第57話
「本当に、人間ってなんで他所の世界から来たからって勇者だと思うのでしょう?」
リーゼル様は心底不思議そうに首を傾げた。
俺、勇者じゃなくて魔王になるために喚ばれたんかー。
そりゃあ世界に必要ないよなー。
なんて考えても仕方がない。
「俺は、例え魔王としてこの世界に喚ばれたんだとしても、この世界が、人々が大切だから護る道を選びますよ」
俺の言葉にリーゼル様は頷いた。
「リリィが世界を守ろうとした時も、魔族は悪だと誰かが吹聴しました。それこそ悪意だと私は思うんですけどね。結果として当初のリリィは人間達に認められなかった。すべて人の為に尽くしたのに。私は人間が許せなかった。半分は人間なことも嫌悪しました。ですが、母のことを思うとリリィの敵になる人間を嫌いにはなれなかった。私は救いを求めました」
淡々と告げられる言葉。
「それが神ですか?」
「ええ。正しくは父の跡を継ぐ新しい魔王です」
「わ、私様がちゃんと治世をしているのだわ!どこも平和に過ごしているのだわ!」
リーゼル様がゆっくりと首を横に振り、リリィを諭すように語り掛けた。
「それはリリィから見た世界だけだよ。裏では争いが起き、野望と裏切りで薄汚く、人は死に、安易に命が散る。リリィの意思に反発してそろそろ従えていた魔物も反旗を翻して人間に干渉しているだろう?」
「それは、そうかもしれないのだけれど…」
リリィは服の裾を強く掴んだ。
「リリィのやってきたことは無駄じゃないと思います」
「ええ。リリィ様は御立派に世を治めていました。それは、悪人がいるのも分かります。この世から罪がなくなることも簡単なことじゃない。だから、みんなでなんとかしようとしているんです」
ノイシュくんも王子として思うことはたくさんあるんだろう。
祈りに似た懇願でリーゼル様に話し掛けていた。
「そうですね。人の思いを一つにするのは大変なことです。ですが、唯一の絶対的正義が人の心を救うことがあるように唯一の絶対的悪が人の心を救うことがあるんです」
そこでリーゼル様は柔らかな微笑みからゆっくりと口に弧を描いた。
「だから、本当は、ですね。今度こそ彼には勇者ではなく魔王になろうとしたんですよ」
だから、とは何故なんだろう?
「あなたも魔王になるはずだった。けれど、善人な人の子達によって『勇者』と呼ばれてその意思が定着してしまった。可哀想に。リリィはまた一人で世界を背負わなくてはいけない」
俺はその言葉を否定した。
「違います、リーゼル様。リリィは一人じゃない。たくさんの仲間や友人に囲まれて立派に魔王をしています」
「そう。リリィは愛されている。だから唯一の絶対的悪にはなれない」
リーゼル様の言っていることがまったく分からない。
リリィは初めて魔王であり続けたことを愛する兄から否定されてどうしていいか分からない子供のようだ。
「大丈夫だ。リリィ。リリィのしてきたことは間違いじゃない」
「そうですよ、リリィ様。リリィ様のおかげでどれだけ僕達が助けられたか」
俺たちの言葉にようやくリリィが上を向いた。
「リツ、ノイシュ…」
俺達の目を見ると、一歩進んでリーゼル様に対峙した。
「お兄様の救いは魔王を唯一の絶対的悪にすることなのだわ?それは、正義ではいけないのかしら?」
「絶対的正義は人間にも作れるけど人が恐れて従う意思を持てるのは悪しかないよ」
「そんなことはないのだわ!そもそも私様はみんなを従えようとなんてしないのだわ!お兄様のは屁理屈なのだわ!人間にもとんでもなく悪い奴だっているのだわ!お兄様は本当は魔王に何をさせたいのだわ!?」
リリィが怒りと哀しみで叫んでも、リーゼル様はそよ風のように受け流す。
この人は本当にリリィを愛しているんだろうか?
リリィの今までのすべてを否定して、今も慟哭を涼しげな顔をして聞いているのか分からない様子だ。
「俺は、魔王にはなりません」
もう一度リーゼル様を真っ直ぐ見て宣言する。
「いいえ、なってもらいます。リリィのためにも」
「お兄様!私様は魔王としてちゃんと成し遂げているのだわ!認めて欲しいのだわ!」
リリィのためと口にしながら何故意思を汲み取ってやらないのか。
リリィを本当に大切にしているんだろうか?
「あなたは、リリィのことが本当に大切なんですか?」
「もちろんですよ」
また鉄仮面のような微笑みに戻った。
「とりあえず、本日はこちらにお泊りなさい。そろそろ夜も更けてまいりました。客室を用意させましょう」
いや、朝一で来てもう夜が更ける筈がないだろう。外を見てもまだ太陽が輝いている。
しかしリーゼル様がそう言うと、近くにあった鈴を鳴らして人を呼び案内させようとした。
「お兄様!待つのだわ!まだ話が終わっていないのだわ!」
リリィが反論するが、今度は屈強な警備兵が中心になり抵抗しようとしても何故か力が入らずされるがままに各々の部屋へ連れて行かれて部屋へ放り込むと外からガチャンと音がした。
慌ててドアを開けようとするがどうしようとしたって開きはしなかった。
おかしい。
俺の勇者の…魔王になる筈だった力でも開かないなんて何か術でも掛けられたか?
「おーい!リリィ、ノイシュくん、聞こえるかー?」
大声で叫んでみても防音が効いているのかまったく返答はなかった。
リリィのための新しい魔王。
別に勇者の自覚がそこまであったわけじゃないけれど、やっぱり俺は勇者として…というか肩書きはどうでもいいんだよなぁ。
みんなを助ける人になりたい。
とりあえず、これからどうするかが問題だ。
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