最終試験

「よ……っと」


 春の陽射しが木々の隙間から零れる、黒死の森。

 食材となるワイルドボアを大量に仕留め、俺は【空間収納】のスキルを発動してマナクリスタルを含めて全て放り込む。


 いやあ、いつも思うけどこのスキル、超便利だな。


「おっと。ついでだし、コカトリスも狩っておくか」


 ライザの作るコカトリスの唐揚げは最高に美味いし、とさかの部分も結構な値で売れるからな。


 俺もラウリッツの街で暮らし始めてそろそろ一年半になるが、このさびれた街で住民達がどうやって生計を立てているのかを理解した。


 まあ、なんてことはなく、結局のところ住民達のほとんどが普通じゃ考えられないほど強くて、この森に無限に現れる魔物を狩って、それをメルエラさんのいるギルドに売り捌いていただけだった。


 だから、お手軽に金を稼げる手段があるなら、わざわざ商売をしようなんて人が現れるはずもなく、むしろ宿屋を経営しているカルラさんや、同じく食堂を開いている俺とライザは珍しいということだ。


 で、残る一つの鍛冶屋については、魔物を狩るために武器がどうしても必要となるため、半ば住民達の手によって無理やりやらされている部分もあるらしい。

 その代わり、販売価格や修理費用は破格だけど。


「ま、俺としてはライザの料理を喜んで食べてくれるお客さんがいれば、それでいいんだけどな」


 実際、酒の飲める食堂なんてうちしかないから、住民達がひっきりなしに通ってくれるので、それはもう忙しくて仕方ない。

 最近では周囲の街や村からも顔を出してくれる人もいて、そろそろ店の拡張だったり従業員を雇ってもいいんじゃないかとさえ考えている。


「じゃ、そろそろ帰るとするか」


 コカトリスを数体仕留め終えた俺は、ライザの待つ食堂へ大急ぎで帰った。


 すると。


「あれ? バルザールさん」


 まだ営業開始の時間じゃないのに、バルザールさんがライザと談笑しながら席に座って東方のお茶を飲んでいた。


「フォフォ、やっと帰ってきおったぞい」

「ひょっとして、俺に用事ですか?」

「なんじゃ、冷たいのう……あれか? それがしが色々と手ほどきをしてやったというのに、やはりお主はライナーを師匠と仰ぐのか?」

「は、はは……」


 ジト目でにらむバルザールさんに、俺は乾いた笑みを漏らす。

 実はバルザールさん、俺がライナーさんに観察眼と見切りを指導してもらったことを、未だに根に持っているのだ。


 あの時、『それがしが教えようと思ってたのに!』と満席の食堂で駄々をこねられたときは、さすがに頭を抱えたなあ。


「……まあいいわい。ゲルトはもう、結界と観察眼、見切りも十二分に身に着けた。なら、それがしが直々に、お主と仕合って見極めてやるとするわい」

「っ!?」


 そうか……これが、俺の最終試験というわけだな。

 ここでバルザールさんに求められれば、俺は真の強さを手に入れたことになる、と。


「今日の夜、広場まで来るとよいぞい」

「は、はい!」


 バルザールさんは席を立ち、飄々ひょうひょうとした様子で店を出た。


「あれ? バルザールさん、帰っちゃったの?」


 厨房からヒョコっと顔を出したライザが尋ねる。

 俺は首肯しゅこうすると。


「もうすぐランチタイムだし、そのままいてればよかったのにね」

「本当にな」


 俺とライザは顔を見合わせ、クスリ、と笑った。


 ◇


「フォフォ、待っておったぞい」

「え、ええと……」

「あ、あはは……」


 街外れの広場で笑いながら告げるバルザールさんに、俺と一緒に来たライザは微妙な表情を浮かべる。


 いやいやあなたついさっきまで、うちの店でご機嫌でお酒を飲んでいましたよね?

 閉店しているのに居座って飲んでいたから、時間にして二、三十分ほどしかないと思うんですが……。


「今回ばかりはそれがしも手加減はせん。ゲルト、お主も剣を抜けい」

「は、はあ……」


 促されるまま、俺は鞘から剣を抜いた。

 最終試験をしてくれるのは嬉しいが、大丈夫だろうか。バルザールさん、店で結構飲んでいたからなあ……。


「ゲ、ゲルト、あまり無理させちゃ駄目だよ?」

「わ、分かっているよ」


 同じくバルザールさんを心配するライザに、俺も頷く。

 と、とにかく、早く試験に合格するとしよう。


「い、行きます!」

「うむ!」


 俺はバルザールさんに一気に詰め寄り、剣を振るった。

 だが、バルザールさんはひらり、とかわし、剣は空を切る。


「おっとと……ちょっと飲み過ぎたかのう……」


 その場でよろめくバルザールさん。

 や、やっぱり酔っ払っているじゃないですか……。


「ほ、本当に続けますか? 日を改めたほうが……」

「何を言う。それがしの心配をしておる暇があったら、さっさと打ち込んでこんか」

「わ、分かりました」


 ええい、もうどうにでもなれ!

 俺は畳みかけるように、バルザールさんに剣の連撃を浴びせかけた。


「よっ、ほっ、とっ」


 まるで綱渡りでもするかのように危なっかしい足取りであるにもかかわらず、俺の剣はバルザールさんをとらえることができない。

 この一年、ずっと鍛え上げてきた結界や観察眼、見切りなど、俺の持てる全てを総動員しているのに、だ。


 もちろん、バルザールさんが酔っ払っているからといって、一切手加減もしていない。

 なのに、どうして……。


「よっと」

「っ!?」


 バルザールさんは俺の結界を易々と入り込み、神速の居合いで俺の首元に刀を突きつけた。

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