第62話

食堂で用意された朝食は相も変わらず美味しかった。

まあなー。でっかい教団の総本部だし教祖様いるし一応客人扱いらしいし下手なもの出せないよなー。それでも美味しいものを戴けるのは嬉しい。

滞在して十数日、すっかり好みも覚えられているせいか各自の食事も微妙に違う。

教祖リーゼルさんの妹は分かるけど、その友人というだけで細やかな心遣い。本当にありがたい。

もぐもぐと食べていると、ノイシュくんから目配せがあった。

うーん。勢いで言っちゃったけど大丈夫かな?

いざとなったらリリィを全面的に押し出そう。


「と、いうことでリーゼルさん。餅つきしません?」

「どういうことですか?」

俺の勧誘の後ろではノイシュくんがテレビショッピングよろしく杵と臼の使い方と餅つきについて説明していた。

リリィはリーゼルさんの腕に抱き付いて上目遣い役だ。

「お兄様…」

「リリィ…」

見つめ合う兄妹。

折れたのはリーゼルさんだ。

「分かりました。餅つきをしましょう」

キリリとした顔は最終決戦前だ。

そういえばこの人、現時点で俺達のラスボスなんだよなぁ。

なんて思いながら用意していた杵と臼をじゃじゃんとお披露目した。

「リーゼルさん、杵と臼どっちがいいですか?」

「やるの前提なんですね。…リリィはどっちが格好いいと思う?」

「派手な杵なのだわ!」

「杵でお願い致します」

わー。即決だー。

「じゃあ、杵をお願いしますね」

そう言いながら杵を渡すと、リーゼルさんは少しふらついた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

イケメンって杵を持ってもイケメンだなぁ。

「それじゃあいきますよー。ぺったん」

水をつけた手で餅を捏ねてリーゼルさんを促すと、いつの間にか持ち上げていた杵をマットの上に置いていた。

「やはり私には重たいので臼でお願い致します」

一回もやらずに諦めた!諦めが早い!いや、潔いのか!?

「じゃあ、俺が杵をやるので、リーゼルさんは臼でぺったんと言いながら捏ねてください」

「分かりました」

これ、本当にラスボスなんだよな?

「ぺったん」

「よいしょ」

「ぺったん」

「よいしょ」

平和だなぁと杵で餅をつきながら思う。

もう魔族のエネルギー問題これで片付かないかな。いやいや、餅つきもエネルギーを使うし逆にエネルギーを消費するのでは?

現にリーゼルさんは捏ねているだけで腕がぷるぷるしてきた。

「よし!ノイシュくん、リーゼルさんと交代!リリィは俺と交代。手加減はしろよ」

「分かったのだわ!」

「お手柔らかにお願いしますね」

杵をリリィに渡すと力強い音が聞こえた。

「おーい。臼を壊すなよー」

「分かっているのだわ!!」

ノイシュくんに合わせられているだけでも充分か。

椅子に座るリーゼルさんに尋ねた。

「大丈夫ですか?」

「もちろんですよ」

いや、まだ腕がぷるぷるしてるけどな。

用意されていた飲み物を飲む。

俺もなんだかんだで疲れていたんだな。

「ぺったん、ぺったん……」

ノイシュくんの丁寧な声が耳に心地いい。

少しうとうとしていると、リーゼルさんから声を掛けられた。

「なんで私を巻き込んで餅つきなんてしだしたんですか?ご自身の出身地の名物をやらせて人間は素晴らしいと思わせたかったんですか?」

穿った見方と鋭い視線。腕はまだ震えている。

こんなんで魔族全員を守れるんだろうか?

正直なところ、俺が戦おうと思ったら倒せそうな気もする。

手をにぎにぎして感触を確かめる。

あんな木で出来た杵すら触れない世界の敵。

いいや、この人は敵じゃあない。

リリィの大切なお兄さんで、教団の人たちが信じる教祖様で、先代魔王の息子さんで魔族にとっては大切なリーゼルさん。

俺は魔族達のエネルギー供給問題をなんとかして戦争をやめさせて負のエネルギーに代わる物を探さなきゃならない。

こんなにか細いのにな。全部背負って数千年も一人で頑張ってきた。

俺は報いることが出来るのだろうか?

ぼんやりとリーゼルさんを見ていると、睨み返された。

「なんですか?あのような木の棒すらままならぬ貧弱者だと?」

「それはまあ、そうですね」

「くっ、返す言葉がないのが悔しい!リリィ!今こそ魔族の威厳を見せる時です!」

急に立ち上がりリリィに声援を送ったリーゼルさんに応えるようにリリィが頷いた。

「分かったのだわ!お兄様!!」

先程までの手加減を忘れて全力で杵が振り下ろされた。

「えっ、ちょっ、待ってください!リリィ様!!」

言いながら慌てて後退するノイシュくんの横を無惨に砕かれた臼の欠片が猛スピードで飛んでいった。

「あ」

「さすがです!リリィ!!」

いや、どうすんだよこの惨状。


臼の底に残った餅を丸めてトレイに乗せていく。

それぞれ個性が出る形だった。

「お汁粉!お汁粉!」

ご機嫌なリリィと一つずつ均等になるようにしていく几帳面なリーゼルさんとノイシュくん。

適当な俺は二人に怒られた。

なぜだ…リリィの方が酷いじゃないか!リリィだからか!?

そう思いつつリリィを見れば歯の大きさから拳骨レベルの大きさまで大小様々だった。

リーゼルさんに目をやりリリィの方を向かせると、柔らかく微笑んだ。

「個性的で豊かなお餅の丸め方ですね、リリィ」

しまった、この人基本的にリリィ全肯定マシーンだった。

妹のために世界を敵に回す男だった。


お餅を丸めてお汁粉にする前に、昨日山ほど買った御節を教団の方々含めて振る舞った。

昨日、お昼は皆さんの分入りませんよ〜とは言っておいたので大丈夫なはず。

他教の行事の食事なんてどうかなって思ったけどみなさん喜んでくれた。

リーゼルさんとリリィは隣同士で栗きんとんと伊達巻きたまごを食べている…。

「そこの二人!他のも食べなさい!」

「でも、リツ。甘くないのだわ!」

「これは縁起物でちゃんと由来もあるから、今年一年の願いを込めてちゃんと食べるんだぞ。いいか、これはな」

なんてみんなの前で御節の由来を説明していったらみんなからほへーっとした顔で見られた。

やっぱ知らないか〜。

そんなこんなで講義も終わりもぐもぐと御節を食べ終わるとリリィお待ちかねのお汁粉だ。

リリィを挟んで座るリーゼルさんに尋ねる。

「みんなで作ったお餅の味はどうですか?」

「リリィのついたお餅が一番美味しいです」

ブレないな、このシスコン。

俺が呆れているとノイシュくんから袖を引っ張られた。

「朝も言いましたが、今年一年よろしくお願いしますね。サハラさん」

「リリィもなのだわ!私様と仲良くしてくれる権利をあげるのだわ!」

「二人とも…ありがとな。今年もよろしく」

リーゼルさんはそんな俺達を冷めた目で見ていた。

「リーゼルさんも今年もよろしくお願い致しますね」

へらりと笑いながら言えば顔を逸らされた。

「こんなことで懐柔されるなんて思わないでください」

「もう!お兄様はツンデレなのだわ!」

リリィのおかげで場が冷え込まずに済む。

お汁粉を食べ終わってお椀が片付けられると、買い込んだ品の一つがテーブルに並ばれていった。

「ガレット・デ・ロワですか。いいですね!今年の幸運は私がいただきますよ!」

御節、お汁粉の時からそっと紛れていた女神見習い様が張り切り出した。

「うーん。数的に僕とサハラさんとリリィさん、リーゼル様と女神見習い様と…五等分だと上手く切れるかちょっと自信がないですね」

「なら私様が二つ食べるのだわ!」

食欲旺盛なリリィにいつも譲るところだけど、これじゃ中の王冠の確率がリリィが上がる。

「あ、そこのお姉さん。こっちのガレット一つ食べてくれません?」

近くにいた信者の方に話し掛ける。

「そんな!リーゼル様と妹君とそのご友人様のと同じホールから戴くなんて!」

リーゼルさんを見遣る。

「別に構わない」

「ほら、教祖様もこう仰っていることだし」

そう言って無理矢理信者のお姉さんに切り分けられたガレットのお皿を目の前に置く。

恐縮するお姉さんを他所に、俺達はガレットを食べていった。

「うーん。俺のにはないかな」

「僕のもですね」

「私様のもだわ!!」

「こっちもないね」

「私の分もないですね、神なのに」

となるとこれは。

五人の視線を浴びて緊張で震えるお姉さんが目を見開いた。

口の中からそっと出された王冠。

「おお〜!おめでとうございます!」

「あ、ありがとうございます!」

ペコペコと腰を低くしてこちらに感謝するお姉さん。

「この一年があなたにとって素敵なものになりますように」

女神見習いが神様らしいことをした。

御利益ありそうだな。

「ええと、それでは皆様のお皿を下げさせていただきます」

「あ、それなら俺も手伝いますよ」

俺が立ち上がるとお姉さんは首を振り、笑顔を向けた。

「これもお仕事ですので」

ふわりとしたその笑顔にドキッとしたのは内緒だ。

でも、名前を聞きそびれたな。

今度会えれば教えていただきたい。

なんて、考えている場合じゃない。


そのまま宴会に傾れ込んだ。

リーゼルさんはお酒は飲まないようで、べろんべろんに酔っ払っている女神見習い様から離れてリリィを連れて夜空が見えるベランダで二人で仲睦まじく笑い合っている。

俺はお酌をされてどんどん飲んでノイシュくんに介抱されていた。

ソファに横にされて額に冷たいものを感じ目を開くと、さっきのガレットのお姉さんがいた。

「夢なのか。また会えた」

「えっ、あの。夢じゃないのですが。お加減はいかがですか?」

「そこそこ…。あの、あなたの名前は?」

「わたくしはシャロンと申します。こちらの教団で下働きをしております」

「シャロンさん。綺麗な響きですね。俺は…」

「リツ•サハラさんですよね。存じ上げております」

「そっかぁ……」

それがなんだか嬉しくてふにゃりと笑う。

おっさんの弛んだ笑顔なんてだらしないだろうけれど、シャロンさんは俺がソファで寝込むまで側に居てくれたらしい。ノイシュくん談。

ちなみにその後は屈強な男性信者に部屋まで運ばれてベッドに寝かされたらしい。わりとしにたい。


そんなこんなでぐだぐだで始まった一年だけれどやることはたくさんある。

なんとか問題を片付けていかないとな。

あと、個人的にはシャロンさんにお礼を言えていないのでありがとうございましたと謝罪をすることも大切だ。

…本音を言うともっと近づいてみたい。

彼氏がいないといいなぁ。

なんてことを考えながらもとりあえず。

「今年も一年よろしくお願い致します!」

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レベル999の最強勇者として召喚されましたが、やることがないのでのんびり生きていきます 千子 @flanche

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