アデルの現況と憤り

「ようこそいらっしゃいました」


 宿屋に入ると、綺麗な女性が俺達を出迎えてくれた。


「一泊で、部屋を三つお願いしたいのですが」

「はい。では、宿泊費用はお一人銀貨一枚になります」


 セシルさんが代表して、銀貨を三枚支払う。

 今回の旅はギルドのおつかいということで、俺達の費用もギルドが用立ててくれることになっていた。


 まあ、俺達も食堂がすごく繁盛しているし、魔物の部位のうち食材にならないものをギルドに売り捌いたお金などもあって、冒険者をしていた頃と比べ、圧倒的に裕福ではあるんだが。


「お泊りいただくお部屋は、二階の一番奥から順番に三つ目までとなります。こちらは、お部屋の鍵になります」

「ありがとうございます」


 鍵を受け取り、俺達は部屋へと向かった。


「へえ……」


 部屋の作りは質素でこじんまりはあるけれど、清潔感があって悪くない。

 いや、むしろ想像以上に良いな。


 ――コン、コン。


「ゲルトー! 大通りを散策しようよ!」


 勢いよく部屋に入ってきたライザが、俺の腕を引いて誘ってきた。

 はは、そんなに瞳をキラキラさせていたら、とてもじゃないけど断るなんてできないな。


「よし! じゃあ行こうか!」

「うん!」


 俺達は宿屋を出て、大通りを歩く。


「そういえば、セシルさんは誘わなかったけどよかったかな……」

「うん。セシルさん、『温泉に入りに行く!』って言って、飛び出していったよ」

「そ、そうか」


 まあ、来る途中もずっと温泉の話をしていたからな。

 だったら、そんなに気を遣う必要もないか。


「へえー……このフライパン、すごく使いやすそう」


 軒先に売られている調理器具を見つめ、ライザは瞳を輝かせる。

 ライザは本当に、料理が好きだなあ。


「せっかくだしうちの食堂の調理器具、買い込んでおこうか?」

「うん!」


 俺達は調理器具をたくさん購入し、全て【空間収納】に入れた。


「えへへ、楽しいね!」

「ああ!」


 俺の腕に抱き着きながら、ライザがはにかむ。

 そんな彼女に、俺も笑顔で応えた。


 すると。


「何故泊まれないというのだ!」


 この街で一番大きい宿屋の入口で、客と思われる中年の男と従業員が揉めていた。


「申し訳ありませんが、当ホテルをお泊りいただくには品格・・というものが必要ですので。どうぞお引き取りを」

品格・・だと! この私は、男爵なのだぞ!」


 どうやら男は、貴族のようだ。

 だが、貴族すらも宿泊する資格がないなんて、どんな宿屋だよ。


「……あの宿屋を選ばなくて、よかったな」

「本当だね。もし私達が行ったら、すごく嫌な思いをしてそう」


 俺とライザは頷き合った。

 こういうところも、あの宿屋を選んだ俺達はツイてるな。


「いいですか? 当ホテルは、あの英雄・・アデル=ミズキ様や聖女アナスタシア様が宿泊する、特別なホテルなのです。せめて子爵以上の爵位はお持ちでないと」

「「っ!?」」


 あの従業員、なんて言った!?

 アデルを英雄扱いしているばかりか、どうしてアイツがミズキ姓を名乗っているんだ!?


「あっ! ゲルト!」


 俺はライザの制止も聞かず、肩をいからせて従業員へと歩み寄る。


「おい! アデルがミズキ姓を名乗るとは、どういうことだ!」

「な、なんですか貴様は!」


 胸倉をつかんで問い詰めると、従業員は怯えた様子を見せるも、横柄な態度は変わらない。

 いや、そんなことはどうでもいい。それより、アデルがどうしてミズキ姓を名乗っているのか、それを問い質すほうが先だ。


「いいから答えろ! なんで平民のアデルが、ミズキ姓を名乗っているんだ!」

「フ、フン……知らないということは、田舎者なのですね。いいですか? 英雄アデル様は、数多くの魔物や異教徒を討伐して王国に貢献した栄誉をたたえ、英雄レンヤの子孫である国王陛下が、ミズキ姓を名乗ることをお許しになられたのです!」

「っ! 馬鹿な!」


 怒りのあまり、俺は従業員を地面に投げ捨てた。

 アイツが王国にすり寄って好き勝手やっていることはどうでもいいが、あの英雄レンヤの姓を名乗ることだけはどうしても許せない。


「ゲ、ゲルト、落ち着いて!」

「っ! ……悪い、頭に血が上り過ぎた」


 ライザに身体を張って止められ、俺は振り上げた拳を下ろす。

 だが……アイツは一体、何をやっているんだ……っ。


「ね、もう行こ?」

「ああ……」


 心配そうにのぞき込むライザと一緒に、宿屋の前から離れた。

 従業員や貴族の男をはじめ、大通りにいた連中が俺を見ていたが、知ったことじゃない。


「だけど……変だよね。アデルって[付与術師]でしょ? なのに、あの従業員は英雄・・だって……」

「…………………………」


 首を傾げるライザの言葉に、俺はキュ、と唇を噛む。

 しゃくだが、アイツが[英雄]であることは事実だからな。


 それに、俺が死に戻る前も、アデルは王国に英雄と認められていた。

 だからこれは、既定路線ではある。


 ただし、アデル姓を名乗ることを除いては。


「……用事を終わらせてラウリッツに帰ったら、メルエラさんに相談してみよう」

「う、うん。だって、ミズキ姓は子孫のカルラさんとガスパーさんのものだし、勝手に名乗るなんておかしいもん」

「そうだな」


 せっかくのライザとの散策に水を差され、俺達は重い足取りで宿屋へと戻った。

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偽物の英雄は、最強の人々が住む街で幼馴染と幸せに暮らします〜かつて追放した仲間にざまぁされた職業[英雄(偽)]の俺ですが、死に戻ったら実は伝説の英雄も俺と同じ職業だと知りました〜 サンボン @sammbon

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