レベル999の最強勇者として召喚されましたが、やることがないのでのんびり生きていきます
千子
第1話
遥か昔というには近く、三百年程昔には魔王がいて、人々を襲い苦しめており、一縷の望みを託して異世界から勇者を召喚しようとして失敗し、そして人類は魔族に敗れたらしい。
らしいと言うのは目の前のお爺さんが一生懸命説明しているからで、どうやら俺は伝承にあった勇者を転移させようとして失敗した存在であり、戦争も終わった三百年程後の今に召喚された存在らしい。
…そもそも俺、三百年前なんていきてないけど?
人々は、魔王が統治してから三百年、平和な治世で穏やかにすごしているのだとか。
なら、そんな世界で勇者として召喚されてしまった俺はどうしたらいいんだろう?
お爺さん達も突然召喚陣に現れた俺をどうしたらいいか分からなくて偉い人…王様に話を待っていって、俺はその間応接室に通された。
とても立派な応接室で思わず物珍しさにきょろきょろ辺りを見回してしまうとその間に時間が経ったのか説明をしてくれたお爺さんと見るからに厳かな王様が現れた。
ソファに座って対面するとさすが一国の王。貫禄が違うな。
「ここは世界の端の端。その王都イグニクス。しかし、困ったな。今更勇者が来たところでやっていただく使命もない……」
王様が頭を抱えて困り果てているが、俺も困り果てる。
なんで三百年後に来ちゃったんだ。いや、戦いたくもないし勇者になりたいわけでもないんだけど。
「しかし陛下、鑑定で見たところこちらの方はレベルが999あり全ステータス最高値。このまま眠らせるのは惜しい逸材かと」
「そんなに!?」
王様と俺の声がハモった。
王様は余計に悩んだようだった。
「……キクノクスに行っていただけないだろうか?」
王様が俺に訊ねる。
「キクノクス、とはどういうところでしょうか?」
「ここから馬車で数日の国境にある山と港がある国の主要都市の一つだ。ここを他国に攻め入られてはこの国は崩れ落ちるだろう。どうだろうか?キクノクスの領主には私から書状を書いて話を通そう。そこに住んで有事の際には守っていただけたらありがたい」
「俺、戦ったこともないのですが大丈夫ですか?そのキクノクスに住めば衣食住は保証してくださるということですか?」
「なに、魔王が統治してから戦も起こらぬ平和な治世であるから有事なぞそうは起こらぬだろう。それに、キクノクスでの生活は領主に話を通して私が保証しよう」
魔王、優秀なんだな。それに俺はこの異世界で居場所もない。与えてくれるというなら飛びつくしかない。
「それでしたらキクノクスとやらに移住させていただきます。何もわからない若輩者ですが、受け入れてくださりありがとうございます。よろしくお願い致します」
ソファから立ち上がり礼をする。
「こちらこそ、何かの手違いとはいえ召喚しあなたの人生を変えてしまい申し訳ない。最善の行為はするつもりでいる。なにかあったら遠慮なく申し付けてくれ」
「寛大なお心感謝します」
こうして、王様との謁見も友好的に終わり新たにキクノクスという街に移住することになった。
なんとなくで流されてここまで話が進んでしまったけれど、一体どうなるんだろうか?
言葉や文字が理解出来るのは異世界召喚補正なんだろうか?
そもそも魔王が統治して平和な世界になっていて、三百年後に勇者として召喚されてしまった意味なんてあるんだろうか?
自身の身に起きたことながら他人事のようにぼんやりと考え、王様とお爺さんからそれなりの金銭と衣類などを用意していただき、準備のため数日間王宮の客間で過ごしこの世界の勉強を受けながらも快適な生活を過ごした。
そして馬車に揺られて数日間、尻の痛さにも慣れた頃ようやく王都イグニクスから山と海に囲まれた世界の端の端の更に辺境の地キクノクスに辿り着いた。
主要都市なんて言ってたけど王都には劣るものの普通の街並み、住民も種族が色々いるようだった。
そもそもいろんな種族がやって来ては移民を受け入れる街だもんな。当たり前か。
移住のための書類を提出するために通行人に領主様のお屋敷を訊ねたら真ん中にある大きなお屋敷だと答えられたので大通りを真っ直ぐ進んで大きな扉にいる門番さんに要件を伝えた。
「こちらを提出すれば移住出来ると聞いたのですが…」
「移住希望者ですね。分かりました。領主様にお話は通しておきますのでしばらくお待ちください」
門番さんは封筒を受け取ると俺を応接室に案内して待つよう告げると、執事さんが現れ俺に礼をし門番さんから封筒を受け取るとまた扉を閉めて出て行った。
ここも応接室は立派な物だった。
異世界はどこも応接室を立派にしなくちゃいけないんだろうか?
俺のいた会社なんてそもそも応接室すらなく片隅に椅子とテーブルがお情け程度にある物だった。
一時間程して執事さんが戻って来て領主様のところへと案内すると言ったので素直についていくことにした。
執事さんがノックすると「どうぞ」と返答があり、執事さんが先行して入ると俺も続いて入り執事さんが扉を閉めてくれた。
「こちらにお掛けください」
領主様に示されて執務室にある応接セットのソファに腰掛けた。
王都もふかふかだったけれど、こちらも座り心地がとてもいい。ここで寝れる。
何かを書き終わった領主様はソファに対面して座った。ソファの裏に執事さんが回る。
領主様は俺と年齢が変わらないくらいのきっちりした男性だった。
「このキクノクスの街は移民者を受け入れます。あなたが罪人でも流浪の民でも、キクノクスで悪行をしない限りは住処と安全を保障致しましょう。早速、担当の役人に移民の居住区へと案内させます。それから仕事などもその方に説明させますので聞き逃さないようお願い致します」
領主様がこちらを射抜くように告げる。
「ありがとうございます、領主様」
「これは申し遅れてしまい申し訳ありません。わたくしはバルロット•アルガルタです。こらから住民として良き行いをしてください。これからよろしくお願い致します」
バルロットさんがソファから立ち上がり礼をしたのでこちらも慌てて立ち上がり礼を返した。
「はい、領主様。こちらこそ受け入れてくださりありがとうございます。よろしくお願いします」
バルロットさんは再度座り俺が持ってきたお爺さんに渡された封筒から書類を取り出して確認しながら訊ねてきた。
「あとで確認は取りますが、あなた、こんなところまで追いやられるなんて何をしたんですか?」
「信じてもらえないかもしれないんですが、三百年前に召喚されるはずだった勇者らしいです」
「……は?」
バルロットさんは慌てて書類に何度も目を通して恐らくその文言が書かれているところを読み返してため息を吐いた。
「申し訳ありません。勇者様がこちらに来られるとは聞いておりましたが、あなただとは思わず…。では、勇者候補として住居を作らせますのでそれまでは貴賓館にお住みください」
俺はその申し出を丁重に断った。
「いえ、そもそも魔王の治世で平和な世に召喚された身です。例え本当に勇者であったとしても役目もない単なる一般人ですよ。移民の居住区に住まわせていただけるだけでとてもありがたい申し出です」
バルロットさんは困ったようだったが、俺が折れないと分かると了承してくれた。
「では、移住民の居住地区へ案内させますね」
「ありがとうございます」
再び執事さんに連れられて元の応接室に着くとほんの少し待たされた。
ノックの音に返事をすると今度は年若い少年が現れた。
「初めまして、あなたの案内係をすることになりました。ノイシュと申します。居住区への案内等をさせていただきます。よろしくお願い致します」
きっちり九十度のお辞儀にこちらもきっちり九十度のお辞儀で返した。
「本日よりこちらで暮らすことになりました佐原律です。よろしくお願い致します」
ここで俺は初めて自分の名前をこちらの世界で名乗ったなと今更ながらに思った。
「サハラ•リツ様ですね」
「あー、律が名前なのでリツ•サハラですね」
慌てて訂正するとノイシュくんが恐縮してしまった。
「申し訳ありません、サハラ様。では、ご案内させていただきますので私の後に着いてきてください」
礼儀正しく、確かな足取りで時折こちらを確認しながら前を進んでいくノイシュくん。
弟というには年下過ぎて、息子というには年齢が高過ぎる、微妙なお年頃でこちらもどう接すれば良いか悩む。
それでも大通りのお店のことやこの街に関して説明してくれてとても助かった。
しばらく歩いていくと大通りから少し外れたところにアパートが立ち並んでいた。
「こちらです」
「あ、はい!」
ノイシュくんに連れられてアパートの一室を訪れた。四階建ての二階の角部屋ならまあまあだろう。
「こちらがサハラ様のご自宅になります。鍵はこちらに。送られて来ていた荷物は室内に置いてあるはずです」
「ありがとう」
受け取った鍵で早速扉を開ける。
外観同様、わりと新しい感じの室内で荷物は中央に置いてあった。
「それではサハラ様の就いていただくお仕事ですが、こちらにお任せしますか?斡旋ということになりますが、ご興味のあるお仕事や店舗がありましたらご自分でお決めになられますか?」
そういえばなにも考えてはいなかったな。
「俺にも出来そうな仕事って何があるかな?前の職場では事務方の仕事をしていたんだけど…」
「事務ですか……それならキクノクスを知っていただく意味でも文官はどうでしょう?最近、移民者が増えて人手が足りないと聞いております」
「では、希望はそれでお願いしてもいいかな?異世界のことなんてどれだけ分かるか、仕事が出来るかわからないけど一生懸命頑張るよ」
「はい!もちろんです!僕も文官見習いですので、許可が出たら同僚ですね。よろしくお願いします!」
ノイシュくんがにこりと笑って明日も領主様のお屋敷に朝の九時に来るように伝えてくれた。
了承し別れ際に小さく手を振る姿が可愛らしい。
「さて、とりあえず荷解きするか」
とはいえ、王都で王様達が勝手に用意してくれた衣服やらなんやらだ。
クローゼットに衣服を仕舞い日用品も各所に置き、それらしくなる頃にはもう日も沈んでいた。
こちらの世界のアパートにはシャワーしかないらしい。
富裕層には湯船に浸かれる風呂もあるんだろうか?
とりあえず腹の虫に従って外に出てみてアパートに辿り着くまでに教えてもらっていたノイシュくんお勧めのレストランで食事をして部屋に戻ってシャワーを浴びてさっさと寝た。
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