第61話
「あ」
リーゼルさんの部屋を出た瞬間、ノイシュくんが何かを思い出したかのように、思わずといった感じで声を出した。
「なになに?どうかした?」
ノイシュくんは切羽詰まった顔で俺に縋り付いた。
「サハラさん!大変です!」
「えっ、何が?」
やっぱり魔族のエネルギー代替え策は無謀すぎただろうか。
俺が思案していると揺さぶられてノイシュくんが叫んだ。
「年末年始ですよ!年越しですよ!サハラさん!」
「は?」
異世界でも年越し年明けの文化なんてあるんだなぁ、まあ当たり前か、そういえば街も賑わっていたしなぁなんて思っていたらノイシュくんはこうしてはいられないと街へ俺達を連れ立って街へ降りて行った。
「年越しそばに御節、しめ縄と…」
あちこちの店を周り、年の瀬だからかもう残り僅かな品を買い出し始めて俺は荷物持ちだ。
「私様はお汁粉を食べたいのだわ!!」
「分かりました。餡子も買いましょう」
どんどん追加される慣れ親しんだ物たち。
この世界に飛ばされた先人達が広めたんだろう。
ていうか世界の危機より年越しなのか?いや、俺も楽しみだけど。
テレビの特番はやっていないけど年末年始ってワクワクするよな。
「ガレット・デ・ロワを作るための材料も買っておきましょう」
「ああ、幸せになれるやつ」
「そうですよ」
「……じゃあさ、リーゼルさんと女神様も誘わない?みんなで食った方が楽しいじゃん」
俺がそう言うとリリィの瞳が輝いた。
「そうなのだわ!お兄様がいらっしゃるお家にお邪魔しているのだもの!年越しも、新年のご挨拶も、全部私様が一番に出来るのだわ!」
リリィは嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「リリィは毎年リーゼルさんと過ごさないのか?」
「…お兄様は、お父様が亡くなられた後、後継として魔王になった私様から一線を引かれてあんな謎の教団を確立してお家から去ってしまったのだわ」
飛び跳ねるのをやめて俯いてしまったリリィを慰めるように頭を撫でると猫のように擦り寄ってくる。
早くこの兄弟を昔のように仲良くさせたいなと心底思った。
でも、それにはリーゼルさんやリリィ達の生死が関わってくる。
魔族のエネルギー源となるもの。
それは何だろう。
代わりに戦争を起こして負のエネルギーを収集するって言っているくらいだから生半可な物では代われないだろう。
大見え切ったがどうしたもんか。
ほとほと困り果てた俺に買い物をしていたノイシュくんが声を掛けてくる。
「はい、サハラさん。こちらの荷物もお願い致します」
「……いや、さすがに無理じゃね?」
言いたくなるのも察して欲しい。
次の買い物は杵と臼だった。
カートを借りてとりあえず教団の部屋まで戻る。
部屋で各自の荷物を分け終えると外は暗くなり始めていた。
「じゃあ、俺はさっきのお店にカートを返してくるから。夕飯まで暖かくしてるんだぞ」
「はい。ありがとうございます」
「わかったのだわ!」
良い子の2人から良い返事を聞いた俺は真っ直ぐ先程の店にカートを返して教団の部屋に戻ろうとした。
すると背後から楽しそうな声に呼び止められた。
「へいへいへーい!お兄さん、一杯飲んでいかない?」
立ち飲み屋の片隅で、すでにべろんべろんに出来上がっている女神見習い様がそこにいた。
「何やってんですか」
「飲んでる!」
ジョッキを持ち上げられて上機嫌に返答される。
とんでもなく酔ってるな、神のわりに。
「あ、そういえば明日って暇ですか?」
隣に駆け寄り誘ってみる。
「明日?」
「はい、年明けのお餅を杵と臼でつくんです」
「ああ、人間の風習!んー。まあ、良いでしょう。二日酔いにならなければ行きます」
「よかった。リーゼルさんも誘うつもりなので五人…来てくれたら教団の方々とやりましょう」
俺の言葉に女神見習い様は食べてたおでんのたまごを口に入れて咽せた。
「げほっごほごほ」
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫です。仮にも神である私と、魔族のリーゼルと、それを信仰する人間達と、対立する形になっている貴方達と人間の風習を」
「はい。…やっぱり無理ですか?」
「いいえ!全然!!あの子にはそれくらいのことをしなきゃだめなんです!一人で閉じこもって勝手に考えて実行してしまう!人と触れ合って色々な考え方がいることも大切なんです!」
「そう言っていただけてよかった。じゃあ、明日やるので酔いが醒めたら来てくださいー
「おけ!」
前々から思っていたけどどんどん口調が軽くなるな、この女神見習い様。
翌日は大仕事があるので普段より早く寝た。
けど、楽しみだから早く起きてしまった。
俺の中の少年の心が疼いてしまった…。
ノイシュくんの部屋の扉を叩くとすぐに返事が来て扉が開けられた。
既に着替えている。ノイシュくんも早起きだからなぁ。
「サハラさん。今日は早いですね」
「俺の中の少年が起きたんだよ」
「何を言っているんですか」
じとって見られても知らない振りをしてリリィの部屋をノックする。
「リリィ、起きてるかー?」
「んん、あと十時間……」
「いや、なげーわ」
リリィの寝言混じりの返事に、何度か声を掛けるとようやく起きてきたらしいリリィが扉を開けた。
「リツ…珍しく早起きなのだわ」
「今日はみんなで餅つきをするからなー」
俺の言葉にリリィが眠そうな瞳をパッチリと開かせた。
「そうなのだわ!餅つき大会!」
リリィが楽しそうに言うと、リリィの腹の音が鳴った。
「まあ、とりあえず朝食を戴こう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます