第59話

夜が明けてしばらくすると扉をノックされ、応えると女性の神官が現れた。

「お食事のお時間です」

「はい」

とりあえず外には出られるらしい。

さて、どうしよう。

隙をついて逃げ出してノイシュくん達を探すか、いやでも朝食時にノイシュくん達も来ているかもしれない。

それにここはリーゼル様の本拠地。

騒ぎを起こして対立の種を作るのは得策じゃない。


しばらく歩いて大きなドアを開けると、ノイシュくんとリリィはすでに座っていた。

「サハラさん!ご無事だったんですね!」

「こっちのセリフだよ。ノイシュくんもリリィも無事で良かった」

案内された席に座りながら二人の安全にホッとした。

俺が座ると次々と料理が運ばれてきた。

「おお!美味そう!」

「サハラさん、お行儀が悪いですよ」

ノイシュくんに嗜められてこんな状況でも普段通りのようで安心した。

「お兄様は?ご一緒に食べないのだわ?」

不安そうな表情でリリィが尋ねる。

「教祖様はもうお食事を召されて執務に励んでおります。どうぞ御三人でお召し上がりください」

「分かったのだわ」

少しむくれてリリィが籠に盛られたパンに手を伸ばした。

俺もとりあえず出された朝食を食べ進めるとノイシュくんから側に居た神官に問い掛けた。

「僕達はこれからどうなるのでしょう?」

静かな問い掛けには静かに返された。

「しばらくこちらに滞在していただきます。現在、色々と問題がありましてそれが解決するまではこの神殿に居ていただきます。大丈夫です。教祖様がすべて解決してくださいますから」

にこりと最後に微笑んで締められた。

なんというか、最初に来た時に出会った神官と違って人間味がないというかなんというか。

最後のデザートを平らげて、俺も質問した。

「問題ってなんですか?」

「それは申し上げられません」

変わらぬ微笑みで言われて、これ以上聞けそうにはなさそうだと切り上げた。


朝食が終わると自由時間になったので、みんなで集まって今後どうするか話し合うことになった。

今朝も広く感じたけれど、備え付けの応接室で集まっても広々とした雰囲気だ。

もしかしていい部屋なんじゃないだろうか。

こんな待遇までして、本当に危害を加えるつもりはないんだろうな。

「いやもうまじでどうする?」

「問題とはなんなのでしょうか?」

「お兄様、本当はリリィのこときらいだったのかしら」

リリィは涙声だ。

「そんなことないって。リーゼル様もリリィのこと好きだからこうして無傷で歓迎されてるんだろ?…監禁とも言うけど」

「サハラさん!」

「悪い」

「お兄様、お兄様の問題をリリィが解決すればリリィのことまた好きになってくれるのだわ?」

「それは分かりません。あと、サハラさんが実は魔王として喚ばれたこと、今まで招かれた異世界からの召喚者も魔王になるために喚ばれたことも、考えなければなりません」

そう言われて、俺は昨日と変わらぬ俺の心の内を告げる。

「俺はさ、勇者とか魔王とかそんな肩書きじゃなくて普通にこの世界で生活したいよ。もちろん困ったことがあったら力を貸したいし、リーゼル様がまた新しい魔王を召喚してみてこの世界に危機が訪れたら戦ってでも守りたい」

俺の言葉にノイシュくんとリリィはきょとんとすると、ちいさく笑った。

「サハラさんは、もう勇者だと思いますよ」

ノイシュくんが笑ってにこりとすればリリィは俺の座るソファの裏に回ってきて、俺の頭を撫で回した。

「これだからリツはリツなのだわ!」

「なんだよ、やめろって」

そんなに変なことを言っただろうか?

ノイシュくんが伸びをして一息ついた。

「勇者なんて誰が決めるものでもないかもしれませんね」

「そうですね」

いきなり現れた見知らぬ声に全員がそちらを見ぬと、とても美しい女性がそこに居た。

「ちょっと失礼」

そう言いながらリリィが座っていたのと反対側に座る。

えっ、誰?

「どなたですか?」

「今言ってもいいんですけどね、ちょっと待っていてください。夜、私の行きつけの居酒屋が開店したらご説明します」

いや、誰というかもはや何?居酒屋?えっ?呑みながら話すの?大歓迎だけど?

二人を見ると困惑している様子で目が合った。

もう一度美人なお姉さんに問い掛けようとすると、その姿はどこにもなかった。


夜、お姉さんはどこからともなく現れて、あんなに屈強な結界も軽々破いていつのまにか赤暖簾が哀愁漂う居酒屋の前にいた?

案内された席に座ると、お姉さんがどんどん注文していき、各自に飲み物を尋ねて店員さんに注文していく。

この手捌き、慣れているな…!

俺が感心していると、お姉さんは突然語り出した。

「勇者もしくは魔王として他の世界からモノが喚ばれた時、こちらの世界はその余波で呪いが振り撒かれます」

お姉さんは淡々と運ばれてきたたこわさを食べながらとんでもないことを言う。

「そして、その負のエネルギーは魔王の生命を助力します。つまり、儀式を行うことが魔族としても未熟なリーゼルと年若きリリィにとっての生命線になるのです」

ぐいっとビールを呑みながら話していい話じゃないだろう。

「私様とお兄様が、召喚の儀式によって生き永らえている?」

「その通りです」

枝豆から丁寧に中身を取り出していて食べる姿すら美しいが、まじで呑みながらする話ではない。

召喚システムと魔王の重要な話だ。

それはそれとしてビールは美味い。

麻婆茄子も美味い。

「なるほど」

と、先程から四文字しか返せなくなっている俺と自分と兄が原因で異世界から人を喚び、更には魔王として消費の激しいリリィのためだと知らされてショックを受けている。

「お兄様は、ご自身と私様のために?」

リリィが顔を青ざめる。

「そうですよ、リリィ」

にこり、と首を少し傾けると美しい髪が肩から流れ落ちた。

「いえ、たとえそれが真実だとして何故あなたが存じ上げているのですか?あなたは何者なんですか?」

お姉さんは届いた魚の照り焼きを綺麗に捌く。

「あの子、リーゼルが信仰している女神見習いですわ」

ようやく魚の照り焼きから手を離し、小皿の上に箸を置いた。

いや、めちゃくちゃ食べるな、この自称女神。

でも、美人でよく食べて魚の捌き方も上手いなんて理想的じゃん。

自称女神じゃなかったら恋してるとこだったわ。やばいやばい。

「あなたがリーゼル様が信仰する女神という根拠というか証拠は?どっからどう見ても急に現れた不審な大食いお姉さんなんですが」

ノイシュくんは呑んでいないだけあって、なるほどしか言えなくなっている俺と違って進行をしてくれている。

こういう時、本当にありがたい。

とりあえず五杯目を呑んで、冷奴を食べる。美味い。

リリィはショックでさっきからデザートのコーナーから夜パフェとかっていうのを順に選んで食べている。

沈黙が重い。

ノイシュくんの問いに自称女神は突然背後を発光させた。

「神とは信仰から生まれるもの。ですから私はリーゼルから生まれたことになりますね」

店員さんから他のお客さんに迷惑なんで発光はやめてくださいと即注意されてすぐにやめたけれど、確かに神々しい光だった。

パフェから顔を上げて少し目元が赤いリリィが女神に言った。

「あなた、お兄様のお母様にそっくりだわ」

その言葉に女神は微笑んだ。

「マザコンとシスコンを拗らせていますからね」

誰もが思っていても言わなかったことを言いおったぞこの女神!

もう言葉に出せるのがなるほどしか言えなくなっていても、内心は正常のつもりだ。多分。

「では、リーゼル様の抱える問題もご存知なのでですか?」

「ええ。もちろん。新たな魔王候補を召喚して、役に立たなかった佐原律の代わりに魔王としてリリィの代わりを務めさせて魔王という消費活動からリリィを解放させることです」

もぐもぐと沢庵を食べながら締めを何にするか選んでいる。

いや、結構な重大なことを言っていないか?

新たな魔王候補?リリィが魔王じゃなくなる?

それは、世界的に大変なことじゃないのか?


59


居酒屋を後にして神殿の部屋へ向かう。

考えることはたくさんあるが、とりあえず夜も更けてきたしリリィも情緒不安定で休ませたい。

すやすや寝息を立てながら背中に背負うのは軽くて大切な命だった。

「そういえば、御神託はどうなりました?」

そういえば信者達がそんなこと言っていたな。

ノイシュくんが女神見習いさんに訊ねると、溜息で返された。

「ああ、あれ。この世界に争いを起こすという実にくだらない発言です。私は美味しいビールが飲めなくなる世界なんてお断りです」

真面目な顔しても言ってることは飲んだくれだぞ。

「いや、それ世界に戦争を仕掛けるってことですか?」

「端的に言えばそうですね」

「大変じゃないですか!」

ノイシュくんが大声を出したことにより、人通りもまだらだったのに一斉にこちらを通行人が見てくる。

「すみません、なんでもないんです」

ぺこぺこ頭を下げながらノイシュくんを突く。

「申し訳ありません」

「いやいや、驚くのは分かる。絶対止めないとな」

「でも、なんで戦争なんて起こす気になったんでしょう」

ノイシュくんが女神見習いさんを向き尋ねると、実にシスコンらしい答えが返ってきた。

「生命線の方法を召喚から現地調達に変えたんですよ。争いが起きれば負のエネルギーなんて簡単に手に入るでしょう?」

なんてことなく言われる身勝手な言い分に沸々と怒りが込み上げてくる。

「そんなことより、負のエネルギー以外で生きる方法を考えればいいのに」

俺が憤慨するとノイシュくんも頷いた。

「ええ。女神様はこの世界の神として何か心当たりはないんですか?」

女神見習いさんは帰るって言っているのに最後に寝酒を一杯だけと言いながら露店で酒を買っていた。

どんだけ呑むんだ。

「それがですね、方法がないわけではないんですよね」

「えっ!?」

俺とノイシュくんの声が重なった。

「そ、それは一体どうすれば!?」

ずり落ちそうになるリリィをしっかり抱え直して詰め寄ると、いつの間にか神殿の前に辿り着いていた。

「ちょっと二日酔いの予感がするので私はしばらく休ませていただきますね。おやすみなさい」

にっこり笑顔で消えていく。

「いや!その前にリリィとリーゼル様を救う方法を教えてください!」

言い終わる前に女神はスッと消えていった。

俺とノイシュくんは目を見合わせて、仕方がなしに各自当てられた客室へと戻っていった。

リリィを客室に戻ると少し目元が濡れていた。

ハンカチを取り出して拭ってやると、本当に全員がハッピーエンドを迎えられる方法なんてあるんだろうかと考えてしまう。

目に掛かっていた髪をどかしてやり「おやすみ」と言うと自分の客室へ向かう。

リリィはそっと目を開けて、兄がいる別棟を見ていた。


朝は変わらず食堂に連れて行かれて三人で朝飯を食った。

「昨日はなんやかんやあって味どころじゃなかったけど、このパンのレーズン多くて美味いな」

「こちらのミルクも新鮮で美味しいですよ」

「私様に特別に作られたパフェも美味しいのだわ!今日はフルーツミックスなのだわ!」

わいわい朝食を摂りながら内心では女神見習いさん来てくれないかなぁと考えていた。

それか戦争を起こそうとしているリーゼルと直接対面出来ないか。

あ、こっちのスクランブルエッグすっげーふわふわで食感がいい。

考えても女神見習いさんは現れないしリーゼルさんとは面会出来ない。

どうしたもんかなぁと食器を片付けて中庭にふらりと行ってみると、仰々しい鎧と兜に身を包んだ兵士が剣技の練習をしていた。

「ノイシュくん、あれは?」

「ああ、多分巡礼騎士の練習ではないでしょうか」

もう一度揃った団体行動が素晴らしい集団を見る。

「巡礼騎士?」

「巡礼者を守るための騎士です」

「ふぅん」

いやでも先日御神託のために大勢来たばかりだぞ。帰宅に寄り添うためか?それとも争いに備えてか?

「行こっか」

ちらちらとこちらを視認しているということはこちらの素性は分かっているということだ。

そんな連中の前にただ立って見ていても不用意な誤解を与えるかもしれない。

「なあ、リーゼルさんに会えないか試してみるか?」

「そうですね、女神様が現れないならそちらの方が可能性はあるかと」

「お兄様の説得は私様に任せるのだわ!」

そう言うとリリィはリーゼルさんに会いに行った時のようにずんずん歩いて白い扉の前で止まった。

息を吐いて真剣な顔でドアノブに手を掛ける。

するとリリィが扉を開ける前に扉が開いた。

「おはようございます、リリィ。みなさん」

「お兄様!争いなんてやめるのだわ!」

「ああ、彼女から聞いたんだね。でも、これが私達には必要なことなんだよ」

リーゼルさんの顔はどこまでも穏やかだ。

「もっと他に方法があるはずです!」

「きっと、方法を見つけてみせます」

「お兄様!リリィ達のためにも他の世界の住人のためにもやめてほしいのだわ!私様はもうお兄様に庇っていただくだけの幼いだけの私様じゃないのだわ!」

リリィが一歩前に出てリーゼルさんに語り掛けると、リーゼルさんは困ったように肩を竦めた。

「リリィにこうも庇い立てされたら何も出来ませんよ。大切な妹の友人ですからね」

にこり、と笑ったのは説得が通じたからじゃなかった。

三人纏めてふわふわ浮かされると扉の外に放り出された。

「それでは、魔王になるまでお待ちしていますね」

そう言って部屋から追い出された。

シスコン頑固野郎め!

そうは言われても俺は魔王になる気はない。

どちらかといえば人々を助けられる勇者の方がいい。

いや、でも魔王でも人を助けられるのでは?

リリィだって魔族でも魔王として人々を助けて治世してきた。

それに、なんだかなぁ。

言われたから勇者、決められてたから魔王。

称号なんて、立場なんて危ういものだな。

一人考え込んでいるとノイシュくんに呼ばれた。

今度は女神探しらしい。

彼女もどこまで話してくれているのやら。

「サハラさん!」

「はいはい、今行くよー」

とりあえず魔族のエネルギー確保問題を考えなければリーゼルさんもリリィも救われないってことだ。

それだけは避けないとな。

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レベル999の最強勇者として召喚されましたが、やることがないのでのんびり生きていきます 千子 @flanche

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