第26話

仕事が休みで食材やら日用品を買い込んだ昼下がりの帰り道。

その日もリリィが現れた時のようにどこまでも澄みきった快晴の空だった。

大通りにドゴン!と穴を空けて着地する姿にも既視感がある。

けど、これは知らない人だな。

めちゃくちゃ美人なセクシーお姉さんだけど、真っ直ぐ見据える目がいかにも俺を殺すって感じだし殺気も抑えきれてない。

まったく見に覚えながないんだけど、どうしよう。

最近は美人な先生から可愛い系の実は男の子までショックが多過ぎるから見知らぬセクシーなお姉さんに殺気を向けられてもどうしようか困るばかりだな、なんて考えているとバルロットさんとノイシュくんも騒ぎを聞きつけ駆け付けてきてくれた。

「一体何事ですか」

「さあ?俺にもわかりません」

バルロットさんの問いに俺が答えると、セクシーなお姉さんは俺を指差してきた。

人に指差しちゃいけないって知らないのか。

「お前がリツ・サハラだな!」

「あっ、はい。そうです」

「私はリリィ様に仕える四天王が一人カルデラ!今日は貴様に用があって来た!」

リリィに仕える…部下か?部下とかちゃんといたんだ。リリィ。

俺がそんな心配をしているのを他所に魔王の配下とあってバルロットさんとノイシュくんが警戒した。

カルデラさんは地団駄を踏み、叫んだ。

「我らがリリィ様がリツ、リツ、リツと貴様を慕っていて正直とても羨ましい!!!」

めちゃくちゃ自分に正直な魔族だな。

セクシーお姉さんな外見のわりに可愛らしくすら思えてきた。

カルデラさんは再度ビシッと俺に指を差し宣言した。

「なので、貴様と私のどちらがリリィ様に相応しいか勝負をしに来た!」

魔族ってみんな人の話を聞かないの?

いや、リリィもカシワギさんも自我を通し過ぎるが人の話は一応聞いてくれる。

散々過去のこともあり適応力が高まっていた俺達はもうカルデラさんの事を受け入れている。

「第一戦は料理だ!」

「あ、そういうの?」

「じゃあ、うちを提供しますよ」

バルロットさんも軽く提案してくれた。

いや、適応力高くなり過ぎでは?

そしてゾロゾロ歩いてバルロットさんの自宅に行くと広々としたキッチンで各自料理を作った。

バルロットさんとノイシュくんは邪魔にならない位置で見守っている。

俺は普通に自分が食べたい物にした。

普段から自炊しているしバルロットさんやノイシュくん達に食べて貰っていて不味いなんて言われたことないから普通だとは思うけれど、カルデラさんが自信満々に料理で勝負を仕掛けてきたのなら相当な腕自慢の筈…。

プロ級の腕前なら俺の素人料理なんて手も足も出ない。

各自出来上がった料理をシルバープレートに置き上部も隠し食堂のテーブルに持っていく。

俺の料理は好評だった。良かった。

次はドキドキしながらカルデラさんがプレートをドヤ顔で開けると、なんかもう…グロテスクすぎてモザイク掛かるような謎の物体を出されてきた。

鍋からはみ出た食材?は汁を垂れ流し、その汁がシルバープレートをじわじわと溶かしていた。

これは鍋が崩壊するのも時間の問題だな。

バルロットさんが真顔で赤い旗を上げた。

「勝者、サハラさん」

「なんで!?」

「……いや、食いもんじゃねーだろ。それ」

俺のツッコミにカルデラさんは食い下がる。

「そんなことはない!見た目は確かに不恰好だが食べれば美味しいはずだ!多分!!」

いや、なんかもう爆発五秒前みたいになってますけど?

「カルデラさんがそれを完食出来たらカルデラさんの勝ちでいいです」

「負けました」

自分でもやべーの作った自覚はあるんだな…。

それよりこれどうしよう。

みんなジリジリと距離を取っている。

「製作者のカルデラさん、なんとかしてくださいよ」

「いや、リリィ様の好敵手である貴様に任せよう」

お互い譲らずに逃げていくと、カルデラさんの料理が爆発した。

なんでそんな腕前で自信満々に料理勝負を仕掛けてきたん?

しかしカルデラさんは不屈の闘志だった。

さすがは四天王。

「第二戦は読み聞かせだ!」

「なんで?」

「リリィ様は毎晩カシワギさんに読み聞かせをしていただいて就寝している」

「へー」

各自話をバルロットさんとノイシュくんに聞かせる事になった。

これなら爆発する心配もないから安心だよな。

俺は人魚姫を話した。

こっちの世界の童話とか知らないし、わりとロマンチストな二人ならウケるかと思ったら思いの外感動したらしく、目頭を押さえて「人魚姫……」と感情移入していた。

そんなにか?

カルデラさんはまたも自信満々だった。

しかし、話した内容は自分がとてもモテる割にすぐに振られて最終的には目も合わせてくれない男が大多数、時には見掛けただけで逃げ出す男いて今後の人生に自分に相応しい男が現れるか不安だという話になってきた。

いや、相談じゃねーか。

でもそうだよな。婚活って上手くいかないよな。分かる。

俺はカルデラさんの肩に手を置いて若干涙目だったのでハンカチを差し出した。

盛大に鼻までかまれたので、そういうところがモテないんじゃないかと思ってしまった。

もう俺のハンカチ捨てるしかないな…。バルロットさん家のゴミ箱にそっと捨てさせていただいた。

バルロットさんが無情にも赤い旗を上げた。

「勝者、サハラさん」

「なんで!?」

「いや、読み聞かせというより最後相談だったしリリィさんにそのお話を聞かせるのはどうかと…」

カルデラさんの叫びにノイシュくんが冷静に返した。

「第三戦は……どうしよう」

「こっちがどうしようだよ」

カルデラさんが頭を抱えた。

俺達も頭を抱えたくなる。

「さすがはリリィ様を倒せる可能性がある程の勇者…ここまでの難敵とは……」

「いや、全部カルデラさんの自滅でしたよ?」

「さすがは勇者だな!!!」

この魔族…、自分の欠点を俺が勇者だからのせいにして逃げる気だ!

なんだかどっと疲れた。

第三戦は不戦敗でいいからお帰り願いたい。

バルロットさんとノイシュくんも困惑より疲れが見えている。

むしろこれが四天王の力かもしれない…なんて馬鹿な事を考えていると空間に穴が開いてカシワギさんが現れた。

「カシワギさん!」

俺とカルデラさんの声が重なった。

「カルデラさんを回収しに来ました。皆さん、同胞が無茶な事を仕出かして申し訳ありません」

カシワギさんが深々と頭を下げるのに対しカルデラさんが否定する。

「そんな、無茶な事なんて…!」

「爆発する料理やらなんやらやらかされました」

ここぞとばかりにチクっとく。

「やっぱり……カルデラさん、料理だけはしないでくださいねと言っていたではありませんか」

「今度こそイケる気がしたんです!」

「まったくイケてませんでしたよね」

キリッとした顔でカルデラさんが言ったけど結局爆発したからな。

バルロットさん家の使用人がすっげー恐々と後片付けしていたからな。

カルデラさんはカシワギさん側に行きしょんぼりと肩を落とした。

四天王として大丈夫か?

いや、上司の魔王がリリィだもんな。

何も考えちゃだめだ。

「それにしても魔王の配下ってちゃんと存在するんですね」

「リリィ様をなんだと思っているんですか?直属の配下には四天王がいます」

カシワギさんが告げる言葉に感動した。

おお!四天王!ファンタジーっぽい!!

「四天王ってことはあと三人いるんですか?」

ノイシュくんの問いにカシワギさんが首を横に振った。

「いいえ、あと五人います」

「四天王じゃないじゃん!!六天王じゃん!」

俺のツッコミにもカシワギさんは堂々と答えた。

「先代の魔王も人柄が良くてつい側近が増えたとかなんとか」

「人柄がいい。……魔王って、なんなんですかねぇ」

バルロットさんは無我の境地だ。

「さあ?少なくとも争うよりはいいかと。争うのは人間同士だけですよ」

カシワギさんが少し皮肉気に言った。

そういえば、カシワギさんがこの世界に来た時に現れた場所は異世界人に厳しいって言ってたっけか。それと関係があるんだろうか。

「とにかく!今回の三本勝負は二回、貴様の勝ちで私の負けは認めよう!さすがはリリィ様の好敵手だな!!少しはやるようだな!!」

落ち込み気味から復活したカルデラさんは、またこちらを指差し素直に負けを認めた。

あれで勝算あったのかよ。

でも、ひとつ訂正をしておかなくてはいけない。

「いや、俺とリリィは友達だから」

「なんと!?それはリリィ様のご友人に対して失礼をした!すまなかったな!今度料理をご馳走しよう」

素直が過ぎる!!

だけどこれだけは言っておかなくてはいけない。

「絶対遠慮する」

「……本当に大変失礼致しました」

カシワギさんはもう苦笑してカルデラさんの首元を背後から掴むと問答無用でまた穴を開けて連れて行ってしまった。

残された俺達は疲れ果てて、バルロットさんのお宅で晩ご飯を食べさせて貰って解散になった。

リリィの配下、リリィ並に濃いな…。

残りの五人もあんなのだったらどうしよう。

疲れた体に安物のベッドでも身に沁みる。

その晩はぐっすりと眠れた。


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