第7話
「ノイシュくん、俺、太った気がするんだけどどう思う?正直に答えてほしい」
三十も過ぎた男がなにを言っているんだと思われるかもしれないが、これは真剣な話だった。
俺も逸らしてきた事実から真実にようやく真実に目を向けた。
事実、ノイシュくんは視線を俺の腹に移してから逸らした。
「お変わりないと思いますよ」
「いや、絶対太ったと思ったよね!?思ったよね!?正直に答えて!!」
「そう…ですね、初対面の時に比べたら弛んできたという気がしないこともないです……」
オブラートに包んでくれる優しさも今は辛い。
これもこの世界の料理が美味しいからだ。
「運動しよう。飲酒も控える。つまみも減らす」
「そうした方がいいと思いますよ」
その言葉はせっかくのオブラートに包んだ言葉を肯定してしまっているの、気付いているかなノイシュくん。
「こっちの世界の運動ってなにがあるの?」
と、ノイシュくんに尋ねてみたら元居た世界とそんなに変わらなかった。
基本的に走ることから球技、スキー等の季節物のスポーツもあった。
キクノクスでも冬になると雪が降るためスキーが出来るらしい。楽しみだ。
「とりあえず朝か仕事終わりに走ってみることにするよ」
「頑張ってください。応援しています」
それにしても勇者でも腹は出るんだなあ。まあ、食べて運動しなきゃ勇者でも太るか。
中年太りの勇者…絶対バレたくないな。痩せよう。せめて平均的に。ムキムキまではいかなくても。
それから朝晩のランニングが始まった。
ノイシュくんからよく走る人がいるランニングコースを教えて貰って少しずつ自分のペースを確かめながら走った。
それでも一応勇者なせいか、のんびり走ろうと思ったのに先頭を走っていた人を追い抜いてしまった。
そのままハイペースと思われる配分で走っても全然疲れない。
勇者、太るのにこんなところで能力発揮されてもな……。
勇者って役に立つのか立たないのかなんなのかな。
しかも走るのが早くてランニングしていた人達からマッハマンと陰で言われたらしい。
ノイシュくんからそんな噂を聞かされた時の俺の気持ちを考えて欲しい。
というかマッハマンてダサすぎる。改名を要求する。
ダイエットを頑張っていても食欲はあるもので、これから冬に向けて鍋料理やラーメンなんかも布教したい。
俺が食べたいだけだけど。
食べたい頃に言い出しても即作れる物じゃないから今から準備が必要だ。
今から居酒屋仲間に話をして巻き込むかな。
付き合ってくれるかな。いいや!付き合わせる!みんなで鍋を囲みたい!
「ノイシュくん、土鍋…土を焼いた焼き物の器を作っているところに心当たりある?」
「ありますよ。ちょうどトルトリンから移住予定だったのが取りやめになったので他の古くなった工房の方が住んで新規開店セールしてる筈です。トルトリンに住んでいるドワーフとはちょっと種族が違うんですが、こちらの方々も器用でなんでも作ることが出来ますよ」
トルトリンに住んでたのがファンタジーに良く出るドワーフとか知らなかったんだけどー!いや、確かに背が低すぎるしちょっと人間と違うかなって思ってたけどー!知らない間にファンタジー要素出てくるよな。異世界すごい。俺が無知なだけか。
「まじか。ちなみにこの世界に土鍋はないよね?」
「ないですね。聞いたこともありません」
図式で書いて口頭説明しても通じず、ダメ元で聞いてみてもあっさり言われる。
だよねー。一応お店を粗方探した後だしねー。鍋はあるんだから土鍋もあればいいのにな。
「地図書きますね」
「ありがとう。今度の休みに行ってみるよ。ちなみに製麺所とかっていうのは……」
「あ、それならあります」
「あるの!?」
ノイシュくんの話では元いた世界の中国に似た地域があるようで、そこの料理にラーメンっぽい料理があるとのことだ。
その近辺は中華系の食材や料理、道具まで販売されているらしい。
えっ、言ってくれよ!通うから!
そこも地図で教えて貰って今度の休みはこっちの世界のラーメン三昧にしようと決めた。
「サハラさん…痩せるんじゃなかったんですか?」
「ダイエットもたまには休みが必要だよな!」
ノイシュくんの目とため息が痛い!心に痛い!
でもラーメンが食べたい!
そんなわけで来ました中華街。
正式にいうと中華街じゃなくてサカラハ国の人が主に住む区域らしいんだけど、中華まんとか餃子、焼売みたいなものまで売っていた。
みたい、なだけであってやっぱり元いた世界のものと少し違うけどこっちの世界のも美味しかった。
特にラーメン!…厳密にはラーメンじゃないんだけど。思ったより種類も多くてお店ごとに味の特色も違って一日で回りきれなかったからまた来ようと思う。
今度はノイシュくんやバルロットさんに無理矢理休みを取らせて食べ歩きもいいかもしれない。仕事の虫は俺が摘み取る!
というか、バルロットさんもデスクワークな割に太ってない秘訣を聞こう。
二人ともキクノクスを好きな割に仕事に追われてキクノクスを味わえていない気がする。
第一、バルロットさんが言ったんだ。
キクノクスを好きになってほしいと。
だったらノイシュくんやバルロットさんももっとキクノクスを好きになるためにキクノクスで遊べばいい。
今度誘おう。三人で食べ歩こう。
それにしても美味い店が多い。
これはもしや俺が数ヶ月キクノクスに住んでいても知らないだけで他に元の世界っぽいものとか美味しいものたくさんあるな?
居酒屋仲間に聞いた店以上にキクノクスには店があるからな。
移住民が多いだけあって多国籍っぽいし、発掘していくのも楽しそうだ。
食事を済ませたら地図を片手に工房へ向かう。
憧れの冬に土鍋で鍋を囲むためだ。
工房の区域に着くとノイシュくんに教えてもらった工房を訪ねた。
「すみません。注文したいんですけど、お時間よろしいですか?」
「あいよー!」
声を掛けると奥から人が出てきた。
確かにトルトリンに居たドワーフとは感じが違う。
見るからにドワーフ!って感じだ。
「注文だって?何を作るんだい?」
「こういう感じの土鍋っていうのを作って欲しいんですけど」
図式で書いて口頭説明すると工房主は頷いた。
「下も広いでかい茶碗に蓋を付けたようなもんか」
「まあ、そうですね。作れそうですか?」
「当たり前だ。なんなら、そこらに辺にある茶碗を見てこういう感じのものとか具体的に教えてくれると助かる」
工房主が指した方には茶碗やコップなどが並んでいた。
「そうですね…じゃあ、こういう感じの出来上がりでお願いします」
無難に上が濃い茶色、下が薄い茶色で元の世界でもよく見る平凡なものを注文した。
そのまま見積もりと出来上がりまでの期間を教えて貰ってその日の予定は終わった。
思ったより土鍋が出来る日が早くて冬が始まるまでには焼き上がりそうだ。
みんなで囲む鍋、楽しみだな。
具材は何がいいだろう。出汁はどうするか。
考えれば考えるほど楽しみが止まらない。
それまでにはもう少し腹の肉も減らさないとな。頑張ろう。鍋でまた太らないように走り込みとか運動も継続していこう。
こちらの世界に来てから数ヶ月、すっかり馴染んで梅雨も明けて夏が来ようとしていた。
こちらの世界にも四季があるらしい。
もうキクノクスが第二の故郷になってしまっている。
魔王との戦争から三百年遅れでやって来た役立たずの勇者。
こちらの世界の人々に甘えて仕事を貰って食べて飲んで普通の生活をするだけでいいんだろうか?
でも、魔王が酷ければ今からでも退治に行くよう言われたかもしれないのに魔王の治世で平和な世の中になっているんだ。
俺が今更召喚された意味って本当にあるんだろうか?
なんて、考えても分からんからとりあえずいつもの居酒屋に行って食べて飲んで寝るしかないんだけどな。
今日は何を食べようか。
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