第9話
「暑いねぇ」
「そうですね」
ノイシュくんと書類を片付けながら暑さに唸る。
だが、これは現実逃避だ。
魔王襲来から俺が勇者だとバレて一目見ようと見物客が職場に押し寄せてしまっている。
「ご迷惑をお掛けしてすみません…」
出勤時からぺこぺこ頭を下げて謝罪をするが、職場の方々に謝ると気にするなと言われる。
そうは言われても移住希望者と単なる物珍しさからやってきた見物客の選別にも手間が掛かってしまっている。仕事を増やしてしまったわけだ。
「あんまりに何も知らないからどんなど田舎から来たかと思ったら異世界からとはねぇ」
「黙っていてすみません」
魔王が来なければ俺が異世界から来たって言っても信じてもらえそうにもなかったけどな。
「いいって、気にしないで」
「どうせ飽きたら来なくなるよ」
職場の人の優しさが身に染みる。
ノイシュくんはパーテションを駆使して街の人からの目を俺を隠してくれている。
なんでこんなこそこそして仕事をしなくちゃなんないんだろう?
でも、通勤途中はどうしようもなく、見知らぬ人から「勇者様」と言われ時には拝まれたりした。
俺は初めて『勇者』という肩書きが怖くなった。
異世界召喚されて数ヶ月、平和に生きて来たのに俺が勇者と分かると勇者フィーバーでどこへ行っても歓迎された。客寄せパンダ扱いもされた。
飲み仲間の中でも一部の奴らは俺を特別視するようになった。
今までと同じでいいって言っても「勇者様とは立場が違う」と断られる。
じゃあ、今までは何だったんだ。
肩書きで俺達の間の関係は変わるのか。
アパートもいつの間にか特定されていて、魔物よりドラゴンより魔王より街の人に恐怖を感じた。
バルロットさんもノイシュくんも気を遣ってくれているが、ノイローゼになりそうだった。
街の人々が噂をする。
「勇者様は魔王様とご友人なんですって」
「じゃあ、このキクノクスは何があっても安泰ね」
「なんといっても勇者様と魔王様の後ろ盾があるんだから」
悪意のない、期待の言葉が重い。
俺は勇者として何もしていない。
でも、リリィとは友人でいたいしキクノクスのことを嫌いにはなれない。
バルロットさんとの普通の飲み会も邪推される。
それまでは気の合った友人と思われていたのに領主様と勇者様との密談扱いだ。
「しかし、魔王と友人になるとは、さすがはサハラさん」
にこやかにバルロットさんに言われているが、これは真意が分からないぞ。
場合によってはリリィと何かあった際に俺のせいでキクノクスに被害が及ぶかもしれない。
バルロットさんならそれくらいは警戒するはずだ。
俺が深読みし過ぎているとバルロットさんが苦笑した。
「勇者であることが重荷ですか?」
「……はい。正直、争いから三百年も経って平和な世に来た勇者に何を期待するんだって気持ちもあります。リリィ…魔王もいい子だったので争いにはならないとは思いますが、いつ火種になるかわかりません。反魔王派とかもいるって前に言ってましたよね?それなら俺はキクノクスから去った方がいいのかもしれないとも思います」
俺のコップに酌をされる。
「そしたら私は貴重な友人を失うことになるじゃないですか。大丈夫ですよ。魔王も反魔王派も、特に気にしなくても。サハラさんはサハラさんでキクノクスで楽しんで生活していただけたら」
俺だってバルロットさんやノイシュくんと親しくなれたのに離れるのは嫌。
リリィを言い訳にもしたくはない。
だが実際には、そうは言われても仕事に支障が出ている。
勇者フィーバーもいつまで続くかわからない。
悩む俺になおもバルロットさんが説得を続ける。
「大丈夫ですよ。私が領主をしているんですから」
ふふふ、とバルロットさんは笑った。
それがなんだかとても頼もしく思えて、それならこのままで大丈夫かと思えた。単純だと言われてもバルロットさんの言葉にはそれだけの説得力を感じる。
「むしろ、主要都市を任されている領主としての腕の見せ所ですね」
そう言った二日後にはいつも通りの普通に平穏な生活が訪れた。
いや、結果が出るの早すぎるだろう!?
どうやって鎮静化したのかわからないが、やっぱり若くして領主になるだけあって優秀なんだな、と飲み友達感覚でいたバルロットさんの新たな一面を垣間見た気がした。
……まじでどうやったんですか、バルロットさん。
こうしてキクノクスは勇者がいる、魔王とも友好的だということだけは人々に認知されつつ俺にとっての普段の日常が戻ってきた。
バルロットさんとノイシュくんと職場の方々には謝罪とお礼として差し入れもした。
みんな喜んでくれたから俺も嬉しい。
やっぱりこの街が好きだ。好きでいたい。
勇者としてじゃなくて単なる佐原律としてこの街に出来ることをしたい。
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