりますので祈りの間で礼拝をさせていただきたいのですが」
ノイシュくんはなんかもう震えた子犬状態でリリィの後ろに隠れている。
うん。魔王の保護下ってめちゃくちゃ安全地帯。
リリィは何の話か分からなかったらしいが、怯えるノイシュくんの頭を撫でていた。
どちらが歳上かわかったもんじゃ…リリィの方が歳上かー。
「失礼致しました」
こほん、と息をつき落ち着きを取り戻した神官達は俺達を再び案内し始めた。
「こちらです」
そのまま時折ノイシュくんに熱い視線を向けながら歩いていくと、大きな門の前まで辿り着いた。
真っ白な扉は綺麗に磨かれて鏡のようになっている。
まるでこちらを見透かしているようだ。
「さあ、祈りの間はこちらです。扉を開けさせていただきますね」
そう言うと、一人ずつ取っ手を持ち左右に扉を開いた。
奥に美しい銅像があり、その手前に慎ましやかながらも椅子がある。
教祖様が座る椅子だろうか。
誰もいないが、閉門間近だからだろう。
真っ直ぐ銅像まで届く白い部屋にあっても存在感を失わない白い絨毯の左右には祈りを捧げる者が座るように長椅子が設置されていた。
俺達はそこへ座ると各々手を組みノイシュくんが教えてくれた通り祈りのポーズをした。
でもあれなんだよな。正直この神様が何を司っているのか分かんないし願いも特にはないしな。
やっぱり異世界転移した身としては元の世界に戻りたいとか願った方がいいんだろうか?
でも、こちらの世界ももう第二の故郷みたいな位置なんだ。
あ!彼女が欲しいとかどうだろうか?これは切実な願いだ。いや、勇者として各地域での異変を解明する…のは神頼みじゃいけないよな。
やっぱり優しい彼女が出来ますようにと祈るしかない。
俺はノイシュくんに声を掛けられるまで理想の彼女像を出来るだけ具体的に神様にお願いしておいた。
「随分と熱心に祈っていましたが、何かありましたか?」
「いや、彼女が欲しいって願っていただけだよ」
俺の返事を聞いたリリィは頬を膨らませた。
「これだからリツは!」
「サハラさん。祈りと願望は別物ですよ。きちんと祈ってくださいね」
「あっ、はい」
ノイシュくんにガチ気味で怒られた俺は途端に腰を低くして頷いておいた。
「まったく、これだからサハラさんは」
先程のリリィと同じ事を言っているけどそんなに俺ってそんな印象?
いいじゃないか!彼女が欲しくても!!
ノイシュくんもリリィもモテそうだからそんな楽観的なんだ!
俺が言えない愚痴を飲み込んで神官達が待ってくれている出入り口に戻る最後尾で深呼吸して心を整えた。
だめだ。いい彼女が出来るようになるには俺がいい男にならなくては。
もっと頑張ろう。明日から。
そう思っていることがバレたらまた「これだから」と呆れられる気がするので黙って祈りの間を後にした。
そのまま門まで送り届けられてどこかに宿を取ろうと話し合っているところにリリィが大声をあげた。
「しまったのだわ!流れで出てきちゃったけどお兄様とお会いしていないのだわ!」
慌てて門を見遣るともう閉門されていてガチャンと頑丈そうな鍵の音がした。
「人間の技術で作られた鍵なんて私様には造作もないけれど、お兄様はルールを破る事を嫌うのだわ。仕方がないから明日また来るのだわ」
そう言うと、俺達の宿まで着いてきてそのままリリィが一部屋、俺とノイシュくんで一部屋で泊まることになった。
ここの宿屋、魚の煮込みがめちゃくちゃ美味いな。
やっぱり海が近いからなんだろうか。
名産品に美味いものなしとか聞いた覚えがあるけど、あれ絶対嘘だよな。
「美味しいのだわ!」
「そうですね。リリィ様、意外と魚の骨を取るのお上手ですね」
ノイシュくんがリリィを褒めるとリリィが胸を張った。
「お兄様が厳しかったのだわ!」
「へー。ルールにも厳しいって言ってたし、結構自他共に律するタイプなんだな」
「そうなのだわ。お兄様はなんでも出来るけどその分他の人にも厳しく接しているのだわ」
「へー。そうなんだ」
そう言いながら夕食を食べ終わったリリィはデザートを十種類頼んでいた。
なんで太らないんだ。
しかし、これはやばい。しっかりした人っぽいしノイシュくんや妹のリリィ相手なら基本的に大丈夫だろうけど、俺はもっときっちりしておかないと。
明日が大変そうだなぁ。
魔王リリィの異母兄であり、謎の宗教団体神聖教団の教祖をしている人物と明日こそ会えるかもしれないと思うと、緊張はしたがこれまでの船旅の疲れもありぐっすり寝込んで翌朝ノイシュくんに叩き起こされた。
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