思っていたのと違う

「ここに間違いないだろう……」

「そう、だよね……」


 俺達ははじまりの街、ラウリッツにたどり着いた。

 というか、ここがラウリッツじゃないのだとしたら、どこがラウリッツだと言うんだ。


「あははー……こんなに自己主張の強い街、初めて見たよ……」

「俺もだ」


 呆れるライザに、俺も無表情で頷く。

 いや、だってこの街、入口に『ようこそ! 英雄レンヤの故郷、ラウリッツへ!』とか、『おいでませラウリッツ』とか、でかい看板でやたらとアピールしているのだからな。


「だけど、ここまで必死に主張してくると、逆にラウリッツじゃないんじゃないかって思えてくるな」

「ま、まあまあゲルト、とにかく入ってみようよ」

「そうだな……」


 俺は若干の不安を覚えつつ、ライザと共に門をくぐって街に足を踏み入れると。


「……閑散としているな」

「そ、そうだね」


 入口の看板からも分かるとおり、この街は英雄レンヤゆかりの地として観光に力を入れていると思っていたのだが、人通りもほとんどなく、大通りのはずなのに建物の数も少ない。

 観光地としては、明らかに失敗している感が否めないんだけど。


「とりあえず、せっかく来たんだから街を散策してみるか?」

「うん!」


 俺とライザは、ラウリッツの街の大通りを練り歩く。

 開いている店は数えるほど……いや、大通りの端から端まで歩いてみたが、宿屋兼食堂と鍛冶屋、それに。


「ええい! それはなしじゃろうが!」

「何を言っとる。素直に負けを認めたらどうなんじゃ」


 老人二人が、店の軒先で英雄レンヤが考案したとされる、“オセロット”というボードゲームに興じていた。

 というか、この店は一体何なんだろうか。


「あ、あはは……大通りなのに、お店が三軒しかなかったね」

「そうだな」


 苦笑するライザに、俺は頷く。


「だけど、これはこれで悪いことじゃないかもな」

「というと?」

「ほら、俺たちが店を構えても、これなら競合相手も少なそうだから」

「あ……そうだね! その通りだよ!」


 俺の言葉に、ライザは顔を綻ばせた。

 そんなライザの表情が、俺にはとても綺麗に見えて……。


「? ゲルト、私の顔をジッと見てどうしたの?」

「……え? あ、ああいや、何でもない」

「?」


 いかん……まさかライザに見惚れていたなんて、恥ずかしくてとても言えない。


「そ、それより、あそこにあるのは冒険者ギルドじゃないか?」

「あ、本当だ」


 俺は誤魔化すため、大通りから少し外れたところに見える建物を指差した。

 冒険者ギルドを表す三本の剣の看板が掲げられているし、間違いないだろう。


「それじゃ、行ってみようか」

「うん!」


 俺達は、ギルドの扉を開く。


「お、おお……」

「これ……」


 中には冒険者の姿は一人も見えず、掲示板にもクエストらしきものは何一つ貼り出されていなかった。


「ひょっとして、ここの冒険者ギルドは潰れちゃったのかな……」


 ライザがポツリ、と呟く。

 この街に移住することを考えていただけに、生活基盤となるギルドがないのは非常に困るんだが。


 これは、どうしたものか……。


 俺は顎に手を当てながら思案していると。


「えーと……ひょっとして、冒険者の方ですか?」


 ほこりの被ったカウンターの奥から、一人の女性が出てきた。

 ゆるくウェーブのかかった栗色の髪のロングにヘーゼルの瞳で、物腰の柔らかそうな雰囲気を醸し出しており、俺達よりは少し年上といった感じだ。


「そ、そうですけど……」

「本当ですか! うわあああ……ここに冒険者が来たのって、ひょっとして一年振りかも!」


 ライザがおずおずと返事をしたら、女性は両手を合わせて満面の笑みを浮かべた。

 だ、だけど今、冒険者が来たのは一年振りって言ったよな?


「あ、申し遅れました。私は冒険者ギルドラウリッツ支部の職員で、“セシル”っていいます」

「あ、ああ……そうですか……」


 ペコリ、とお辞儀をする女性……セシルさんに、俺は戸惑いながら返事をする。


「それで、お二人はこのギルドに冒険者登録をしにきた。そうですね?」

「「っ!?」」


 一気に詰め寄り、身を乗り出すセシルさん。

 というか、距離感がおかしい。


「ま、まあそうですね」

「では! 早速こちらの登録申請書にご記入をお願いします!」


 セシルさんは、ずい、と俺達の前に羊皮紙を差し出した。

 その瞳は、絶対に俺達を逃すまいという意気込みが感じられる。


 こ、これは、色々と失敗したかも……。


「ゲ、ゲルト……いずれにしても冒険者として活動してお金を稼がないことには、店を始めるのも夢のまた夢になっちゃうから」

「そ、そうだな……」


 俺とライザは顔を見合わせつつ、羊皮紙を受け取って名前と年齢、その他必要な事項を記入する。


「じゃあこれで……」

「ありがとうございます! ええと……お名前はゲルトさんで、年齢は十八。職業ジョブは……っ!?」


 俺の職業ジョブを見た瞬間、セシルさんは息を呑んだ。

 はは……[英雄(偽)]じゃ、驚くのも無理はない、か……。


「しょ、少々お待ちくださいね!? マスター! マスタアアアアアアアアア!」


 羊皮紙を握りしめ、ギルドの奥にある部屋へ慌てて入っていくセシルさん。

 マスターと叫んでいたところを見ると、ここのギルドマスターのところに行ったのは間違いないだろう。


 だけど……あの様子じゃ、俺がここで冒険者として活動するのは、無理かもしれないな。


「ゲルト、大丈夫だよ。別にこの街で暮らすことに決めないといけないわけじゃないし、それに、職業ジョブだけでゲルトを評価するようなギルドなんて、こっちから願い下げだよ」


 俺の手を握りしめながら、ライザが俺の代わりに怒ってくれた。

 それが、俺にはどれほど嬉しいか……。


 すると。


「君か! [英雄(偽)]の職業ジョブを持つ冒険者というのは!」


 勢いよく部屋から飛び出して現れたのは、白銀の髪に褐色の肌を持つ、美しいダークエルフだった。

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