第8話

その日は空から弾丸のようなスピードで魔王がやってきて着地で大通りをへこませた。

何を言っているか分からないかもしれないが事実なんだから仕方が無い。

いやまじでなんなんだ?


事の起こりは一時間前。

休みに食材を買い込んでついでに食べ歩きしながら自宅へ帰る途中、空から猛スピードで何かが来たと思ったら目の前で着地して、大通りを衝撃でへこませた。

やらかしたのはピンクのツインテールの可愛らしい女の子で、とても弾丸スピード着地をしたとは思えなかったし、なによりその子は着地後から真っ直ぐ俺の方を見て来た。その背後では執事らしき男性も控えているからそれなりの身分なんだろう。

何の理由で来たのかは分からないが、来訪の原因は俺だろう。

そして異世界でこんな女の子の知り合いはいない。

無言でじっと見られ続けて困り果てて訊ねる。

「ええと、君は?」

「私様は魔王なのだわ!勇者が現れたなら挨拶に来るのが筋ってものなのだわ!」

「わたしさま……」

…どうやらこのちょっと独特な子が魔王らしい。

自分のこと私様って言うのはどうかと思うけれど、人類を制圧して三百年統治して平和な治世で穏やかに暮らせる原因。

しかし、平和に治めているわりには突飛だな。

しかも俺が召喚されて数ヶ月経ってるぞ。

そして元々大通りで人が多いこともあり、何事かと段々と人集りも出来てきた。

これはまずい。

移住して数ヶ月。何もない単なる移住者として過ごしてきたのに。

「あなたが勇者ね!」

びしりと指を指される。

案の定、人集りから騒めきが聞こえる。

勇者だってバレちゃったかー。平穏に暮らしたいのになー。どうなっちゃうのかなー。

「人に指を指しちゃだめだぞー」

と軽く指摘すると、すぐに下げられた。

「それもそうね。失礼したのだわ」

謝罪しちゃうのか。魔王、いい子だな。

「レベルもステータスも私様と張り合うくらい高いけれど顔が平凡ね!会いに来て損したのだわ。でも、魔王と勇者ってお友達になれるかもしれないからまた来てあげるのだわ!今日は顔合わせのつもりだったし、次回からは遊んであげてもいいのだわ!」

友達になる気だったのか!?しかも魔王と勇者が遊ぶって、この子はとことん平和的な考えなんだろうか?

魔王様の背後では執事らしき男性がこちらに謝罪をしながらいるのでもう何が何だかわからない。

そもそも俺みたいなおっさんとこんな十四から十六歳くらいの女の子が友達になれるだろうか?

いや、その前に魔王と勇者か。

でも、俺に敵意はないし魔王も勇者と友達である気で来たらしいし、なんとかなるかな。

「ええっと、俺はリツ・サハラっていうんだけど、魔王様のお名前聞いても大丈夫かな?」

「私様はリリィというのだわ!」

外見も可愛いけど、随分と可愛らしい名前だな。

でも突拍子もないけどこんな子供…いや、三百年も統治してくれているから俺より歳上か。

三百年も統治してくれているおかげで平和なんだよな。

「ありがとうございます、リリィ様。おかげで平和な世界で暮らせていけてます」

俺の言葉に虚をつかれたリリィ様は複雑そうな顔をして返した。

「リリィでいいのだわ」

リリィはそう言うと少し拗ねた顔をして言った。

「本当は、勇者は魔王を倒すための存在だって前から聞いていたけど、争いなんて嫌だから先手を打ってお友達になってあげようとしたのだわ!」

ふんぞり返ってそう宣言される。

「ああ、俺もリリィと戦いたくなんてないな」

「一緒なのだわ!」

跳ねて喜ぶ姿は本当に魔王だなんて思えない。

「それじゃあ、最後にお願いがあるのだわ」

リリィの方が背が低いので自然と上目遣いになるけど子供の上目遣いってなんとなく弱いんだよな。

ノイシュくんも子供というほどじゃないけど頼まれたら断れないし。

「リリィとお友達になってくれる?」

人間との争いに勝利し、三百年も世界を治世する魔王が照れてするお願い事にしては可愛らし過ぎする。

「ああ、喜んで」

手を差し出せば喜んで握手が返ってきた。

やっぱり、こんな世界を作るだけあっていい子だな。

リリィは握手をすると満足したようだった。

「また来るのだわー!」

そして魔王リリィは執事を連れて再び弾丸のように空を飛び帰っていった。

まさかいきなり魔王と友達になるなんて思わなかったな。

今度来た時にはお菓子をあげよう。

遊ぶって何して遊ぶのだろう?

分からないことだらけだけど、また一人知り合いが増えて良かったな。

争いが嫌いな素直で独特で子供っぽい魔王様。

魔王との対面がいつかは訪れるかもしれないとは思っていたけれど、こんなふうに最良の結果になるなんて思いもしなかった。


それにしても、大通りに出来たへこみ、どうしよう。


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