第49話
フロランタン行きの船に乗り込んで数日、三等客室で数日寝泊まりしてベッドの硬さにも慣れた頃、ノイシュくんはそういえば王族なんだしこんな一般客室のベッドで大丈夫か訪ねてみたら笑って「この方が旅っぽくていいです」と答えられた。
意外と図太い神経しているノイシュくんが好きだ。
「このまま素直に育ってね」
「なんなんですか、急に…」
なんてやりとりをしつつ食堂の朝食を食べる。
保存食とは思えない美味しさで、これも異世界人が持ち込んだ知識から来たものなのかなぁなんて考える。
「海はいいねぇ」
「そうですねぇ」
朝食後はノイシュくんと並び甲板にあるベンチから海を眺めた。
ちらりと背後のベンチを見遣ると神聖教団も一緒だ。
なにやら深刻そうな話をしていて、異世界の宗教団体を怪しんでいる俺はつい聞き耳を立ててしまう。
いやだって異世界で宗教団体なんて怪しい以外ないだろう。偏見?備えあれば憂いなしと言ってくれ。
ところどころ神のお告げがどうこう聞こえたけど、厄介事の予感しかしない。
俺、一応勇者だし、この神聖教団とやらの神が俺を呼んだのか?
分からないことが怖くて聞き耳を立てているとノイシュくんが海に向かって示した。
「見てください!あんなに大勢の魚の群れが海中を飛び上がって来ますよ!」
袖を引かれたので海にまた注目するとそこそこな大きさの魚の群れがザブンと音を立てながら海面を飛び跳ねていた。
見覚えあるな…。
「思い出した。角の居酒屋の看板メニューで出てくるやつじゃん。あれ、美味いんだよなぁ」
「……サハラさんって情緒がないんですか?」
「いや、まじで美味いんだって。ノイシュくんも食べてみなよ」
慌てて弁明すると、ノイシュくんから溜息を吐かれた。
「もういいです」
そう言うと、また海へと視線を戻し飛び跳ねる魚を見ていた。
ノイシュくんに振られ手持ち無沙汰になった俺は小腹が空いた事もあり、船内の軽食でも買って食べようかと思った。
もちろん、さり気なく神聖教団の近くに居座って。
そこらへんの村人と思ってか、喋る内容は警戒される事もなく筒抜けだ。
近々、教祖様からのありがたいお言葉があるらしい。
それで信者は神聖国家に向かって生の教祖様のお言葉を聞きたいんだとか。
聞けば聞くほど胡散臭く感じるのは前の世界の異世界ファンタジーものの影響だろうか?
教祖様…ねぇ…。
食べていたたこ焼きの最後の一つを胃袋におさめると、容器をゴミ箱に捨ててまたノイシュくんの元へと戻った。
「何してたんですか?」
「たこ焼き食べてた!」
「えっ!?誘ってくださいよ、僕もたこ焼き食べたかったです」
「ごめんて」
情緒はどこへ行ったんだよ。とは思っても言わない。
神聖教団の一団に動きはない。
やっぱり気になるしフロランタンへ行ったら神聖国家とやらに行ってみるか。
そう考えていると、ノイシュくんからまた袖口を引かれた。
「フロランタンへ着きますよ!」
ノイシュくんが指す方を見ると、大きな鐘が目に入った。
「あれはフロランタンを象徴する大鐘です。大図書館はあの下にあります」
…本を読んでいる最中に鐘を鳴らされたら煩くて気が散らないか?というのは野暮だろう。
船を降りて港を抜けると活気のある街並みが広がっていた。
向こうの大陸にはなかった街並みに、新たな大陸へ来たんだという不安と期待があった。
そして、俺には気になることがある。
「フロランタンの名物ってなに?」
ノイシュくんに尋ねると呆れた顔をされる。
いやだって新天地の名物とか料理って気になるじゃん。
「フロランタンの名物はフロランタンを治めるショコラ・ガナッシュ様に因んでチョコレートのお菓子が多いですね」
「菓子かー」
たまには甘いのもいいよな。
日持ちしそうなのがあったらリリィ達に送ろう。
「へくちっ!」
「リリィ様、お風邪ですか?薬湯をお飲みになります?」
「薬湯は苦いから嫌なのだわ!そんなことより、誰かが甘いものをくれる予感がするのだわ!」
「はぁ…。あ、でしたらフロランタンからチョコレート菓子でも取り寄せますか?」
「フロランタン!久々なのだわ!私様が直々に行って新店舗を開拓してくるのだわ!」
「ノイシュくん、なんか変な予感しない?」
「……奇遇ですね、僕もです。また厄介事ですかね?」
俺とノイシュくんはとりあえず宿を取ろうと歩いていた道すがら新天地でも大騒ぎが起こる気がして体を震わせた。
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