第54話
「と、いうわけでこの本を国外に持ち出してお借りしたいのですが」
「もちろん、了承するのだわ!ガナッシュ!」
「リリィ、その言い方は失礼だろ」
三者三様わいわい騒いでいてもガナッシュ様はにこにこと変わらぬ笑みを絶やさぬばかりだ。
「もちろん、構いませんよ。それは勇者のためのもの」
「それってどういうことですか?鐘が鳴ってこの本が現れたことと何か意味があるんですか?」
「それは、その本を書いたリーゼルにお尋ねなさい」
にこり、と最後に微笑むとガナッシュ様は祈られた。
「あなた方の旅に幸在らんことを」
こうしてやっと来たフロランタンを後にして神聖国家のある大陸を目指すことになった。
まあ、国交があるからフロランタンからまた船旅なんだけど。
最後に菓子をたくさん買って知り合いに送り付けて自分達の分も買い込んで手続きをしてつい数日前に乗ったのとは別の船に乗る。
船は豪華だけれど無料だった。
神聖国家を訪れる旅人には分け隔てなく乗れるようになっているらしい。
海風に当たりながらまたあの魚は美味いだの話をしたり、リリィは泳ぎたいと駄々を捏ねるし、散々騒いで他の乗客から顰蹙を買って隅で大人しくなることになった。
「いやぁ、これも旅の記録の一ページだね」
「サハラさんは恥というものを知ってください」
「ねぇ!なんで泳いじゃいけないのだわ!?」
「もう船に乗ったからですよ、リリィ様」
ノイシュくんは膨れっ面のリリィを宥めながら俺がフロランタンへ行く道中教えた魚の種類を教えながらなんとか落ち着かせている。
しかし、この乗客全員が神聖国家へ行くのか。
最初見た時は異様な集団だと思ったけれど、やっぱり普通の人なんだよな。
日本にもお遍路さんとかいるしなー。そんなもんかもしれない。
そういえば、教祖様からのありがたいお言葉があるんだっけか。
「リリィ。神聖教団の教祖様がありがたいお言葉を信託するらしいんだけど何か知らないか?」
「知らないのだわ。私様が知っているのはお兄様のことだけで教祖なんて人、知らないのだわ」
そう言ったきり、ツンと澄ましてまた甲板の方へ出て行った。
拗らせているな〜。
頬杖をついてリリィを見守る。
俺も懐かれていると思っていたけどやっぱり実の家族には敵わないよな。
俺の家族は元気かな。急に行方不明になって騒ぎになっていないかな。
こちらに来てからあまり考えないようにしていたことを考える。
今、帰りたいかと聞かれたらそりゃあ帰りたいけど俺が今更勇者としてこの世界に呼ばれたことを解明したいという気持ちもある。
それに帰るなら今まで出会った人にありがとうと言って帰りたい。
俺が突然異世界に来てもなんとかやってこられたのは周囲の人々のおかげだ。
いろんなことがあったけれど、この世界に来て楽しかったことも多かった。
「サハラさん、急に黙ってどうしたんですか?」
ノイシュくんに訊ねられる。
「ちょっと哀愁に浸ってみただけだよー」
へらりと笑ってみせてもそれなりの付き合いのノイシュくんにはなんとなく察せられてしまったみたいだ。
「そろそろお昼ですし売店で何か買いますか?今回は昼からお酒飲んでもいいですよ」
「まじで!?おーい、リリィ!昼飯の時間だぞー!」
珍しくノイシュくんから昼からの飲酒を許可されて、俺はリリィとノイシュくんと売店に向かった。
「ネギ焼き最高」
「単なるネギを焼いただけかと思ったんですが、ネギのシャキシャキと調味料で味が際立っていて美味しいですね」
「私様のたこ焼きも美味しいから食べてもいいのだわ!」
三人で買ってきた品々を食べ合いながらグビっと一口飲む。
なんか最近真面目に過ごしていたからこういうの久々な気がするな。
ノイシュくんにも禁酒させられていたし。
そんなふうに過ごして食べ終わる頃に船長からもうじき神聖国家に着くとアナウンスが流れてきた。
神聖国家。神聖教団。教祖はリリィの母違いの兄。
分からないことだけど行かなきゃ、自分の目で確かめなきゃいけない。
「そろそろですね」
「そうだねぇ」
「お兄様に久々に会えるのだわ!」
そこでリリィが飛び跳ねた。
「そうなのだわ!こうしてはいられないのだわ!」
そう言うと走って自室に戻っていった。
「なんだろうねぇ」
「久々にお兄様にお会い出来るのですからおめかしをされているのでは?」
「リリィが?おめかし?」
あまり繋がらない単語だったが、ノイシュくんの言った通りだった。
「待たせたのだわ!」
戻ってきたリリィは随分と可愛らしい格好をしていた。
「おお……」
俺相手にはそんなことしたことないのに、実兄と親友とではここまで差があるのか。
「お似合いですよ!リリィ様!今回は爪も髪色のピンクにラインストーンで煌めいていてとても愛らしいです!」
「そうでしょう、そうでしょう!リツはどう思うのだわ?」
「ん?可愛いよ」
頭を撫でてやれば目を細めて猫みたくぐりぐりと自ら俺のてのひらで頭を撫でさせる。
「当然なのだわ!」
散々人のてのひらで撫でさせて満足したのかにこりと笑うが少し髪が乱れていたのでリリィからブラシを借りて整えてリボンを付け直す。
「これでよし」
「ありがとうなのだわ!リツ!」
兄に会えると言う喜びでリリィは満面の笑みだ。
「お兄さんとの再会、楽しみだな」
「そうだわ!成長したリリィにお兄様もびっくりするのだわ!」
「えっ、そんなに会ってなかったのか?」
尋ねると、リリィは頭の上で背丈を測った。
「三センチくらい会ってなかったのだわ」
「なんだ、三センチかー」
朗らかな俺にノイシュくんが脇腹を突いてこそっと耳打ちする。
「魔族の三センチなんて何百年掛かるか分かりませんよ」
そうか。そういやそうだった。
リリィもこう見えて俺よりずっと長生きなんだよなぁ。
そのお兄さんも長寿なんだろう。
人間との間の子でもそんなに魔族と変わらないんだろうか?
だから教祖として宗教がここまで広まるまで長い年月を費やせたのか?
考えている間に船は船着場に着いた。
「さあ、行くのだわ!」
ご機嫌なリリィの後をついて、俺達は神聖国家に足を踏み入れた。
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