第3話

「このトルトリンってところからの移住者が多いね」

書類を整理しながら気になったことをノイシュくんに訊ねる。

「ああ、トルトリンは鉱山の街だったんですが、最近採掘量が減ったらしいんですよ。それで街に住み続けることを諦めてこちらに移住する方が増えたみたいです」

「へぇ。鉱石が尽きたのかな?」

「学者の話だとまだまだ掘れた筈なんですけどね。何故か急に取れなくなったとのこです」

喋りながらもお互い手は止めない。

ノイシュくんは仕事も出来て情報収集も欠かさず移住者の理由をきちんと調べていて立派だと思う。

「まだ取れた筈の鉱石が急に取れなくなるなんて不思議だね」

「そうなんですよね。トルトリンの領主様が学者達を集めてまた研究しているらしいですけど、原因がまったく分からないんです」

「ふぅん」

そんな会話はトルトリンからの移住者が増えたおかげで減りつつあった移住者の整理作業が元に戻ったことから頭の隅に追いやられていった。


このキクノクスに移住してから三ヶ月が経った。

職場だけではなくて住んでいるアパートや行きつけの居酒屋なんかで知り合いや友人も出来てきた。

休みの日には釣りに誘ってくれたりしてキクノクスの魅力を教えてくれる。

のんびりとした充足した日々。

喋る度に、遊びに行く度にこの街に住む人はみんなキクノクスが大好きなんだな、ということが分かる。

このことを酒の席でバルロットさんに教えたらとても嬉しそうにしていた。

領主として住民が街を好いてくれていることは何よりだろう。

バルロットさんも話していくうちに同い年ということが分かってより打ち解けた。

年齢が同じなだけでより親しくなれるのってなんでだろうな。

三十二歳という年齢からバルロットさんには周囲から縁談が絶えず困っているらしい。

「そりゃそこそこな年齢の良く出来た領主様の元へお嫁に行きたいって思うお嬢さんも多いんじゃないんですか?」

バルロットさんは苦笑して俺に酌をしてくれた。

「私みたいな若輩者にはまだ早いですよ」

「いやいや、俺ら、特にバルロットさんは忙しさにかまけている間にあっという間に四十代、五十代になって落ち着いて探す頃にはお爺さんですよ!俺的にはさっさと結婚していただいて執事さん以外にもバルロットさんの仕事の虫を抑え付けてくださる女性がお嫁に来てくれたらいいんですけどねぇ。過労死だけはしないでくださいね」

注がれた酒をぐいっと飲み込む。

バルロットさんもノイシュくんも働き過ぎる!

職場はホワイトでみんな定時に帰ったりしているのに自分にはまだまだと自身を厳しくし過ぎている。

ノイシュくんは俺がさっさと帰らせているけれど、バルロットさんは帰らない。

これだけの街だ。仕事も多いんだろうけどせっかくの飲み友達にまでなれた相手を過労死させたくない。

「そういえば、ガレットが訓練にまだまだぜひ来てほしいと申しておりました」

バルロットさんは領主の顔をしている時は隙がないのに自身のこととなると話題の変え方が下手だなと思う。

「嫌われているものだと思っていました」

なんせ稽古を始めて一週間で倒してしまったのだ。

「やっぱり有事の際の事が気になりますか?」

「ええ、そうですね」

今度はバルロットさんが酒を煽った。

「平和な世の中が一番ですけどね」

バルロットさんは少し息を吐いて言った。

「…魔王が治世して一番平和な日々が続くというのも皮肉ですがね。魔王が悪だというのは、祖先が思い込んだ結果だと思うのです。現にこのキクノクスには多種多様な移住民がいます。価値観の違いから小さな小競り合いくらいはありますが、魔族と人間もその程度の差しかないのかもしれません。なんて、言っていたら神殿や反魔王派にどやされそうですが」

また酒を飲む。

「あ、やっぱり魔王の治世と言っても反発する組織があるんですか?」

つまみを食べながら訊ねると苦笑して頷かれた。

「ええ。何事も万事が万事すべての人が納得する道というのはなかなかないものです」

「そうですねぇ。なかなか難しいですよね、そういうの」

二人でしんみり飲んでいるとどんどん夜も更けていった。明日は二日酔いだな。

「そういえば、トルトリンからの移住者が増えてきたらしいんですが、鉱石が急に取れなくなるなんて不思議なこともあるものですね」

「そうなんですよね。あそこにはまだ鉱山もあるし取れなくなるなんてことはまだ先だと学者達も言っていたのに、おかしな事です」

バルロットさんも首を傾げる。

急に取れなくなったトルトリンの鉱石か。

……何かの前触れじゃなきゃいいけどな。

「トルトリンから一気に移住者も増えたので今度はトルトリンからの移住者に向けて工房を増やす計画もあるんですよ」

「工房?」

今度は俺が首を傾げる。

「トルトリンは鉱山の街、鉱石が採れたことから加工したりする職人が多いんですよ。トルトリンの鉱石がなくなっても他にも石はあります。トルトリンからの移住者の仕事のために工房を増やそうという話が会議で出ているんです」

「なるほど」

人手が足りなかったのに今度は一気に人が増えたので職も増やさなくてはならないのか。

バルロットさん達も考えなきゃいけない事が多くて大変だな。

「俺で良ければいつでも愚痴くらい聞きますよ」

「ありがとうございます」

バルロットさんはほろ酔いで笑ってその日はお開きになった。


翌日、二日酔いで痛む頭を押さえて職場に向かうとノイシュくんに心配された。

「大人って好きなものを飲んで苦しむなんて大変ですね」

なんて言われて苦笑と反省をするしかなかった。

でも、昨夜はトルトリンで急に取れなくなった鉱石やらそのための移住者への工房作りとか反魔王派やら結構な事を聞いてしまったな。

「……なあ、ノイシュくん。このトルトリンにはまだ人は住んでいるんだよな?」

「はい。移住者の数から見ても半数以上は残っていると思います」

「ふうん」

書類を片付けながら思う。

その半数以上のトルトリンの人達はまだ鉱山から鉱石が出るかもしれないと必死に道を模索しているんだよな。

「トルトリンに行ってみたいんですか?」

ノイシュくんに聞かれてときっとする。

「そんなに分かりやすかった?」

「それはもう」

ノイシュくんは辺りを見回すと言った。

「行ってもいいですよ、トルトリン。元から移住者が多過ぎて調査団がこちらからも出る予定になっていましたし、サハラさんがひとり紛れたくらい大丈夫ですよ」

ノイシュくんは本当にいい子で優秀だ。

「ありがとう」

「ですが、バルロット様には一言ご報告しておいたほうがいいかと」

「それもそうだな…ありがとう。あとで相談しに行ってみるよ」

「はい。そうしてください」

にこりと笑うノイシュくんと共に午前の仕事を終わらせて昼休みにバルロットさんの執務室を訪れるとまだ仕事をしていた。

「すみません、トルトリンに行ってみたいんですが、調査団に混じって見に行ってきてもいいですか?」

「ああ、構いませんよ。サハラさんも召喚されてからキクノクス以外に訪れた事がなくて退屈でしょう。調査団と言っても軽いものですし、同行して観光してみてはいかがですか?」

「そんなに軽くて大丈夫なんですか?」

バルロットさんは笑った。

「大丈夫だから言っているんですよ。移住者が増えたとはいえ、まだ鉱石も採れますし加工職人もいます。アクセサリーでも購入して誰かにプレゼントしてみてはいかがですか?」

その言葉に俺が苦虫を潰したような顔になる。

「そんな相手いないのわかってて言ってますね。バルロットさんもいないくせに」

今度こそバルロットさんが声を出して笑った。

そして書類の山からひとつまみすると俺に渡してきた。

「これがトルトリン調査団の詳細です。話は通しておきますので、集合時間は時間厳守でお願いしますね」

「はい。ありがとうございます」

礼をして執務室を出ると昼飯を食べながら資料を読んだ。

軽いものって言ってたし、本当にそんな大人数で行くわけじゃないんだな。

魔物が出た時の対処法にとにかく逃げろしか書かれていないのが不安だ…。

そういや魔物とか見たことないな。

キクノクスが襲われることもないし。

なにかこう、結界的なものでもあるのかな?

まあ、とりあえず護身用にガレットさんから使っていない剣でもお借りできればいいなあ。

なんて思ったら快く貸してくれた。

しかも新品の切れ味もいいやつ。

「道中、調査団が魔物に襲われたらお前が守ってやれ」

がっしり肩を掴まれて言われたのは俺の実力を買ってくれているだろう。

そう言われたからには何か起きた際には俺が守らないといけなくなる。


なんて身構えていたけど特に何事もなくトルトリンに辿り着いた。

トルトリンは住人が半分近く減ってしまった為、活気も半減という感じだったが、職人の街というだけあってそれを買い付ける商人も多く賑わいはまだ残っていた。

鉱石を加工する音が絶えない、まだまだ活気のある街だと感じた。

俺は調査団にくっついてきただけの観光者なので気軽なもので、鉱山を見せてもらえることになった。

露天のアクセサリーを見るにとても綺麗だったから、加工前の鉱石がどんなものか気になったのだ。

そして案内された鉱山に入ると早々に体が鉱石で出来たドラゴンが現れた。

えっ、まじ?

しかしそのドラゴンはこちらに見向きもせずに鉱石を洞窟の土ごと根元まで食べている。

鉱石が取れなくなった原因ってこいつかぁ。

案内してくれたトルトリンの住人は慌てて避難した。

なんとなくいける気がして腰に付けてあったガレットさんに借りた剣でとりあえず切り掛かってまた。

「そいやっ!」

本当に、そいやっ!程度の力でドラゴンに切り掛かったら断末魔をあげてあっさり倒れた。

えっ、まじ?

まじまじと見ても起き上がる気配はない。

レベル999ってすごい。

でも、こんなにすごい力ならやっぱり使わないほうがいいな。

魔王の治世で上手く回っている世の中なら余計に勇者なんて存在、要らないだろう。

とりあえず、ドラゴンを倒したことは報告しなくてはならない。

俺は鉱山の出入口に向かって心配そうにしている住人に声を掛けた。

「すみませーん。中に鉱石を食べるドラゴンがいたので倒してきましたー」

「えっ、本当ですか!?」

相談をしていた街の人々は慌てて鉱山に入りドラゴンの遺骸を見ると俺にとても感謝してくれた。

鉱石を食べていたドラゴンからは鉱石が生えていたから、今まで採れなかった分の鉱石はドラゴンから生えている分で賄うらしい。

性根逞しいな。

その晩はご馳走を振る舞われた。

キクノクスの酒も美味いがトルトリンの酒もまた違った味わいがあるな。

そうだ!

「せっかくこんなに美味しいお酒なんですし、お酒を飲む器とセットで販売したらどうですか?」

トルトリンの技術をアクセサリーだけなんて勿体無い。

霧子細工的な……説明が難しかったが身振り手振りで絵まで描いて説明すると職人どころか同席していた商人まで火をつけたらしく根掘り葉掘り聞かれた。

職人は新たな腕試しに、商人は販売ルートに算段をつけて他のアイディアを出し合った。

話はとても盛り上がり、酒も入っていたことからどんどん大騒ぎになって俺は途中から翌日の二日酔いを覚悟したが、途中でトルトリンの領主様が飲み会に参加してからは恐縮していい酔いとはいえなかった。


調査団にとっても体が鉱石で出来たドラゴンは珍しいらしく、ドラゴンの調査に予定より滞在日数が延びた。

俺も霧子細工の監修に駆り出されてああでもないこうでもないと職人や商人達と話し合った。

調査団が帰ることを決める頃にはようやく試作品第一号としてふさわしい品が出来上がり、俺達は喜んでこの試作品でトルトリンの酒を飲んでみた。

現地の品で現地の酒を飲むのもまた美味い。

いつかこれが流通するといいな。

そして俺はたくさんの土産を貰ってトルトリンを後にしてキクノクスに帰った。

いいことすると気持ちがいいな。

だけどトルトリンで鉱石がまた採掘されるとなるとまたトルトリンに戻る人達もいるかもしれないし、そうしたら工房作りはどうしよう。

せっかくバルロットさん達が企画を進めていたのにな。申し訳ない。

しかもドラゴン倒してきたなんてどうやって報告書に書こう。

土産を調査団全員でつまみながら帰りの馬車で頭を悩ませた。


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